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釣り三馬鹿

 迷宮の環境は実に様々だ。


 俺はアルにひっついて色々と迷宮を回ってきたが、どれ一つとして全く同じ環境というものはなかった。アル程ではないが俺もこの迷宮という謎に少し惹かれるものがあった。


 と、言っても今回のこの行動は中々想像つかないだろう。昔の俺に言ったら鼻で笑われて馬鹿にされていただろうなと思う。


 今俺達は迷宮内に流れる川に釣り糸を垂らしていた。




 事の始まりは冒険者ギルドに久々に顔を出した時だった。俺たちは特掃ギルドのモニカさんから頼まれたお使いで訪れていたのだが、その時にたまたまジルさん達と出会った。


 暫くはただの世間話をしていたのだが、アルが飽きてきたのとツバキが勝手に歩き回り始めてしまったので、俺は話そこそこに切り上げて帰ろうとした。


 その時ロビンさんが言った言葉にアルがびんと反応したのだ。


「アレックスって珍しい迷宮とかが好きなんだろ?俺たちこの前すごい珍しい迷宮見たぜ」

「ほう?この迷宮ソムリエであるこの私に向かって珍しい迷宮とな?」


 喧嘩腰になったアルを抑えて、話の続きを聞くことにした。どうせ後になって気になるのがアルだから、今聞いておいた方がいいと思ったからだ。


「俺たちも何度か訪れた事のある迷宮何だけどな、最近依頼を受けてそこに行ったんだよ。その迷宮、いつの間にか地図に載ってない通路が出来てたんだ。そこに入って見たら、なんと迷宮の中に川が流れていたんだよ、ソムリエさんは見たことあるかな?」


 ロビンさんはアルの反応を面白がって態と挑発するように言った。アルは青筋を立てながらもどこの迷宮かと川があった場所を聞き、すぐさま俺たちに向かって言った。


「今すぐ行くぞ!この迷宮は何度も訪れた事があるから分かる!こんな通路はないはずだ!この大嘘つきの鼻を明かしてやる!」


 火が着いてしまったアルはもう止められない、ロビンさんのにこやかな笑顔に見送られながら俺たちは件の迷宮に足を踏み入れていた。


 地図に印を書き込んでくれた場所に行くと、確かに迷宮の壁が崩れて奥に道が出来ていた。アルは現実を見せられて「そんな馬鹿な」「ありえない」「どうしてこんなことが」と呟きつづけるだけになってしまった。


 俺とツバキでポンコツと化したアルを引っ張って、通路の先を進んでいくとロビンさんが言っていた通りに川の流れるような音が聞こえてきた。その瞬間うなだれていたアルがビンと飛び起きて俺たちの制止も振り切り走って行ってしまった。


 アルに追いつくと、本当に迷宮に川が流れていた。その川の前でがっくりと地面に手をついてまたうなだれているアルの姿があった。


 何処から何処に流れているのか分からないその川のほとりで、アルが立ち直るまで暫く俺たちは川を眺めていた。あまりに新しく出来た迷宮の場所だからか、魔物は存在せずツバキも気配すらしないと言っていた。


 川の水は高い所から低い所へ流れる、つまりこの迷宮には高低差があるということだろうか、しかしだとしたら水源は何処だろう。そんな事をぼけっと考えていると、川からぽちょんと水の跳ねる音がした。


 何だろうと思い隣を見ると、ツバキがその辺から拾ってきた物で簡単な釣り竿を作って川に浮きを浮かべていた。


「器用なもんだな」

「拙者ひもじい思いをした時に何でもやりましたから、と言ってもこれは暇つぶしですけどね」

「流石に魚の気配は感じないか?」

「無理ですよ、大体感じ取っているのは気配というより殺気みたいなものですから、説明し難いですが似て非なるものなんです」


 俺とツバキがそうして談笑していると、釣り竿を見たアルがまたビンと起き上がって声を上げた。


「その釣り竿人数分作れないか!?」


 突然の大声にびっくりして起こされたアザレアに腕を噛みつかれながら、アルはツバキの肩をがっしりと掴んで言った。




 そんな事があって俺たちは今皆で釣り糸を垂らしているのだった。


 アルは実に真剣に浮きを眺めていて、ツバキは大口を開けて欠伸をしながらぼんやりとして、アザレアは尻尾で竿を掴みながらも体を丸めて昼寝をしていた。


 俺はこんなところで釣れる訳ないと思いながら、この虚無な時間が過ぎていくのを待っていた。アルが満足するまで終わらないだろうから、それまでは付き合うつもりだが、俺はあまり釣りに向かない性格をしていると思う。


