嵐の前
エルダー家三男フォルテ・エルダーは会議が終わると付き人を連れ立って帰り道の景色を眺めていた。
「今回の会合、如何でしたか?」
「うん、まあ、王家側とウィンダム家がやりたかった事は分かったよ。逆に言うとそれ以上は分からなかったな、寧ろあまり意味がなかったのかもしれない」
フォルテの発言に付き人は首を傾げる。
「あれだけの大物を集めておいて、少々粗雑ではありませんか?」
「いや、問題そのものは大きいし、実際対処にも苦慮する事になる。エルダー家としても対策を取るべき所はしっかり取らないと後に地獄を見るだろう。だからこそ問題の共有と対処について意思統一を図ったんだ、何が起こるか分からないから備えろよとね」
フォルテは大きくため息をついた。付き人はそれを見て察すると、すぐさま胃薬を用意して水とともに手渡すと、フォルテは薬を一気に飲み干した。
「態々僕ら四公爵を集めてまでする話しではなかったんだ、少なくともリスクを取ってまで一堂に会する必要性は薄い、しかしそうしたかったということは裏に何か別の意図が隠されている。そう考えると会議をする事を通したのはゲイル様かもしれないな、事情があって伝えられないけど事が動くぞと言いたかったのか…」
そう言うとフォルテはぶつぶつと独り言を言いながら考え込む、付き人はいつものことだと思っていたが、いつもながらフォルテの優秀さには感心させられていた。
エルダー家の中で、唯一他家と渡り合える有能さを持ち合わせていたのはフォルテだけだった。他の兄弟姉妹が取り分け優秀でない訳ではない、基準となる人が高すぎるのが原因だった。
アーチャー家のエドムントは、神童ゲイル・ウィンダムには及ばないものの、我が強く自らの意見に絶対の自信を持ち、無理を捻じ曲げ実現する力とカリスマ性を持っている。
イングラム家の才女ベアトリス、跡取りである長兄をも凌ぐ優れた才覚を持ち合わせ、狡猾で奸智に長けており、実質ベアトリス一人の力でイングラム家は成り立っている程に絶対的な力を有していた。
ウィンダム家は言わずもがなで、どの人も優秀で王家から一番に信を置かれている家だった。特に秀でているゲイルと、迷宮伯と呼ばれるアレックスはその名も高く知れ渡り、活躍も目覚ましいものであった。
この中で発言権を持ち合わせ、その知識と策謀についていける人材がエルダー家ではフォルテしかいなかった。だからこそ気苦労が絶えないが、エルダー家は生命線でもあるフォルテを登用しない訳にもいかなかった。
事実フォルテは、あの会合での王家側の意図を完全に読み切っていた。アーチャー家とイングラム家は、まだ朧気ながらそうかも知れないと把握しているまででとどまっていたが、フォルテだけは王家の目的がアレックスを自由に動かす事を理解させたかったのだと理解していた。
「アレックス様が何か鍵を握っているだろう、しかしその事をウィンダム家はおろか本人と王様と宰相フィリップ様以外は知らされていないのかもしれない。皆の態度を見ればそれは分かる、ゲイル様はこのことを会議の中に隠して僕たちに伝えたかったのか?」
フォルテはそれから「しかし」「だが」「でも」と結論づけてはその言葉を繰り返すようになってしまった。考えを巡らせ過ぎて限界を越えてしまったのだろうと、付き人は声をかけた。
「それくらいになさってください、また病気になってしまいますよ」
「ん、ああ、すまないな。また自分の世界だけに入ってしまった。ともあれこれから成すべきことを父上とお兄様達に伝えなければ、忙しくなるが頼むぞ」
「フォルテ様のご随意のままに」
付き人はフォルテに深々と頭を下げた。
イングラム家ベアトリスは頭の中で会議の成果をまとめていた。
今回の会合で得られたものはイングラム家にとってあまりに少ない、福祉や医療に関しての強い権限と力を持っているが、精々冒険者の怪我人が増える事や死亡に伴いまた孤児や生き別れの家族があぶれ出ることが多くなるくらいであろう。
孤児についてはイングラム家は長年頭を悩まされていた。国営として運用している孤児院は数多あれど、善意の協力者によってなりたっているものが殆どだ。
放置したい訳ではない、しっかりと教育と訓練を施して社会に送りこむ事が国益に繋がるのだが、国王の命令である程度あぶれる者を作ることを強制させられていた。
当然資金についても多くは下りてこず、やむなくイングラム家は放置という形を取り続けている。身分による職業差別や賃金の未払い、奴隷のように扱う人権侵害など悪行が横行しているにも関わらず、手を出すことが許されないというのはベアトリスからすると業腹だった。
