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王が語る その1

 俺は無謀だと分かっていても貴族街に足を踏み入れた。俺みたいな身なりをしている者は見つかればたちまちつまみ出されるだろう、だけど大手を振ってずんずんと進んだ。


 幾人かに声を掛けられても無視した。巡回する兵に追われても振り切った。街には逃げる所も隠れる所も沢山ある、迷宮で常に気を張った冒険者にも見つけられない俺を、巡回の兵如きが捕まえられる訳がなかった。


 貴族街は広くて建物も多い、この中からアルの家を見つけるのは至難の業だろう。だけど事前情報は得ている、ウィンダム家は四公爵と呼ばれる貴族でも別格の存在だ。その中でもウィンダム家は特に権力を持っていた。


 俺は他の建物が少なくて、逆に大きくて立派な建物がある場所に来た。警備が厳重になっている所を見ると、ここにある家々は貴族の中でも別格なのだろう。その中でも一際目立つ建物に当たりをつけると、俺は監視の目を掻い潜り扉の前に立って叫んだ。


「ゲイルさん!俺です!グランです!居ますか!」


 ゲイルさんは忙しい人だから居ない可能性の方が高い、だけどここまで印象的な登場をすれば絶対問題になってゲイルさんの耳に入る。そうすればあの人の性格なら俺に接触せずにはいられないだろう。


 家の中から人がわらわらと出てきて、更には武器を持った兵に囲まれた。それでも俺は一歩も引かずに一番偉そうに見える人に言った。


「俺はアルの友人のグランです。ゲイルさんに話があって来ました。居るなら通してください」


 兵たちはじりじりと俺ににじり寄ってきた。俺を捕らえようとしているのだろうが好きにすればいい、何があろうと俺はここを動かない。


 急に後方がざわついた。にじり寄ってきていた兵達も足を止め、武器を納めて整列した。人並みを二つに割って歩いてきたのはエドムントだった。


「久しいなグラン、よもやこんな所で出会うとはな」

「お久しぶりです。ゲイルさん中に居ますかね?」

「居るとも、私はゲイルに呼ばれたのだからな。一緒に来い、お前も知りたい事があるのだろう?」


 エドムントはざわつくお付きの人を置き去りにしてずんずんと進んでいった。俺はその後を追って一緒に歩いた。


「しかし妙な騒ぎが起きていると思っていたら、渦中の人物がお前とはな。よくここまで入り込めたものだ」

「そこは実力と度胸ですよ、やると決めたからにはやりますから俺」


 愉快そうに笑い声を上げるエドムントと共に俺はウィンダム邸へと足を踏み入れるのだった。




 迷いない足取りでエドムントはウィンダム邸の中を進んでいく、そしてとある一室の前に立つと、ノックもせずに扉を開けて中に入って行った。


「私を呼びつけるとはいい度胸だなゲイル、手土産に面白いものを持ってきてやったぞ」


 俺が慌てて後に続くと、そこにはゲイルさんがいた。


「グラン君、来てしまったか」

「ゲイルさん…」


 俺は言葉を失った。ゲイルさんの顔はすっかりとやつれて覇気をなくしている、アルの事がそれ程ショックだったのだろう、目は赤く腫れて涙の跡が顔に残っていた。


「それで?用事とはなんだ?とっととしろよ、私は忙しいんだ」


 エドムントはまるで自分の家かのように振る舞って、勝手にどかりと椅子に座りこんだ。傍若無人極まれりだなと俺は思った。


「見てないでお前も座れ、どうせこいつも本当はお前に話したい事があるのだろう。まあ少々腑抜けているが、今だけだ問題ない」


 言い草は酷いものだが、一理ある。俺はあの場にいた証人の一人だからゲイルさんの役に立つ話が出来る筈だ、俺も椅子に座って口を開いた。


「ゲイルさん教えてください、あれから何があったのか、どうしてアルが消えてしまったのか、知っていることを全部聞きたい」


 ゲイルさんは暫しの間天井を見つめた後、長い溜息を吐いてから話し始めた。


「話そうか、これまでの事とこれからの事を」




 丁度机を囲むように俺たちは座った。ゲイルさんはゆっくりと言葉を発し始める。


「グラン君がアルを連れて迷宮から脱した日、僕は何もかもを投げ出してアルの傍にずっと居た。目を覚ますまで手を握っていて、話もしたんだ」


 ゲイルさんは両手を組んでギュッと握りしめている、思い出すのも辛いのだろう、こんなにも痛々しい姿は初めて見る。


「目を覚ましたアルはいつも通りだった。変わった様子はなかったし、穏やかだった。しかし翌日には姿をくらましていて、誰もアルの姿を見たものはいなかったんだ。勿論僕は必死になって探したさ、だけど何処にもいないんだ」


