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アルの悩み事

 私は久方ぶりに迷宮へと赴かずに書庫に籠もって本を読み漁っていた。


 グランは特掃ギルドで実地研修を行うと言っていたし、ツバキはその用心棒として買われてついていっている。彼女の実力なら全く問題ないだろう、私は私で気になる事があったから丁度良かった。


 本当は迷宮に潜りたい気持ちが大いにあるのだが、私はそれをぐっと堪えて調べごとに励んだ。


 ツバキと禍月の関係性は実に興味深い、彼女は妖刀の力を完全に自分の物にしていた。人刃一体と言えばいいのか、膨大な魔力と混ざり合って一つの形を成している。これがどれだけ奇跡的な事なのか、私以外に理解できる者はいないだろう。


「あった。ツバキの出身国はここか」


 ヒアラシという東にある国は、一夜にして滅んだと記録に残されていた。詳細までは書かれていないが、そこをよく訪れていた行商が、昨日も訪れたと言うのに翌日にはすべて更地に変わっていたと証言している。


 状況証拠でしか推察できず、解放獣によって滅ぼされたと見るのが有力だった。


 迷宮で必要以上に力を蓄えた魔物、迷宮外に出て活動する事が出来るその強大な存在を解放獣と呼ぶ。


 魔物は迷宮外では基本的に活動できない、迷宮に満ちた魔力の中でしかその存在を保つ事が出来ないのだ。テイマーは自らの魔力を供給することで迷宮外に魔物を連れ出す事も出来るが、外に出た途端力は極端に弱まる。


「この記述は一度見た事があるが、やはり違和感の通り解放獣の仕業ではなかったな」


 私は絶対に解放獣の仕業ではないと断定していた。浅い知識の研究者達はほぼ決めつけて御託を並べていたが、私からすれば噴飯ものだった。


 ヒアラシに存在する迷宮では解放獣が現れる事は絶対にありえない、条件がまったく整っていなかった。誰の仕業までは分からなかったが、ツバキという張本人から話を聞く事が出来てやっと納得がいった。


 宝箱から時折出現する、人智を超越した財宝レジェンダリー。大いなる力をもたらすが、同時に災厄を呼び寄せる事もある。実に興味深い物だ。


 私は基本的に宝箱を開くことがない、その大きな理由は私は宝箱に興味を持つ事が出来ないからだ。宝箱だって迷宮の一部と言えるのに、私は何故か心の奥底で宝箱を忌諱している。


 今のところ理由は分かっていない、私にも説明出来ない感情に支配されている、それで困る事はないが、そのせいで今まで宝箱の中身にはほぼ無縁だった。少なくとも自らの意思で進んで開けた事はなかった。


 この違和感を私はずっと無視し続けていた。いや正しくは問題と思えなかったと言った方がいいだろう、王から依頼された調査で宝箱と中身に関するものは殆どなかったし、私もその状況に甘んじていた。


 しかし無視出来ないイレギュラーが存在する。


 それは氷麗の迷宮で見つけた宝箱から出てきたドラゴンのアザレアだ。ウィンダム家の迷宮研究に携わる人員と設備を持ってしても何一つ判明するものがなかった。


 アザレアがドラゴンなのは確かだ、しかし宝箱から生き物が出てきた事例は今まで一度も確認されていない、宝箱そのものが魔物ということはあるが、アザレアと類似点は一切ない。


 私はあの時最初に思いついたのはアザレアを始末するべきだという考えだった。それは本来であれば私の感情としてありえないものだった。


 迷宮への知見を深める為にも、謎の多いドラゴンという魔物を知る為にも、何よりウィンダム家の人間としてアザレアを確保し、研究と実験に使う事が最良だと分かっていた。分かっていたが私にはあの時その考えを改める事が出来なかった。


 私はアザレアを実験動物として使用する既の所でゲイル兄さんに止められた。


「約束と信頼をふいにしてまでやることか?」


 その言葉で私は我に返る事が出来た。グランの顔と今更になって感じた彼に殴られた頬の痛みが私を現実に引き戻した。アザレアの事をゲイル兄さんに託すと、私は自己嫌悪に苛まれた。


 どうしてあんな事を思い実行しようとしてしまったのか、私はアザレアの存在に何を見出したのか、それが分からなくて頭の中でぐるぐると回る。私の中には説明のつかない激情が眠っている、今までそれを理解してくれて発露できるのは迷宮という存在だけだった。


