貴族会議
既存の迷宮から新たな道が見つかった。この事実は上の人間にとっては衝撃的だったらしく、冒険者ギルドと特掃ギルド、双方のトップや幹部が城に集められて会議をする事になったらしい。
らしいと言うのは俺にとってはまったく縁のない話だからだ、アルは会議で不在、ツバキは特掃ギルドで助っ人を頼まれて仕事、久しぶりに一人になる時間が出来た俺は孤児院の雑事を手伝う事にした。
やることは一杯あるから逆にありがたいくらいだった。アザレアと一緒に屋根に登って雨漏りの修繕をして、子どもたちが遊んでいて傷を付けてしまった壁を補強し直した。
力仕事に整理整頓、子どもたちの為に買い替えたベッド等の家具の搬入に、一人になっても忙しかった。最近は迷宮に潜る頻度も高かったから、こうして時間を作れた事で子どもたちと遊んでやれる。
城に行ったアルとモニカさんは大丈夫だろうか、そんな事を思いながら俺は次の作業に取り掛かるのだった。
王城にある一室、大会議場にクローイシュ王国の要、四公爵家とギルド重役が集められていた。
アーチャー家からは長男エドムントとその部下数名、冒険者ギルド代表として親戚であるランス家のジャクソンも同席を許された。
イングラム家からは長女ベアトリス、迷宮事業とは一番関わりが薄い家なので長女一人のみが参加した。
ウィンダム家からは長男ゲイルと末子アレックス、ただしアレックスは特掃ギルド代表も兼ねている。その特掃ギルドからはモニカ・ルーベルが参加していた。
エルダー家からは三男フォルテ、四公爵家の中で唯一跡取りや長女が参加せず、王族からの指名でフォルテが選ばれた。
王国代表として、クローイシュ国王の懐刀と呼ばれている宰相フィリップ・オズワルドが会議の場を取り仕切る。
人数こそ少ないけれど、この場に集ったのは国の中枢を担う重鎮だった。静かな圧力が場を支配している中、フィリップが口火を切った。
「今回の事態を王は重く受け止めています。まずはアーチャー家、発言を許可します」
「はい、私からは冒険者ギルドを運営する立場から発言させてもらいます。まずはギルド長であるジャクソンから報告があります」
ジャクソンは汗を拭きながら立ち上がった。
「冒険者パーティ14組から報告が上がりました。迷宮内で地図に記載されていない通路や部屋が出現しています。単純に発見されていない場所ではなく、今まで存在していた壁が無くなっていたり、通路が拡張されています。報告を元に確認作業を行いましたが、すべて事実でした」
ジャクソンの発言にエドムントが続く。
「確認にあたり、迷宮内の地図の作成に貢献しているアレックス・ウィンダムにも協力を要請しました」
「アレックス発言を」
「はい」
フィリップに促されアレックスが立ち上がった。モニカに指示を出して会議場にいる人達に資料を配らせる。
「お手元に届いた迷宮の地図は、冒険者ならびに特掃ギルド員が一番多く出入りする迷宮の地図です。出現する魔物の危険度も低く、仕掛けられている罠についても比較的簡単に解除できる物が多い、所謂初心者向け迷宮です」
アレックスは空中に映像を投影させる魔法石を発動した。地図が大きく映し出されて、アレックスは該当箇所を魔法で照らした。
「この迷宮は人の往来が多く、すべての道が解明されています。それ故初心者向けとして機能しておりました。しかしこの箇所の壁が崩れて奥に通路が確認されました」
「よろしいですか?」
「発言を許可しますフォルテ」
フォルテは挙手をして発言を求めた。
「迷宮内の壁や通路は自己修復すると聞き及んでいます。今回はそのケースに当てはまらないと?」
「そうです。この通路が確認されてから一週間が経過しましたが、修復はなされませんでした」
「それは珍しい事ですか?」
「珍しい事ではありません、異常事態です。今までこの現象が確認された事は一度もありません」
アレックスがそう断言し終えると、発言の主導権はエドムントに戻る。
「数名の手練の冒険者を送り込みましたが、今の所未発見の魔物は確認されていません。但しその迷宮で出現する魔物より戦闘力が高い上位種が確認されました」
「該当箇所への立ち入りを禁止し、注意喚起を行って冒険者の行動を制限しています。しかし今確認されている箇所がすべてではないと考えます」
エドムントとジャクソンの発言にベアトリスが挙手した。
「その根拠は何かしら?」
