運命の調査隊 その2
特別独立調査隊の活動を始めてから暫く経った。
何箇所も迷宮を巡って新たに出来た場所の調査を進める。同じことの繰り返しが続きはするが、慣れてきて作業はスムーズになった。
戦闘の面でもアザレアとツバキが居るので問題なかった。何種類か既存の魔物の亜種を見つけたが、あれからあの肉塊の魔物と出会う事はなかった。
アルの様子も依然おかしいが、あの時のように取り乱したりはせずに、どちらかというと淡々と職務をこなしているようだった。迷宮の未知の場所というアルにとっては垂涎ものな筈なのに大人しいのはやっぱり変だ。
そしてやはり調査を終えてすぐにアルは自室に籠もるようになってしまった。モニカさんから聞いても、特掃ギルドを閉める時までずっと執務室に籠もっているらしい、中から全く物音が聞こえないので何をしているかも分からないと言っていた。
更に変だと思うことがあった。ゲイルさんからの連絡がまったくない事だ。
あの人は動くとなれば何よりも迅速だ、俺が渡した物と報告書を見て接触してくる筈だと思っていたのに、一向に音沙汰がなかった。
確かに物は渡ったそうだし、報告書にも目を通している所を見たとモニカさんが言っていたので、事情を把握していないなんて事はないだろう。そもそもゲイルさんが情報で俺より遅れを取る事なんてありえない。
やはり何かが変だ。これはもう違和感などではなく確信だった。俺は何とかして関係者と接触を図りたくて、仕事の合間を縫って冒険者ギルドを訪れていた。
ギルド長なら何かコネを持っているかもしれない、そう思っていたのだが、冒険者ギルドも忙しそうにしていて、中々受付までたどり着けずにいた。
「おい、お前」
「は?」
誰かから声をかけられて辺りをキョロキョロと見回す。
「ここだここ、俺だバルバトスだ」
見上げるとバルバトスさんと目が合った。身長が高いから上から声をかけられていたのか。
「ああお久しぶりです。この前渡した木の実パンはどうでした?アンナがまた感想を聞きたがってましたよ」
「あれはとても良かった。木の実の風味を損なうことなく、甘さと酸っぱさが絶妙にマッチしていて、柔らかいパンの生地によく…。じゃなくてだな、困っているようだがどうした?」
バルバトスさんは感想の途中でこほんと咳払いをして聞いた。どうやら俺が困っているのを見かねて声を掛けてくれたらしい、見た目は厳つい人だがいい人だ。
「実はギルド長に少し相談があったんですけど、この様子ならギルド長もお忙しそうですね」
「今は迷宮に現れた新たな場所の調査に大忙しだからな、俺もつい先程まで迷宮に潜ってきた所だ」
「そうだったんですか?」
その割には一つも疲れた様子を見せない、バルバトスさんの実力は知っているが、それにしても凄いと思った。
「俺についてくるか?」
「え?」
「俺の依頼はギルド長から直々の依頼だ。報告も直接する事になっている。お前が付いてきても問題なかろう」
バルバトスさんの用事に関係もない俺が付いていくのはどうかと思ったが、ここで引き下がるのもチャンスを無下にするだけだ、俺はどうしてもアルに関する手掛かりや切っ掛けが欲しい。
「お願いします!」
踵を返して歩き始めたバルバトスさんの後を俺は追った。行動あるのみだ、今は少しでも情報が欲しかった。
バルバトスさんはぶっきらぼうに扉をドンドンと叩いた。
「バルバトスだ」
「ああ、入ってくれ」
俺は中から聞こえてきた声に聞き覚えがなくて疑問に思った。来客だろうか、ますます俺が入ったら迷惑になるだろうけど、ここで戻る訳にもいかないのでバルバトスさんの後に続いた。
中に入ると勿論ギルド長の姿があった。そして見慣れない人の姿もあった。しかし相手は俺の顔を見ると不機嫌そうな声で言った。
「ふん、お前ゲイルとアレックスがお気に入りのグランとかいう奴か、実際に目にするのは始めてだな」
如何にも偉そうな人がするようなふんぞり返りかたをして、俺の事をギロリと睨みつけてきたその人は、纏っている雰囲気はゲイルさんに似ていても態度はまるで違った。目つきは鋭くて、常に相手の事を威嚇しているような顔をしている。
「グ、グ、グラン君?どうしてここに?」
「俺が連れてきた。ギルド長に用事があるそうだ」
「会う約束でもしていたのか?」
偉そうにしている人が不満げに聞いた。
「してないと思うが?だが彼はよくギルド長と茶を飲んでいる。約束が必要か?」
「ジャクソン」
「はいぃぃ…」
不満げに名前を呼ばれたギルド長は、大汗をかいていつものようにハンカチを手にしていた。何やら二人の間には大きな力関係があるみたいだ。
「まあいい、それで業務に支障が出ている訳でもないし、寧ろ最近お前の仕事が早くなっていて不思議に思っていたんだ。いい話し相手が出来てよかったじゃないか」
「いえ、まあ、はい」
