モニカの授業
「ええっと何処まで話しましたっけ?」
お茶を運んできてくれたモニカさんが座りながら聞いた。
「冒険者とご飯の関係です!」
「いやちょっと違うだろ」
元気よく答えるツバキに俺がツッコむと、モニカさんはくすくすと笑った。
「何故冒険者の存在が国を支えているかでしたね、ご飯という着眼点はとてもいいです」
モニカさんに褒められてツバキは照れ笑いをしている、俺は先を越された気がしてちょっとむっとした。
「冒険者って食事を沢山取りますよね、冒険者ギルドの近くには多くの飲食店が並んでいますし、広い市場もあって賑わっています」
「戦いの基本はご飯ですからね!」
「腹すかして倒れてた奴がよく言うよ」
「拙者もまだまだ未熟者という事ですね!」
「開き直るな!」
俺がツバキの頭をぺしっと叩くと、モニカさんはその様子を見てまたくすくすと笑みを浮かべていた。
「そんなに面白いですか?」
「ああ、すみません笑ってしまって」
別にそれは大丈夫と俺が言うと、モニカさんは少し遠くを見て言った。
「二人のやり取りがまるで姉弟のようで、懐かしくてつい笑ってしまいました。私には弟がいたんですよ、冒険者だったのですが迷宮で命を落としました」
そんな事情があったなんて知らなかった。俺が気まずくて黙っていると、ツバキが口を開いた。
「ご愁傷さまです。拙者も身内を亡くした身、お気持ち痛いほどよく分かります」
「ありがとう。ごめんなさいね、話が脱線してしまったわ」
気持ちを切り替えるようにモニカさんはお茶を一口飲むと、続きを話し始めた。
「ツバキ様の仰る通り冒険者は体が資本です。命がけで魔物と戦い、危険な罠を避けたり解除して、宝箱の中身を手に入れてまた次の冒険に出ます。この繰り返しを維持する為にも食べて寝て健康な体を保つ訳です」
「飲食店が多いのはそれが理由?」
「そうです。需要のある所に商人は店を構えますから、自然と競争が激しくなります。沢山食べられて安いとか、少々値が張っても美味しくて栄養価が高いとか、お店の売りになるものが出来てくる。それを実現するのには材料が必要ですよね?」
確かにいつも同じ品物しか出さない店では飽きられてしまうかもしれない、野菜にお肉に穀物に果物に、あればあるほど商人には都合がいい。それらを他国から買うという手段もあるが、輸送する手間賃やリスクを考えると、一番いいのは自国で生産する事だ。
「それで大規模な農業地区がある訳ですか」
「そうです。必要な物に対する投資を惜しまないのがいい商売人です。元々農業に従事していた人を集めて必要な物を用意すると仕事をさせました。農家の人々は環境と道具を用意してもらえて、更に冒険者によって沢山消費されるのでお金も稼げる。こういった図式が出来る訳です」
成る程、という声がまたツバキと被った。
「この国には冒険者が多く居ます。迷宮が沢山あるので、それだけチャンスが多く眠っているからです。そんな冒険者相手に色々な商売をします。必要な物が冒険者には山ほどありますから、商売人もチャンスなんです。こうして冒険者向けに発展した商業は、広がり続けて一般人にも恩恵を与えるようになりました」
冒険者達は迷宮に現れる宝箱から物を得て、それを売ったり戦力にして金を稼ぐ、そしてそんな冒険者相手の商売をする人たちがいて、冒険者が潤えば潤うほど商人達にも恩恵がある。
こう聞かされてみると、確かにこの国は迷宮と冒険者が太くて大きな柱である事に納得がいく、そしてアルの家が強い権力を持っていることにも説明がついた。
「しかしそれがどうしてごみ拾いに繋がるのですか?」
そういえばこの話の始めはそうだったな、俺はツバキの質問でそれを思いだした。
「大きな仕組みが成熟していくと、細かな問題点が浮き彫りになるものです。ごみ拾いはそんな問題点から生まれた発想です。私よりグランさんがご説明した方が分かりやすいかもしれませんね」
話を振られて俺はどうしようか一瞬迷った。楽しい話でもないし、ハウザーの一件があったせいでどうにも悪い方へと考えてしまう。しかし期待の眼差しをこれでもかと浴びせてくるツバキの期待を裏切るのも悪いと思い、俺は話し始めた。
