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謎の剣客 その3

 話を聞き終えて、そのあまりの壮絶さに俺は声も出せずにいた。しかし隣に座っていたアルは口を開いて聞いた。


「その話に出てきた娘がお前か」

「そうです。生き残りは拙者一人でした」


 国が滅んだのならその話を知る者は語り部のみだ、ツバキ以外ありえない。


「拙者は何度もこの刀を手放そうとしました。憎き父の仇であり、国を滅ぼした大悪だからです。しかしどんな方法でも刀を手放す事は出来なかった。必ず拙者の元に戻ってきてしまうのです。恐らくあの時拙者は禍月に呪われたのでしょう」


 そう言うとツバキは禍月を鞘から抜いて見せた。話に言われていた通り、恐ろしいまでに美しい刀だった。とてもそんな災禍を引き起こしたとは思えなかった。


「あれ?刀って折れたんじゃなかったのか?」

「ええ、確かに折れました。父が折る所を拙者は見ておりますし、間違いありません。しかしこうして元に戻っています。拙者はこの禍月の謎を解明し、呪いを解く為に各地を回っているのです」


 ツバキの事情は分かった。しかし何故折れた刀が元に戻ったのかは分からない。アルは一つの推察を口にした。


「恐らくだが、ツバキの父がその命を賭して禍月を折った時、妖刀の中に宿っていた何かが死んだのだろう。しかしそれでも尚強大な力を持っていた禍月は、折れても元の形に戻り手近にいたツバキを所有者として認めた。この刀が見た目には呪いの品だと分からないのはそう言った理由からだろう」

「つまり大元の呪いは消えてなくなった?」

「そうだ。この妖刀は呪われてはいるが扱える状態になったのはそういう理由だろうな」


 そうか、ツバキの父さんは最期の最期本当に娘の命を守ったんだ。巨悪に屈せず、その命が風前の灯火になろうとも。


 それはそれとしてアルの言葉に気にかかった事があった。


「扱えるってどういう事?」

「身のこなしを見れば分かる、ツバキはこの刀一本とその腕前だけで迷宮を渡り歩いてきたんだ」

「てことはツバキは侍!?」

「いやあ拙者などまだまだ青いです。侍には遠くお呼びませぬ」


 ツバキは謙遜しているが、一人で迷宮を歩き回れるなんて相当な事だ。俺はまだアルしかそんな人を知らない、いくら禍月が優れた刀だからといってもそんなこと可能なのだろうか。


「それで、この国には何故来たんだ?」

「拙者行く先々で万を引き受け口に糊をしてきたのですが、その時にこの迷宮大国の事を耳にしまして、ここならば禍月の事が何か分かるのではないかと思って訪れたのです」

「で、迷宮で倒れてたの?」

「いやあお恥ずかしい」


 照れながら頭を掻くツバキに俺はため息をついた。よくこんな感じで今まで生きていたなと思う程、ツバキの雰囲気はほわほわしている。


「で、どうするグラン?」

「何が?」

「ツバキを警察に突き出すかどうかだよ」

「あーそっか、忘れてたなそんな事」


 ツバキは無許可で迷宮に出入りしていた事になる、そうなれば勿論裁かれなければならない、だけど事情を知らなかったツバキがこの国に来て早々お尋ね者になるのはちょっと後味が悪い。


「私は突き出すのに一票だ」

「そんな!アル殿、後生ですから何卒慈悲を!何でもします!」

「決めるのは私だけではない、グランもだ。と言うよりツバキを見つけたのはグランだからな、私は君の意見に従うよ」


 俺の顔を見てツバキは瞳を潤める。


「お願いしますグラン殿!拙者に出来る事ならば何でもしますゆえ、どうかお許し願いませんか!?」


 ツバキは必死にお願いしすぎて額をがんっと机にぶつけた。俺は頬をぽりぽりと指先で掻いて、アルに言った。


「俺が決めていいなら助けるよ、気の毒だしちょっと考えもあるんだ」

「君ならそう言うと思っていたよ、ツバキ、意地悪な事を言って悪かったな。私もツバキと禍月には興味がある、私の頼みも聞いてもらうからな」


 俺とアルの言葉にツバキは顔を上げてぱっと明るい笑顔を見せた。何度も頭を下げてお礼を言うので、また机に額をぶつけて、俺とアルはそれを見て笑った。




 俺は早速ツバキを連れて特掃ギルドに赴いた。モニカさんに会うためだった。


 アルは別にやる事が出来たと言ったので、孤児院で別れた。ツバキは明るい上にお喋りだったので、道中は結構やかましかった。テンションの上がったアルが常に隣にいる感じだった。