「丁度良かった。私もお前と話してみたかったと思っていたのだ。あのゲイルのお気に入りならさぞや興味深い存在なのだろう、そこに座れ、特別に私がお前の用事とやらを聞いてやろう」
何だこの人は、偉そうって所の話しじゃないぞ。こんなにも尊大な態度を取る人は始めて見た。そもそもこの人は誰なんだ、そう俺が思っているとギルド長が紹介してくれた。
「グラン君、この御方はこの冒険者ギルドの後ろ盾であらせられる四公爵家が一つ、アーチャー家のご長男エドムント様だよ」
四公爵家?という事はアルの家と同格の存在という事だ。しかも長男という事はゲイルさんとも同等の人かもしれない、だから度々ゲイルさんの名前が出てきたのか。
「で、お前はジャクソンに何の用事があって来たのだ?つまらない用事だったらつまみ出すからな」
「よく分からんが、俺はもう帰っていいか?」
「馬鹿者、お前からも報告を聞かねばならんのだ。お前もここにいろ」
エドムントとやらは帰ろうとするバルバトスさんを引き止めて、俺にさっさと座れと言った。偉そうに命令されるのは癪だが、まさかの大物との対面はありがたい。引き出せるだけ情報を引き出してやろうと、バルバトスさんの隣に座った。
「それで?お前はどんな話を持ってきた?」
「今俺は特別独立調査隊と言って、アルが指揮を執る調査隊にいます」
「そんな事は知っている、あの忌々しい部隊の事だろう?」
忌々しい?よく分からないが今は取り敢えず無視しよう。
「あなたはアルの性格をご存知ですか?」
「言いたいことは分かる、あの変態趣味の事だろう?今回も大いに発揮されているのだろうな」
エドムントはくくっと苦笑した。やっぱりアルを知っている人にはその認識が共有されているのだなと俺は思った。
「それが発揮されていないと言ったら?」
「何だと?」
「アルは迷宮内では実に生き生きとしています。外では見せない顔が多く見れる程にね、しかし今回の調査、アルにとってこれほど興味深いものはない筈なのに、彼は沈黙しています。最近では嫌がる様子まで見せている」
そこまで聞いてエドムントは手で口を覆って何か考え込んだ。信じられないという表情をしているから、アルを知っている人にとってこれが如何に異常事態かを如実に現している。
「なあグラン、その話本当か?」
隣で聞いていたバルバトスさんが聞いてくる。
「ええ、本当です。魔物との戦いですら避けていまして」
「あの男がか?信じられん…」
そういえばバルバトスさんはアルと一緒に戦った事がある人だ、何か感じるものがあるのだろうか。
「迷宮が人の形をしたような男なのにな」
「アルがですか?」
「まあ俺の感想だがな、俺は奴を戦いの中でしか知らん。だからただの印象だ、しかし奴は魔物との戦いでさえも楽しんでいるように見えた。それもまた迷宮の一部だからな」
魔物にとっては悪夢でしかないと思うが、アルは魔物との戦闘はどんな強敵も赤子の手をひねるようだったが、楽しそうにしていた。今はまったくそんなそぶりを見せない。
「その話嘘はないな?」
考え込んでいたエドムントが口を開いた。
「事実です。そもそも嘘つく意味あります?」
「ない、だが何事も確認は大切なんだよ。しかし俄然納得がいかない、アレックスを自由に動かす事をあれだけ無理やり通したと言うのに」
アルを自由に動かす?言葉の意味はよく分からないけれど、何か引っかかる。誰の意思かまでは分からないけれど、アルにこの調査をやらせたかった人がいるのか、性格と能力を考慮すると特別不思議には思わないが、アルを単独で動かす意味はよく分からない、それこそ冒険者ギルドと特掃ギルドの合同作戦をまた計画した方が効率的に思える。
「お聞きしていいですか?」
「私が答える価値があるならな」
「何でアルを単独で動かす必要があるんですか?調査なんて頭数揃えた方が効率的でしょう、そうでなくとも調べる迷宮は山のように存在しているのに、俺たちの他にも調査を進めているのに変じゃありませんか?」
俺の質問にエドムントは黙った。答える価値なしかよ、俺がそう思った時エドムントは言った。
「いいじゃあないかグラン、確かにあのゲイルが気に入るだけの事はある。少し私の話に付き合ってもらおう」
エドムントはそう言うと、俺を引っ張り上げて部屋を出た。そのまま手を引いて別の部屋に入ると、俺を強引に座らせて自分は対面に座った。
「お前はこう言いたい訳だ。アレックスに調査をさせる事で何かを目論む者がいるのではないかと」
俺は目を丸くした。確かにそんな事を考えていたが口に出していないのに何故分かったんだ。
「身分の差や立場の違いなぞくだらないものは無しだ、腹を割って話そうじゃないかグラン」
不敵な笑みを浮かべるエドムントの態度が気になったが、突っ込んだ話が聞けるのなら望む所だ。俺は覚悟を決めてこの会談に取り組む事を決めた。