「迷宮に入るには冒険者登録という管理下に置かれる必要がある、その為の費用は最初はそう高額でもなかったらしい、ですよね?」
「私も伝え聞いている事以上は知りませんが、そうだったようです」
モニカさんは元冒険者ギルドの職員だ、その辺りの事情は詳しいだろう。
「まあ俺も聞いた事があるだけだから詳しくは言えないがな、この登録料はどんどん値が上がっていったんだ。それこそおいそれと手を出せない程の値段にな」
「どうしてですか?迷宮に挑む冒険者が多い方が国としては実りがあるのでは?」
ツバキの指摘は真っ当なものだった。冒険の繰り返しが金を循環させるのなら、どんどん人を入れて迷宮から物を持ち出すべきだ。しかしそれにも理由があった。
「冒険者ってな、イカれてないと出来ないんだってさ」
「ふむ?」
「俺も知り合いの冒険者から聞いたんだけどな、命を張る稼業をやってくには命に対するブレーキが少し壊れてないと駄目何だってさ。ツバキには分かるんじゃないか?」
「ああ、そういう事ですか、ならそうですね正しいです。戦いは時に命の危機に自ら飛び込む必要がありますから、死中に活ありです」
これを教えてくれたのはジルさんとバルバトスさんだ、前衛だろうが後衛だろうが死ぬ時は死ぬ、だからこそ臆病でありながら一歩踏み出す資質が必要らしい。
「でな、この心構えって勘違いしやすくって、無鉄砲や無謀とは最も縁遠いもの何だってさ。この勘違いをする奴に多いのは、暴漢や荒くれにならず者にはみ出し者だそうだ。そういった奴が冒険者というお墨付きを得たと勘違いして暴力的な事件を起こす事が多かったそうだ」
「そう言った人達を冒険者にしない為にも、登録料の値上げとギルドによる講習が必須となりました。しかし関わる人が多くなる程しがらみも増えるものでして、次々に要素が足されていって簡単に手を出せない値段になりました」
アルが前に言っていたギルドの中抜き等の話はこれが関係しているのだろう、ギルド長も同じ様な事を愚痴っていたから間違いないと思う。
「許可もない冒険者でもない弾かれ者は、迷宮に金があるのを知っているのに手が出せない状況に不満を抱いていた。誰が始めたのか定かじゃないが、迷宮に密かに潜り込んで冒険者の落とした物や残り物を拾って金に変えた奴がいた。それがごみ拾いの始まりだ」
「栄華には必ず影が出来ます。ごみ拾いは冒険者の影のような存在でした」
「そんな状況を俺とアルが暗躍して無理やり捻じ曲げた結果が特掃ギルドって事だ。色々問題はあったが、今はまあ落ち着いているよ」
一頻り話を聞いてモニカさんの授業を受けていたら、すっかり日が傾いて落ちかけていた。夢中で話し込んでしまったが、とても有意義な時間を過ごすことが出来て俺は満足だった。
「モニカさん、貴重なお話ありがとうございました。実地研修についてはどうすればいいですか?」
「私の方で必要な諸手続きは済ませておきます。グランさんは研修内容を考えていただき計画をまとめてください」
「分かりました。じゃあツバキ、そろそろ帰るか」
「はいっ!モニカ殿貴重なお話ありがとうございました!」
俺はモニカさんに挨拶すると頭を下げてツバキを連れて部屋を後にした。これから少し忙しくなるかもしれないなと、そんなことを思いながらツバキのお喋りに付き合うのだった。
グランさんとツバキ様がお帰りになられて私は部屋を片付けながら思った。
「グランさん、何の戸惑いも躊躇もなくツバキ様をお連れになって帰られたけど、同じ年頃の男女が同じ屋根の下過ごすのは大丈夫なのかしら」
それにしてもグランさんの周りには人がよく集るな、人柄もいいし人徳かな、本人にはそのつもりはなさそうだけど、よく気が回るし常に周りを気にかけている。恐らく孤児院での生活が彼をそうさせたのだろう。
「何にせよまた賑やかになりそうね」
私は机をきゅっと拭き終わると、軽やかな足取りで部屋を出て仕事に戻るのだった。先生の真似事も楽しかったが、私には私の役割があるのだから。




