運命の調査隊 その4
俺は冒険者ギルドを立ち去る前にエドムントにある物を渡した。それはゲイルさんに渡した物と同じあの奇妙な魔物の肉片だった。拾い集めた物を全部は提出せずに、こっそりと持っていたのだ。
今だに腐りもせずうようよと動いているそれは、明らかに生物として変だ。俺は交渉の材料として使えると思ってこれを持ってきていたのだが、今ならただ渡しても問題ないと思えた。
「調査の過程で見つけた魔物の肉片です。ゲイルさんにも同じ物を渡しました。絶対に何か分かったのなら連絡が来ると思っていたのですが、音沙汰なしです。だからエドムント様も調べてみてください」
「確かに受け取った。だが、私はお前にもし何か判明したとしても何かを教える事は出来ないぞ。それは分かっているな?」
俺は頷いて答えた。端からそんな事は期待していないし、そもそも隠し持っていた事がすでに大問題だ。それをアルに無許可で他人に渡す行為も、俺だけじゃなくエドムントも危ない、だけど渡した。協力し合えると思ったからだ。
「まあお前なら分かっていると思ったよ、安心しろ、方法はいくらでもある。それよりもグラン、慎重に動けよ。私でも予測がつかんからな」
「そちらも気をつけて、じゃあまた何処かで」
エドムントとの会合は予想より遥かに多くの成果を得る事が出来た。解決に繋がる訳ではないが、何を注意しなければいけないかが明確に分かった事は大きいし、アルの様子の変化の答えにも繋がる何かを見つけられるかもしれない。
冒険者ギルド、昔は足を踏み入れる事など絶対にないと思っていた無縁の場所。しかし俺はアル達と一緒にごみ拾いの未来を変えた。そして冒険者とも接点を持つ事が出来た。
アルと一緒にいたお陰で繋がった縁が今の俺を作っている、だからアル、何か問題を抱えているのなら力になりたい。お前がそれを明かす事が出来なくとも、俺は助けてくれたお前を助けたいと思っている。
特別独立調査隊の活動も大分進んできた。
しかし依然として迷宮に起きた変化の原因は分からない、成果と呼べるものは新たな箇所の地図の作成ぐらいだろうか、それと魔物の棲息図の変化についてのまとめも今後冒険者にとって有用だと思う。
相変わらずアルは無口で調査を終えると自室に籠もる繰り返しの日々が続いていた。俺もアザレアもツバキもそれを心配するのだが、アルにはまったく届かない。
差し入れを持っていったりしても殆ど顔を出さず、食事に誘おうとも断られた。一応差し入れのアンナが焼いたクッキーなどは食べているようだが、それでも日に日にやつれていっているように見えて心配だ。
帰り道でツバキが俺に話しかけてきた。
「グラン殿、アル殿は一体どうしてしまったのでしょうか」
「正直分からん、こんなこと今までなかったから」
アルの何かが変化の理由なのだろうが、見当もつかない。それを知りたくても話す機会すら得られないのだからどうしようもない。
「なあツバキはどう思う?」
「どうとは?」
「アルを見てさ、何か変な所とかない?」
ツバキの洞察力なら何かを見抜いているかもしれない、俺はどうしても迷宮内では調査の方にかかりきりになってしまうので、アルから目を放す事が多かった。
「変と申されましても、今はずっと変です」
「だよなあ」
「でも一つだけ気になる所がありますね」
「それは?」
どんな事でもいい、絶対に手掛かりになる筈だ。
「アル殿は最近常に殺気立っています。実に不思議です」
「えっと、悪い俺は戦闘できないからよく分からん。もっと詳しく説明できないか?」
「そうですねえ…」
頭を捻ってツバキは考え込む、説明は難しいかもしれないけれど、今は気がつける事は何でも知っておきたい。
「伝わるか分かりませんが、例えばグラン殿は迷宮内を進む時どんな事を考えていますか?」
「そうだな、罠がないかとか魔物の気配はないかとか、俺は兎に角安全に進む方法を考えている。ごみ拾いの基本だな」
「常に危険と隣り合わせですから当たり前ですよね、では聞きますが、グラン殿が感じる魔物の気配とは何ですか?」
魔物の気配とは、そう聞かれても感覚的なもので上手く言えない。しかし強いて言うならばそれはきっと。
