運命の調査隊 その1
アルから選抜された俺たちは特別独立調査隊と名付けられて、正式に王家から任務を拝命される事になった。
特掃ギルドにて仰々しい式典が執り行わられて、よく知らないが偉いのだと思う見た目の人が長々と文章を読み上げた。
正直俺は時間の無駄だと思っていたが、モニカさんからどうしてもと頼まれて仕方なく受けた。こうして直々に任務を命ぜられる事は珍しい事で、特掃ギルドとしても箔がつくらしい。
「謹んでお受け致します」
「全身全霊で任に当たるように」
アルが偉そうな人とやり取りをして、どうやら特別独立調査隊は認められたらしい。これが役に立つのなら何よりだ、欠伸を噛み殺して我慢していた甲斐があった。
俺たちの主な活動目的は、迷宮に突如起こった現象を調べる事だった。新しく出来た道や部屋、そして魔物の生態や罠の種類など、調べる事は様々にあった。
だけどアルの特別独立調査隊は普通の調査とはいくらか違うらしい、詳しい事までは分からないが、アルの判断で調査を進めるというのは絶対だそうだ。
要するに俺たちは他の人達と足並みを揃える必要がないとゲイルさんが教えてくれた。頭数を揃えた方が効率がいいのではと俺が聞くと、そっちは僕たちでやるからと言われた。
何にせよアルの迷宮探索に付き合うのはいつもの事だ。やることはあまり変わらない、俺は俺の出来る事をするだけだ。
「本当に地図にない道が出来ている」
俺は崩れた壁を触ってそう言った。アルが記した地図によれば、ここは壁があって道などない筈だ。
「なあアル、迷宮が拡張するって事は今まであったのか?」
「…」
俺が話しかけても反応がなかったので、もう一度強く呼びかけた。するとアルはやっと気がついたようで、返事をした。
「こんな事例は今まで一度も確認されていない、この壁の向こうも、前に調べた時にこんな空間はなかった」
「何で断言できるんだ?」
「調べたんだよ、私は徹底的に調べる質だからな。触って叩いて一部を壊して、空間がないことは確認済みだ。そもそもこの壁を見てみろ」
そう言ってアルは壊れた壁を親指と人差し指で摘んだ。
「これでは壁が薄すぎる。前からこの道が存在していたのなら、私が気が付かない筈がないんだ」
言われて見ると確かにそうだ。何か不自然にここだけ薄くなったように感じる。迷宮が人の理解を越えたなにかだとしても、ここまで突然の変化は妙だと思った。
「取り敢えず先に進もう。ツバキ、警戒は怠るなよ」
「承知」
ツバキを先頭にして俺たちは未知の場所へと足を踏み入れていった。川に行った時は感じなかった緊張感が俺たちを包んでいた。
進みながら俺とアルは、落ちている物や気になった事について片っ端から記録をしていった。前方の警戒はツバキに、後方の警戒はアザレアに任せて、集められるだけの情報を集める。
アルは真剣な眼差しでスケッチや記録を行っているが、俺は何だかいつもとは違うなと違和感を感じていた。それが何か分からなくてモヤモヤしていたが、次の休憩の時にその正体が分かった。
「アル、お前迷宮の新しい場所だってのに興奮しないのか?」
俺がそう聞くとアルはキョトンとした顔でこちらを見た。まるでそんな事など忘れていたかのようなリアクションだったので、俺も戸惑う。
いつもだったらハアハア言いながら壁や地面に頬ずりをして、ベタベタと触っては長々と感想を言って服を脱ぎだすのが一連の流れだったのに、調査を始めてからのアルは別人のように冷静そのものだった。
「いや、興奮はしているんだ。確かに心躍る経験をしている、だけど…」
「だけど?」
「分からない、上手く言葉に出来ないのだが、不安なんだ。私は先程から何かを恐れている」
何を恐れているのかと聞こうとした時に、アザレアが鳴き声を上げた。すかさずツバキが刀を構えて俺たちの前に躍り出る。
「何だこいつらは」
「ウウゥゥ!!」
アザレアがいつになく興奮して唸り声を上げている、ツバキも得体の知れない何かを見たかのように警戒心を引き上げたようだった。
俺は背中越しにその魔物の様子を見た。そして驚いた。
二体の魔物は形容しがたいぶよぶよな肉の塊に、うねうねとした紐状の触手が体から伸びている。目のような物が不規則に並んでいてパチパチと瞬きをしていた。
「何だこれ、魔物なのか?」
「わ、分からない、こ、こいつらは一体何だ」