「全容解明されている迷宮はまだ数が少ないからです。ギルドが把握出来ていない迷宮の箇所は今も存在しています」
迷宮は初心者向けの広さでも行き帰りに2日を要するものもある、だからこそ計画的な冒険計画の管理と現場での臨機応変な対応が冒険者には求められる。そして広ければ広くなる程、自然と必要な場所とあまり必要とされない場所が冒険者達によってより分けれていき、あまり調査の進まない箇所が出来てしまう。
「確認の為に聞いておくけど、迷宮すべての地形を把握する事は不可能ね?」
「不可能だ、我が国が保有している迷宮の数は多い。種類も多様で環境も異なる、冒険者達に迷宮の調査を依頼しているが、実入りの良い仕事内容でも危険度の高さが勝り遅々として進まない」
ベアトリスはエドムントの発言内容に納得して、改めて発言した。
「今回の招集理由の概要は掴みました。それで、何を決める為に話し合うのですか?」
「それは私から説明させていただきます」
ゲイルが挙手して立ち上がった。
「迷宮に大きく関わりを持つ家は我がウィンダム家とアーチャー家です。そして両家とも迷宮に人員を送り込む事の出来るギルドを持ち合わせている、自然と我々が問題に対処する事になるでしょう。ですから今回は、その方針の明確化と共有を図りたいと思います」
「方針ですか?」
ゲイルの発言にフォルテが疑問を呈する。
「そうです。事前の会合でフィリップ様立ち会いのもと、アーチャー家と問題の対処方法について相談させていただきました。結論を述べますと、迷宮に起きた異常事態について現段階では放置という方針を取ります」
「あら?随分悠長じゃないかしら?」
眉を顰めてベアトリスが言う。
「はい、確かに悠長です。しかしながらこれを劇的に改善させる方法も現状存在しません。ウィンダム家の研究組織とアーチャー家の冒険者ギルドで協力体制を敷き調査を進めていきますが、解決には至らないと判断します。その事を頭に入れておいてください」
続いてエドムントが発言した。
「冒険者ギルドの実力者を重点的に調査の戦力に充てます。ウィンダム家が現在進めている迷宮研究捜査は、大部分をこの現象の解明に割かれます。したがって、各分野様々な影響と停滞が懸念されます」
「各々方重々承知していると思いますが、共有したい事とはそういう意味です」
ゲイルとエドムントの発言の意図を理解した場にいる全員は、すぐさま己の領分で手を回すべき仕事に思考を巡らせた。
つまるところ二人が言いたかったことは、この国の根幹を支える迷宮と冒険者の身動きが制限されると言いたかったのだ。それさえ伝われば後は各々の家々は自分たちのするべき事が伝わる。その為に有力で優秀な人材が会議の場に集められたのだった。
それさえ伝わったのなら後は人事をつくすだけだった。しかし会議を終える前にゲイルがもう一度発言を要求する。
「今回の問題を、解決ではなく調査する目的のみに特化させて活動する人員を配置させていただきたい」
アレックスが立ち上がって話し始めた。
「私は常に迷宮についての調査と報告を国王様よりお役目として賜っております。その立場を活かして独立して活動させていただきたい」
この発言にエドムントが難色を示した。
「アレックス様、それは少々越権行為ではありませんか?足並みを揃えるという条件があってこその協力関係です」
しかしこれについては宰相フィリップが声を上げた。
「すみませんがこれは国王様のご意思であります。ご了承願います」
国王の名を出されればエドムントも引かざるをえない、なし崩し的にアレックスが個人で活動する事が皆に認められて会議は終了した。
会議が終わって皆がそれぞれ引き上げた場に、フィリップとゲイルだけが残っていた。会議が始まる前に口裏を合わせて残るようにゲイルは指示を受けていた。
「上手くいきましたな」
「あれだけ大仰に四公爵を集めておいて、本命はアレックスが自由に動ける許可を皆に植え付けるだけ、少々事を大きくしすぎでは?」
ゲイルの苦言にフィリップは苦笑した。
「それだけの意味があるというものだよ、何より国王様がそれを望まれている。形だけであろうとも許可を出したという体裁が重要なのだ」
「…父からの役目は果たしました。これで失礼します」
去りゆくゲイルの背中を見送りながら、フィリップは口角が自然と上がるのを堪えきれず、その笑みはどんな邪悪よりも邪悪になっていた。