しかしイングラム家は王家に忠誠を誓う立場にあり、だからこそ四公爵の一つとして数えられている。あまり意見出来ないのも現実であった。
あの手この手で権力闘争を渡り歩いていたベアトリスだったが、今回の会合に自分が呼ばれた意味を計りかねていた。分野が違いすぎる、そもそも普段からあまり迷宮について関わりがないイングラム家には、迷宮で起きている異常事態など寝耳に水だった。
だが、ベアトリスはこの程度で思考を止めるような女ではなかった。自分が呼ばれた事には何か意味がある筈だと、すぐに切り替えて意図を探り始めていた。
今回は王家の意向が多分に含まれていた会合だった。これは珍しい事で、基本的には王家はこちらの提案について了承するという立場を取り続けていて、やる時はやるが自ら積極的に発言や主張をしてくるような事は少なかった。
それは国の政治が安定している事を意味していて、トップが出張る必要のない仕組みづくりが出来ている証左でもあった。四公爵と王家側で大体の問題は解決する事が出来る、特にゲイルがいればあらゆる問題は些事となる。
ゲイル・ウィンダム、今回私を呼び寄せたのは彼かもしれない。何かを伝えようとしていた。違う、それぞれで考えろと呼びかけていた。
何か大きな動きがあるかもしれない、ベアトリスはそう考えた。ゲイル程の男がこんな回りくどい手を使って小細工するという事は、自分では手が出せない領分で必死に手を打った結果だったと考えられた。
ベアトリスは自分に出来る事が何かと考えながら、アーチャー家のエドムントは荒れているだろうなと空を眺めて思うのだった。
「忌々しい!またしてもゲイルの奴にしてやられた!」
ベアトリスの予想通りエドムントは声を荒らげていた。それを聞かされているジャクソンは大粒の汗をハンカチで拭っている。
「しかし、ゲイル様はどうしてあの様な事を仰ったのですか?」
「決まっている。王家からの横槍があったのだ、あいつの頭を押さえつけることが出来るのはもう王族くらいしかいないからな」
エドムントもまたフォルテと同じように会議の目的について大部分読んでいた。しかし自分がある程度会議の根幹に関わっていた事もあって、ゲイルと宰相フィリップの行為に対して怒りを覚えていた分、冷静に読みきれない所があった。
「冒険者ギルドは上手く利用されるだろうな、どちらにせよ調査しない訳にもいかない。それを分かっている上でアレックスを自由に動かしたいという意思があったのだ。ウィンダム家の意向というより国王の意向だろうが、どうしてそこまでアレックスに拘る、そこがまったく分からん」
アーチャー家でどれだけ調べてもアレックス・ウィンダムについてのはっきりとした情報はまるで掴めていなかった。ウィンダム家自体がアレックスについて分かっていないのだから当たり前なのだが、その事実をエドムントは知らない。
「どう対処していきましょうか?」
「基本的には前段階で協議した内容から変えようもない、あれはフィリップ立ち会いのもとで行われたから反故にする事は出来ん。しかしこのまま掌の上で踊るつもりも毛頭ない」
「と、言いますと?」
ジャクソンの質問にエドムントが渋い顔をしながら答えた。
「ジャクソン、冒険者ギルドのパーティから口が固く実力もあるパーティを選出しろ。しかし人数は絞れ、私の私兵として動かす手駒に使う」
「しかしそれは」
「分かっている。アレックスの立場と同じものを私が持つことになる。これは明らかに国王様のご意思に背く、だがしかしやるんだよ。このままウィンダム家と王家の思惑だけに乗せられてたまるか、責任は私が取るからやれ」
エドムントの意思は揺るがない、思い通りとまではいかずとも、自分の意思で物事を遂行するという確固たる信念がエドムントにはあった。だからこそ今回の事には怒りを覚えていた。
「分かりました。しかし責任は半分ずつですエドムント様」
「何?」
「私も冒険者ギルドを任されている身です。ギルド長としての責任と誇りがある。あなただけに背負わせてなるものですか」
ジャクソンは震える手を抑えながらも啖呵を切った。互いの矜持を確認しあった二人は、にやりと笑みを浮かべた。
「お前も苦労が絶えないなジャクソン、そんな風にストレスを溜め込むから一向に痩せんのだ」
「甘いもの食べないとやってられませんよ、あなたについて行く事はね」
エドムントは鼻で笑ったが、その表情は誇らしげだった。
それぞれの思惑が絡み合い交差する。嵐の訪れをそれぞれに予感させる出来事に、巻き込まれる事になるグラン達はまだ何も知らないでいた。