 じっと待っていると何でもいいから動いていないと不安になってくる。こうしている間にもやることばかりが頭に浮かんできて、中々目の前の事に集中できない、小さな頃孤児院の年上の兄ちゃんの魚釣りに付いて行った事があるが、ソワソワしてしまって魚が逃げるから帰れと言われた事があった。


 何でこんな事しているんだろうな、そんな風に思い始めた時隣のアルから声が上がった。


「かかった!かかったぞお!」


 見ると確かに浮きが小刻みに沈んでいた。


「おお!すごいじゃん!本当に魚がいるのかよ」

「拙者もいないものと思っていました!」

「何を言うかグラン!君の浮きも沈んでいるぞ!」


 アルに指摘されて俺は浮きに目をやると、本当にぴくぴくと沈んでいた。俺は慌てて竿を握り直すと、ゆっくり引っ張ってみた。


「手応えあるぞ!」

「やはりそうか!私の竿も手応えありだ!」


 ようしと思って俺が竿を引っ張ると、アルの方から歓声が上がる。もうちょっと嫌な予感がしていたが、俺が力を緩めると今度はアルが竿を引っ張って俺の浮きが沈んだ。


「ははは!釣り上げてみせるぞ!はははは!」

「アル、おまつりだよ」

「確かにこれは祭りものだ!盛大に祝いたい気分だ!」

「そうじゃないって、俺とアルの仕掛けが絡まってるの」

「え?」


 試しに俺が竿を引っ張ると、アルの浮きが沈んだ。俺が今度はお前がやってみろと促すと俺の浮きが沈んだ。二人で同時に竿を上げると、絡まった糸と仕掛けが上がってきた。


 俺が手元を照明魔法で照らして、アルが絡まった糸をほぐしていた。俺たちはすっかり意気消沈してしまい、先程のテンションの上がりようは何処かに飛んでいってしまった。


 二人で長い溜息をついた瞬間、今度はツバキから声があがった。


「かかった!拙者にかかりましたぞ!」


 俺たちは自分達の釣り竿を放り出してツバキの元に向かった。


「ゆっくり!慎重にやれよ!」

「ツバキ!私の為に必ず釣り上げろ!迷宮に川が流れていて魚が棲息していたとなれば大発見だ!すごく見たい!」

「拙者にお任せください!なあに拙者は自分の身長より大きな主を釣り上げた事もありますゆえ、お二人にそれはそれは大物をお見せしましょうぞ!」


 俺たちは一気に盛り上がった。ツバキの竿にかかっている手応えは確実に大物だと分かるくらいに重そうだったからだ、絶対に大物だ、俺たちはツバキの釣果に大いに期待していた。


 根掛かりだった。俺たちは呆然としながら川のほとりで膝を抱えていた。


「大物だって言ったじゃあないか」

「グラン殿だってかかったって興奮していたではないですか」

「私達のこの時間は一体何だったんだ…」


 すっかり皆意気消沈してしまってもう何もやる気が起きなかった。一頻り川を眺めた後誰ともなく帰るかと声が上がった。


「アザレア、帰ろう。竿片付けるよ」

「キュ?」


 丸くなって寝ていたアザレアは、尻尾で掴んでいた竿を川から引き上げた。俺は糸を掴んで引っ張り上げると、びちびちと音を立てている何かを針から外して川に戻そうとした。


「ん?」

「お?」

「え?」


 魚はかかっていた。アザレアが垂らしていた仕掛けにかかっていたのだ。俺は川に投げ入れようとした魚を慌てて空中で掴み直す。


 だがつるりとすべって手から離れてしまった。やばい、そう思った時にアルが屈んでツバキに指示を飛ばした。


「ツバキ跳べ!」

「かしこまりました!」


 アルの背中を蹴ってツバキが跳ぶ、俺の手からつるんと抜けて更に離れてしまった魚を、ツバキが空中で何とかキャッチした。だがこのままではツバキが川に落ちる。


「アザレア殿!魚を守ってください!」


 ツバキは空中で魚をアザレアに投げた。アザレアならキャッチする事が出来ると判断した俺とアルは、急いで川に落ちるツバキの元に走った。流されたら何処に行くのか分からない。


 ばしゃんと飛沫を上げて落ちたツバキの手を俺が掴んだ。そして岸でもう片方の手を掴んでいたアルが、俺たち二人を川から引き上げた。


 空中で魚をキャッチしていたアザレアの姿を見て俺たちは互いに抱きしめ合って健闘を称え合った。目に涙を浮かべながら喜び合う俺たちだが、この後帰ってからアンナから鬼のように猛説教を食らってまた涙目になるとは、この時は知るよしもなかった。

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