 迷宮にさえいれば私は何処までも自由でいられた。唾棄すべき貴族も、哀れに群がる民衆も、私を縛り付ける家柄も何もない、不純物である冒険者の存在は目障りであったが、迷宮の中では遠く霞む。


 その時は答えが見つからなくて考えるのをやめた。どれだけ考えても何も分からなかったからだ。


 だがもう一つのイレギュラーな存在が現れた。それがツバキと妖刀禍月だ。


 妖刀禍月、見ただけで分かる桁違いに内包された魔力の量に、所有者の命と引き換えにあらゆる能力を引き上げて人の限界を超えさせる力を持つ刀。


 ツバキの国で国主が起こした事件は、大量の魔力が禍月から流れ込んできたことによる魔力中毒と錯乱によって引き起こされた。迷宮に魔力が満ちているように、人間の中にも魔力は確かに存在している、しかし許容できる量を超えて魔力を取り込むと、一転して魔力に体を支配され化性の身に落ちる事がある。


 それは魔物と同じような存在に変わるということだ。妖刀によって国主は魔物へと変わった。


 人を襲い食らい手当たり次第に破壊しつくして、最後には迷宮へと戻るつもりだったのだろう。魔物は迷宮の外では存在を保つことが出来ないのだから。


 しかし最後の最後でツバキの父親が、娘を守るという信念に突き動かされ妖刀を折った。本来であればそんな事は出来ない、禍月は折れることもなければ削れることもない、血と魂を吸い上げてそれを糧に永久に在り続ける代物だ。


 娘を想う父の気持ちが奇跡を起こしたのか、折れることのない妖刀は折れた。漏れ出る魔力は行き場を失い、もう朽ちるしかない禍月は苦肉の策でツバキの中に入り込んだ。


 ツバキと強く結びつく事で禍月は自己修復を果たしたが、ツバキに力を与えすぎてしまい主従が完全に逆転した。禍月は確かに呪われた装備であるが、呪い縛りつけているのは禍月でなくツバキの方なのだ。


 ツバキと禍月は融合を果たしたと言っても過言ではなかった。禍月を振るい魔物を倒せば倒す程ツバキは更に魔力を取り込んでどんどん力を増していく、父が起こした奇跡によって、娘は一人残されても生きていけるだけの力を得た。


 宝箱から現れたドラゴン、奇跡の果てにレジェンダリーとの融合を果たしたツバキと禍月、この二つの事実が私の頭の中で何か引っかかってしまい気になってしょうがなかった。何か重大な核心に迫っているように感じていた。


 ただ恐怖もあった。このまま私は迷宮ソムリエとして活動し続けていていいのだろうか、迷宮の事は愛しているしこの仕事は天職だ。しかし迷宮に赴き続けて私の感じている謎に迫って答えが出た時、私は一体どうなってしまうのだろうかとそんな恐怖が私の心の中にあった。


「グランや孤児院の皆に会いたいな…」


 そんなつもりもなかったのに口からぽろりと言葉が漏れ出した。自分の言葉に驚いたが同時に納得もした。


 あそこはいい、迷宮の次に好きな場所だ。子どもたちと遊ぶのは楽しいし、アンナ殿が作ってくれるご飯は美味しい、神父様は優しく見守り微笑んでくれて、友達のグランは私の知らない色々な事を教えてくれる。


 今日この後は検査がある、それが早く済んだら手土産を持って遊びに行こうか、レニーと一緒に遊んでいるボールが大分痛んできたから、新品のボールを買っていってあげよう、それでレニーから新しい足技を教えてもらうんだ、最近やっと蹴り上げて頭に乗せる技が安定して出来るようになった。


 コンコン、書庫の扉をノックする音が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼致します」


 執事長が扉を明けて中に入ってきた。要件は分かっていたので、読み漁った文献の整理を頼むと私は研究所へ向かう馬車に乗り込んだ。


 中で待っていた研究員から質問攻めに合いながら、それを適当にあしらって窓から外を眺めていた。相変わらず息苦しい景色に反吐が出る。


「アレックス様、審美眼の方は問題ありませんか?」

「ああ、いつも通りだよ。この魔眼はどんな時だって問題を起こすことはない」

「結構なことです。では次に」


 私が生まれついてから持ち合わせているこの魔眼は、研究員によると審美眼というものらしい、物や人の価値を映し出し読み取る事が出来る。私の目は人には見えない情報をみることが出来るのだった。


 もう一度窓から空を見上げる、孤児院で見る空はあんなに綺麗に澄み渡っているのに、貴族街から見る空はいつだって薄曇りで煙たかった。

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