「敵意みたいなものかな?魔物って他の誰かや何かを見つけたら基本的には襲いかかってくるから、こう、何時でも殺せるように備えているって感じ」
「そうです!そこですよ!」
「あん?どれの事?」
「敵意や殺気どっちでもいいですが、こちらを害そうとしている感情はとても分かりやすいんです。だから拙者は殺ると決めた時だけ一瞬敵意を見せます。達人程いつどう襲うかを悟らせないものです」
言われてみると確かにツバキは戦闘中とそれ意外では空気感がまったく違う、単純に気持ちの切り替えが上手いのかと思ったが、あの肌にひりひりとくる感じはちゃんと戦闘用になっているんだな。
「でもアルが常に殺気立っていて何が変なんだ?今の様子を見るとそれも仕方がないと思うけど」
「変ですよ、アル殿は魔物と戦闘になろうとも一度だって殺気立った事はありません。アル殿は迷宮に興奮している時以外は常に平常心です」
ツバキの話を聞いて俺は驚いた。まさかの事を言うので思わず聞き返した。
「待て待て本当にとびきり変じゃないか、いつ気がついた?」
「あの奇妙な肉塊を相手にした時からでしょうか、それまでとは雰囲気がきっぱりと変わりました」
やはりそこか、あの出来事が確かにアルの何かを変える切っ掛けとなった。しかし理由はなんだ?あの変な肉塊の魔物か?しかしあれからあの魔物を見かける事はない、ではアルは何に敵意を向けている?それとも。
「何かに怯えているのか?」
「え?」
「そう、そうだよ、アルは何かに怯えているんだ。そう考えるとしっくりくる、今まで見てきた俺には分かる。アルは怯えているんだ!何かには分からないけれど、確かに怯えている!」
「ちょ、ちょっとグラン殿、落ち着いてくだされ」
「いや落ち着けない!ありがとうツバキ!君のお陰でやっと何か見つかった気がする!ちょっと用事が出来たから先に帰っててくれ!」
俺はすぐさま駆け出した。向かう先は勿論アルの所だ。
特掃ギルドに急いで戻ると、丁度モニカさんとアンナが受付にいた。
「あら?グランさんどうしました?」
「ちょっと、どうしたの?そんなに息を切らして」
俺は大急ぎで走ってきたから息も絶え絶えだった。アンナが持ってきてくれた水をがぶがぶと飲み干すと、コップを置いてモニカさんに聞いた。
「アルはまだここに居ますか?」
「ええ、まだ執務室にいらっしゃいますよ。しかし誰も通すなと言われてまして…」
「ありがとうモニカさん!」
モニカさんが俺を引き止める声も無視して俺は階段を駆け上がった。アルの執務室の前に着くと、扉をドンドンと叩いて中にいるアルに呼びかけた。
「アル!アル!そこにいるんだろ!?出てこなくてもいいから聞いてくれ!そして教えて欲しい!お前は何に怯えているんだ!?」
俺は部屋の中から返事がなくともしつこく聞き続けた。ここまできて引き下がるものかよ、アルが出てくるまで俺は一歩も引かないと決めた。
「やめろグラン。外にいる人に迷惑だろう」
やっと中にいるアルが返事をした。俺が大声で騒いでいるから耐えかねたのだろう。
「やめない!お前の答えを聞くまでは絶対に!」
「じゃあ答えを教えてやる、私は何にも怯えてなどいない」
「嘘だね!俺には分かる!」
「何が分かると言うんだ。グラン、お前に私の何が分かる!」
「分かるよ!友達だろうが!!」
俺の叫び声が廊下に響き渡った。
「なあ、俺たちって思い出すと変な出会いだよな?身分も何もかも違うし、最初は俺お前の事利用価値だけで見てたんだぜ?金を絞れるだけ絞ってやろうってさ、だけど俺たちお互いの気持ちを話し合って、利用して利用される関係は解消して、友達になっただろう?迷宮にだって沢山一緒に行ったじゃないか、苦労する事だって一杯あったし、挫けそうになった事もあった。だけどその度に俺に聞いてくれたじゃないか、グラン、君ならどうする?ってさ」
俺は聞いてくれているか分からないけれど話続けた。
「俺はお前がいたから今ここにいるんだ。世界が広がったんだ。アルが教えてくれたんだ、世界にはこんなにもワクワクする事が待っているって!」
もう一度扉を叩こうとした時にがちゃりと音をたてて扉が開いた。中にいたアルは顔だけをすっと出して、手短に入れとだけ言った。
俺は目をこすって鼻水をすすってからその扉を開けた。