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選抜

 俺はいつものようにアザレアとツバキを連れて特掃ギルドに訪れた。


 しかしいつもとは違ってアルの姿はなく、モニカさんに言われてそのまま執務室に通された。アルの仕事部屋に入るのは始めての事だった。


「来たか皆」


 アルは机に向かって何やら書類を書き留めていた。いつになく真剣な表情で仕事をしているもので、少々驚いた。


 迷宮内で見せる突飛な行動や変態な衝動とは大違いだ。


「少し話したい事があるんだ。座ってくれ」

「ああ、いいけど」


 俺たちはアルに促されて席についた。アザレアは俺の膝の上に抱えて、ツバキは高級な椅子のふかふかとした弾力に魅入られている。


「皆迷宮に突然現れた川で魚釣りをしたのを覚えているな?」

「勿論覚えてるけど」

「そういえばあの時のお魚はどうなったのですか?」


 ツバキの質問にアルが答えた。


「あれは貴重なサンプルとしてウィンダム家の研究施設で保管されている、皆の協力で手に入れた魚だが、悪いが優先順位がある。許して欲しい」

「いえ拙者はそんな、謝らないでくだされアル殿」


 アルが深々と頭を下げたものだからツバキは慌てていた。俺も何だかちょっと態度がおかしいなと思い始めてアルに聞いてみた。


「なあ、何かよくないことでもあったのか?」


 俺の問いかけにアルは暫く答えを渋っていた。ようやく一度頷いて口を開いた。


「よくない事ではない、皆にとって悪い話しではない筈だ。少々危険を伴うかもしれないが、それだけ意義のある事だと考えてもらいたい」

「意義?」

「そうだ、君たちを私直属の調査隊員として雇いたい。グランはごみ拾いとして迷宮を一人渡り歩いてきた実績が十分だ、アザレアも最近では中級冒険者よりも活動できるようになったし、ツバキは戦闘力が申し分ないし頼りになる、私が動けない時にはツバキの力が必須となるだろう」


 調査隊員と言われてもいまいち要領を得ない話しだった。しかもアルが自分達を雇うだなんて、一番言いそうもない事を言っている事も気になった。


「アル、やっぱりお前何か変だぞ」

「私がか?」

「そうだよ、雇うだなんて言い方アルらしくもないし、それに調査隊って一体何だよ?いつも通りじゃ駄目なのか?」


 迷宮の調査だったらいつものごみ拾い活動と並行してやっている事だった。迷宮についてのあらゆる要素をつぶさに感じ取り、情景や匂い、時には味でさえも調べてしまう事もある。


 あれ以上の迷宮での活動が何かあるのか?そこが俺は疑問だった。


「よく分からないけど王様に迷宮のあれこれを献上するのがアルの役目だろ?これは必要な事なのか?」


 俺の質問にアルは答えなかった。いや、答えられないか答えを迷っているというのが正しいか、兎に角言葉に詰まっているようだった。その時、隣のツバキが口を開いた。


「拙者には禍月の呪いを解くという目的があります。特掃ギルドの用心棒役は様々な迷宮に潜る機会が得られて大変役立っています。お聞きしますが、その調査隊に雇われた暁に禍月の真相に迫る事は出来ますか?」


 確かにツバキの目的は禍月の調査だ、そのために迷宮に潜っている。俺はその実力も相まって特掃ギルドにとって役に立つと思い仕事を紹介した。そしてツバキも色々な迷宮で調査する事が出来ると納得した。これを上回る報酬がないとツバキは動かないのではないかと思った。


 だが、アルから出てきた言葉は前提をひっくり返した。


「私に協力すれば禍月についての真実を教えよう」

「は?」

「呪いの解き方までは分からないが、君が知り得ない情報を私は持っている。協力と引き換えにそれを教えよう」


 禍月に関する情報を持っている、それも何か核心に迫るような情報をアルは握っている。しかしこれではまるで脅迫だ、情報を盾に取り協力とは名ばかりの強制だった。


「アル!お前!」

「黙っていてくれ!」


 アルの怒鳴り声に俺は気圧された。


「これは私とツバキの取引だ、君は黙っていてくれ」


 目はギラギラとしていて殺気立っている、明らかにアルの様子はおかしいが、俺はあっという間に何も言えなくなってしまった。


 これは俺の生き物としての本能というのだろうか、アルの殺気から死を明確に感じてしまって声が出ない、俺は膝の上のアザレアをぎゅっと抱き寄せた。


「あまり穏やかじゃないですね」

「そうだな、で、どうするんだ?」

「引き受けましょう、拙者の目的は禍月の解呪です。その手がかりを得られるのなら申し分ありません」


 ツバキはアルの提案を受け入れた。そしてにっこりと笑顔を作ってアルに言った。


「アル殿、似合わない悪役面はお止めください、グラン殿が怯えております。何か拙者達に言えない事情があるのは分かりましたから、それを隠していても構いませんよ。その上で友達として協力して欲しいとお願いすればいいんです」