アルがそう言葉を発した途端に、肉塊から伸びた触手がアル目掛けて飛んできた。前方に居たツバキとアザレアには目もくれず、明らかにアルを狙っているようだった。
ツバキがアルに届く前に触手を斬り落とし、アザレアは口から炎のブレスを吐いて触手を焼き尽くした。勢いを失った斬られた触手が、目の前に落ちてびちびちと動いている。気味が悪いが、これも貴重なサンプルだ、そう思って確保しようと手を伸ばした時、アルにその手をガッと掴まれた。
「な、何だよ?どうした?」
「い、い、いや何もない。ツ、ツバキ!アザレア!そいつらを始末しろ!」
何でだよと俺が聞く前に、アルは目の前の触手の切れ端を踏み潰してしまった。ツバキは一瞬躊躇したが、アザレアは容赦なく炎のブレスをその魔物に吐きかけた。鋭い爪で何度も引き裂き、攻撃の手を止めない。それを見たツバキももう片方の魔物を細切れにした。
戦いが終わっても、アルはその魔物に近づこうともしなかった。いつもは魔物の死体に怯える事などないのに、小刻みに体を震わしてもいる。
仕方がないので俺が魔物の死体を調べる事にした。二体ともズタズタにされていて、アザレアが相手した方は黒焦げになっている。アザレアは今だに興奮が収まらないのか、フーフーと荒い息を吐いていた。
「グラン殿、この魔物まだ動いております」
「本当だ、まだ生きてるのか?」
「いえ、絶命はしています。禍月からそれは伝わってきました。だけど動いているんです」
ツバキは何処が致命傷になるのか分からなかったからか、兎に角全身を細かく斬っていた。殆ど肉片になってしまったその魔物の残骸は、命を失って尚ピクピクと動いていた。
「何だこの魔物、いや、本当に魔物なのか?」
「分かりません。その調査が必要だと思い攻撃するか迷ったのですが、アル殿の指示がありましたので」
アルにしては妙な行動だった。見たことのない魔物がいれば、危険だろうが何だろうが真っ先に近づいて行ってじっくりと観察するのに、今だにアルは魔物の死体に近づこうともしない。
「アル!これどうするんだ?何個か肉片を集めるか?」
「え?あ、いや、そ、その肉片は必要ない、もう放っておこう」
「はあ!?本気で言ってるのか?」
「ほ、本気に決まっている、さ、さ、さっさと次の場所を調べるぞ」
これも調査対象だろと言う前に、アルはさっさと歩き出してしまった。一人にする訳にもいかないので、俺は肉片を何個か拾って袋に仕舞うと、急いでアルの後を追った。
その日の調査活動中、アルの様子はずっとおかしかった。口数も少なく、落ち着きすぎていて、突然不安そうに怯え始めたりと終始挙動不審だった。
迷宮から引き上げると、アルはすぐに自分の執務室に籠もってしまった。止める間もなかった俺は、仕方なく皆の代表として活動報告書を書いてモニカさんに提出した。
「迷宮の調査は如何でしたか?」
「調査そのものは順調だったと思います。色々と発見したし、拡張箇所の地図作成も難なく進んでいます。しかし奇妙な魔物が数体見つかったのと、アルの様子がちょっと変なんです」
「と言いますと?」
モニカさんは普段迷宮内でのアルの奇行を知らないので、俺も説明に困った。取り敢えず挙動不審で何かに怯えているようだと、掻い摘んで説明した。
「アル様がですか?」
「そうです。明らかに様子がおかしくて」
「どうしたんでしょう、前日まではとても張り切っていらっしゃったのに…」
やっぱりそうかと俺は思った。メンバーの選別の時も、一悶着あったとは言え期待感が勝っているように見えた。しかし今回のアルはどう考えてもおかしい、おかしいのだが、当の本人があの様子では俺たちに分かる事はあまりなかった。
「俺たちも気にかけますが、モニカさんも一応気にしておいてください。何かあったら教えてください」
「分かりました」
「後これ、中身は見ずにゲイルさんに渡して貰えますか?」
俺は肉片の入った袋を取り出して置いた。
「構いませんが、中身は何ですか?」
「絶対見ない方がいいです。後出来るだけ早く渡してください、それと俺の報告書を読めばゲイルさんなら理解できる筈ですから」
そう言うと俺は特掃ギルドを後にした。アルの執務室の窓を見上げても、中から光りが漏れている様子はない。
暗い部屋の中一人で何を思っているのか、気がかりは尽きないが俺は孤児院へと帰る事にした。