「モニカさんこんにちは」

「あらグランさんこんにちは、今日は迷宮から戻ってきているのに活動報告がまだだったからどうしているのかと思いましたよ」


 そっちも忘れていた。


「ごめん、それもすぐにやるからちょっと聞いてもらっていいかな?」

「後ろの彼女の事ですか?」

「初めまして!拙者ツバキと申します!」


 我慢できなくなったのか、ツバキは俺の後ろから大声で元気よく挨拶をした。


「初めまして、私はモニカ・ルーベルです。特掃ギルドにようこそツバキさん」

「グラン殿!モニカ殿はお美しいですね、それに出来る人って感じです!」


 顔を寄せてくるツバキをぐいっと押しのけ本題に入る。


「モニカさん、ツバキを特掃ギルドで雇えないかな?彼女事情があって迷宮に自由に出入りしたいんだけど、如何せん何も持って無くて」

「成る程そういう事ですか、グランさんも中々に引き寄せる人ですねえ」


 確かに最近こんな事ばっかりかもしれない、モニカさんの指摘に俺は苦笑いで返す。


「でもごみ拾いとしてではないのでしょう、考えがあるのでしたら教えてください」

「流石話が早くて助かるよ、実は前から相談していたあれをやりたくて」


 俺の考えをモニカさんに伝えると、モニカさんは少し間を置いてツバキの事をじっと見つめて聞いた。


「私には分からないのですが、ツバキさんで大丈夫なのですか?」

「一応俺もテストしてみるけど、アルのお墨付きがあるから大丈夫だと思う」

「じゃあ手続きは進めておきますので、テストの方をよろしくお願いします」


 ツバキは自分の分からない所でどんどんと話が進んでいくので、流石に戸惑った顔をしていた。表情がころころ変わるのでちょっとからかいがいがある。


「ツバキ、明日早速仕事を頼みたい、食った分働いて返してくれよ」

「お任せください!」


 何をするのか聞く前にツバキはどんと胸を叩いた。それでいいのかと思いつつ、俺はこれも彼女らしさなのかもしれないと思った。


「そういえばツバキってどこ泊まってるんだ?迎えに行くよ」

「拙者ですか?野に寝てます!」


 俺とモニカさんは目を丸くした。




 結局昨日はツバキを孤児院に連れ帰って泊めた。神父様は快諾してくれたが、アンナにはまた急に無理を言ってしまった。今度何かお礼でもした方がいいのだろうか、しかしアンナが喜びそうな物が思いつかない、俺が思い悩んでいるとツバキが顔をじっと覗き込んできた。距離感が近くてびっくりする。


「どうしたツバキ?」

「グラン殿が急に百面相しながら思案に耽ったのでどうしたのかなと」


 そんな顔していたのかと思い、ちょっと恥ずかしくて咳払いして誤魔化す。


「何でもない、それよりツバキ、いくら何でも無防備というか無計画が過ぎないか?泊まる場所もないなんて」

「そうですか?拙者はまあどこでも寝れますからな。しかし宿まで用立てていただき感謝に堪えません。拙者に出来る事なら何なりとお申し付けくだされ!」


 それが無防備なんだよなあと心の中で思いつつ、取り敢えず今日頼みたい仕事の内容をツバキに話す。


「今日は俺、アルもアザレアも一緒にいない。迷宮は中級者向けで、ここに棲息する魔物と会敵すれば俺は死ぬ。普段は死なないように気をつけて行動するが、今日はしない。だから俺は呆気なく死ぬかもしれない、ツバキには無防備な俺を全力で護衛してもらう」


 俺の言葉を聞いて暫くツバキは考え込んだ。


「拙者は何処までやればいいですか?」

「その辺の判断もツバキに任せたい、思うままにやってみてくれ」

「分かりました!では早速行きましょう!」


 そう言ってツバキは俺の手を掴んだ。ぐいぐいと見かけによらず強い力に引っ張られながら、俺たちは迷宮の中へと入っていった。

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