 アルはツバキの言葉を聞いてキョトンとした顔をした。何か困ったように思い悩んだあと、俺たちに向かって言った。


「ツバキが言ったように私には隠し事がある、絶対に言えない、それでも友達として協力してくれなんて不義理な事を頼んでもいいのだろうか?」


 俺はやっとアルの本心を知る事が出来てホッとした。さっきまでのアルは俺の知らない人みたいだったので、正直恐ろしくて仕方がなかった。


「お前そんな事で悩んでたのか、いいんだよ普通に協力してくれって言ってくれても。俺たち友達だろ?そりゃ秘密にされるより言ってくれた方がいいけどさ、事情があるのに無理やり聞こうとは思わないよ」

「グラン殿の言う通りです。拙者も協力する事はやぶさかではありません。まあ禍月について何か知っているのなら教えて欲しいのは本音でありますが」


 俺もツバキもアルに協力する事に何の躊躇もない、寧ろ力になれるなら力になりたいと思っていた。アルは俺たちの言葉を聞いて頭を下げた。


「すまない、私はどうも思い違いをしていたようだ。君たちに対して失礼な態度を取ってしまった。本当にすまない」

「いいよ、何か事情があるんだろ?」

「ああ、説明は出来ないが私はどうしてもこの問題に取り組みたいと思っている、だから君たちの力がどうしても必要だったんだ。だけど、やり方を間違えてしまったようだ」


 落ち込むアルに向かって俺は改めて言った。


「もういいよ、それよりその調査隊のすることや条件を教えてくれよ」


 アルは顔を上げてぱっと明るい表情になると、嬉々として説明を始めるのだった。




「君たちを雇うという体裁は変わらない、暫くは各々の目的を迷宮では果たせなくなるからだ。ごみ拾いは出来ないし、呪いの調査も出来ない、私の行動に付いてきてもらう事に専念してもらいたい。だからこそ給金を出すようにしたい」


 それについては正直有り難かった。俺の収入がなくなるということは、そのまま子どもたちの生活に直結する。それだけは避けなければならない。


「給金が貰えるってのはありがたいよ、だけど俺の働きにそれだけの価値はあるかな?」


 どちらかというとそっちが心配だ。俺は自慢ではないが、戦闘では役に立たないし、難しい罠を解除する事も出来ない、戦闘でも探索でも足手まといになってしまうのではないかと思っている、情けをかけられてタダ働きだけは絶対に嫌だった。


「君は君が思う以上の実力を持ち合わせているよグラン、友人の私がそれを保証しよう」

「そうですよ!グラン殿は凄いです!拙者も保証します!」

「キュイ!キュイキュイ!」


 アルもツバキも、そしてアザレアもそうだと言わんばかりに騒いだ。そう言って貰えるのは嬉しいけれど、具体的に何をすればいいのだろうか、それをアルに確認する事にした。


「グランにはいつも通りの仕事のノウハウを活用してもらいたい、兎に角目につく物は拾って欲しい、特に気にかけてもらいたいのは金になりそうな物だ」

「金になりそうな物?」


 俺が聞き返すとアルは頷いた。


「私はどうしても迷宮に対する愛が先行してしまう、これはもうどうにもならない、だから言葉は悪いかもしれないが外付けの目線が必要なんだ。そしてその役目は私が信を置いている君が適任だ」


 そこまで買われていると思うと悪い気はしない、俺はその役目を了承した。何の役に立つかは分からないけれど。


「アザレアはグランの補佐だ、君とグランのコンビネーションは目を見張るものがある、頼んだぞ」

「キュイ!」


 アザレアは任せろと自信たっぷりに返事をした。


「ツバキは先程も言った通り戦闘の要だ、私はもしかしたら戦闘に参加しないかもしれない、その状況を想定した時に君ほど頼りになる存在はいない」

「お任せくだされ!戦働きは侍の誉れ!拙者の刀の腕存分に発揮しましょう!」


 ツバキはいつも通り元気一杯に答えた。持ち前の明るさと戦闘での冷静さがあればこれほど頼もしいことはない、俺も選ぶならツバキしかいないと思った。


「君たちを選んだのは、何も友人だからと言うわけではない。私が思う最高のメンバーだと確信しているからだ。ツバキとは知り合って日が浅いけれど、その剣の腕を本当に頼りにしている、くれぐれもよろしく頼むぞ」


 アルは念を押すようにツバキにそう言った。本当に戦闘面で不安を抱えているようだ、どんな事態を想定しているかは分からないけれど、協力すると決めたからにはやると俺は心に決めた。


 こうしてアルを筆頭にした独立調査隊が編成された。迷宮に迫る謎を巡る活動が始まろうとしていた。

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