 ゲイルさんは目をぎゅっと瞑って辛そうな表情を浮かべる、ゲイルさんが手を尽くして捜索して見つからなかったのなら、アルはそう簡単に見つからないだろう。


「それで、お前はどうしていたんだ?」


 エドムントがゲイルさんに聞いた。


「情報が必要だった。僕はあらゆる手段で情報収集をして、父にも頭を下げた。そして一つの事実にたどり着いた」

「何ですかそれは?」

「アルは今迷宮にいる。そして僕たちの想像も及ばない存在になっているらしい」

「らしい?」


 ゲイルさんの言葉にエドムントが不満げな声を漏らした。


「僕も詳しい事は分からない、だが父が国王からそう聞いたそうだ。それで僕はグラン君が迷宮で見つけてきた物に目をつけた」

「それってあの謎の魔物の肉片ですか?」

「それに加えて集めてきた様々なサンプルをすべて調べたんだ。本当はもっと早く手を付けたかったんだけど、僕の行動は国王から制限されていた」


 そう言うとエドムントはやはりなと呟いた。


「お前の動きがあまりにないからおかしいと思っていたが納得した。国王直々に縛り付けられていたとはな」


 俺も同じような事を考えていたが、まさかそれが国王様だとは思わなかった。そんな大物がこの件に絡んでいるのかと身震いした。


「エドムント、君もあの肉片を手に入れ調べたのだろう?」

「ああ、グランから受け取った」

「え、あ、ええ?」


 内緒にしておく必要があるんじゃないのか?俺が慌てているとエドムントが言った。


「落ち着けグラン、もう秘匿する必要もないからゲイルは切り出したんだ。そうでなければ不用意な発言をこの男がする筈もない」

「い、言われてみれば確かに」


 何だかゲイルさんとエドムントの間には、不思議な信頼関係が築かれているようだった。言葉がなくても通じ合っているような、そんな感じだ。


「結論は出たかい?」

「無論だ、あれは」

「「元人間」」


 ゲイルさんとエドムントの声が重なった。発せられた事実は俺の鼓動を激しく打ち付ける。


 あの魔物が元人間だって?人間所か生き物としても見れないような珍妙な姿をしていた。信じられない、あれが元人間だって?どうしてそんな。


 俺はそこで限界に達した。いつの間にかエドムントが差し出していた袋を引っ掴んでそこに向かって吐いた。


「私も吐いたから気にする事はないぞグラン」

「水で口を濯ぐといい、ほら」


 ゲイルさんはコップに水を注いで手渡してくれた。俺はそれで口を濯ぐ、酸っぱいような苦いような口の中を水で洗い流した。


「それは本当の事ですか?」

「怖気が走るが事実だ。あれは何らかの手を加えられた人間だ、とてもそうとは思えなくてもな」


 また気持ち悪くなったが今度はこらえた。何度も見苦しい姿を見せる訳にもいかない、気を使わせるのも悪いし。


「それともう一つ気がかりな事実を見つけた。グラン君、以前釣り上げた魚の事は覚えているかい?」

「ええ、そういえばあそこも迷宮の新しい場所でしたね」


 あの時は、確かアルが魚釣りに執心していた。ツバキの暇つぶしに乗っかる形ではあったが、やけに釣果を気にしていた。


「あの魚はこの辺の川に棲息する種類とまったく同じだが、すべて異なるものだった」


 言葉の意味が分からず俺は首を捻る。


「説明するのは難しいんだ。あの魚は確かにこの世界にいる魚と同じ種類だけれど、中身や機能、細部に至るまですべて異なっていた。同じ器官を持ち合わせているのに、それがまったく違う働きをしている。我々の理解の及ばない不可思議な生物だったんだ」


 同じ魚であって同じ魚じゃない、理解がついていかなくて混乱し始めた。つまり何がどうなっているのか、訳が分からない。これはまるで…。


「迷宮」

「何だと?」


 俺の呟きにエドムントが反応した。


「前にアルが言っていたんです。迷宮は我々の理解が及ばない法則で出来ていて、別世界だと、その魚の話で思い出しました」

「グラン君の言う通り、あの魚は迷宮内という別世界の生き物だ。迷宮に新しく出来た箇所は、迷宮外から迷宮内へずれ込んだ場所だったんだ」


 迷宮外のものが迷宮内へずれ込む、あの川が流れる高低差はどうして出来ているのだろうと疑問に思ったが、そもそもそこになかったものが無理やり迷宮内にあらわれていたのだとしたら納得できる話だ。


「何故そんな事になっている?それに一体それとアレックスと一体どんな関係があるというのだ?」


 エドムントの疑問は最もなものだった。確かに信じられないような事実ではあったが、それとアルにどんな関係があったのか分からない。


「それがこれからの話に繋がってくる。僕がエドムントを呼んだ理由でもある。グラン君、着替えを用意させるからすまないが支度してもらえるかい?」

「いいですけど、一体どうして?」

「これから王城に赴いて国王様と謁見する。僕が事実にたどり着いた時に呼び出されたんだ、エドムントは連れてくるよう指示されて、後は信頼できるお友達も連れてくるがいいと言われてね」


 俺とエドムントは同時に唾を飲み込んだ。まるで国王はこの状況になることを読んでいたような発言だ、俺たちは見えない糸に絡め取られて引っ張られているような感覚に陥っていた。


 アステリオス国王、一体どんな人で何を知っているというのか、俺は背筋に寒気がするのを感じながら、謁見の為の準備をした。

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