謎の剣客 その2
迷宮で寝ていた謎の女性を連れて俺とアルは、特掃ギルド近くにあるマスターが経営している酒場にやってきた。この女性がどれくらい食べていないのか分からなかったが、取り敢えず体力のつきそうな物を注文して運んできてもらった。
「食べ物の匂いがします!」
それまで机に突っ伏していた女性は、鼻先に食べ物が運ばれてくるとガバッと起き上がった。食器を手に取るとすごい勢いで食べ始める、あっという間になくなってしまいそうで俺はもう一度多めに料理を注文した。
女性は運ばれてくる料理を次々に食べ進めて皿がどんどん積み重なっていく、俺もアルもその様子を呆然としながら見ていた。
食べている間に女性の様子を観察する。この辺では見かけた事のない衣服を着ていて、全体的にひらひらとしている、上下一体となっている服だが下の丈は短く腰に巻いた布がリボンのように結ばれていて揺らめいていた。足元は丈夫そうなブーツを、手元は頑丈そうな籠手を、どこかちぐはぐとした印象を与える格好をしている、長く伸びた癖のある赤茶色の髪の毛は後ろで一纏めされている。
何より異彩を放つのは、腰に紐によって吊られている刀だった。こういった武器を用いる戦士侍がいることは知っていたが、彼女のは俺が見たことのない長めの物だった。
刀が落ちていることはあまりない、もっと正確に言うなら刀の形を保ったまま落ちている事がない、殆どが柄と根本だけ残っているか、曲がって使い物にならない物ばかりだった。
俺は食べるのに夢中になっている彼女を放っておいてアルに聞いた。
「なあ、刀を使ってるって珍しいな」
「ん?そうか?」
俺がこくっと頷くと、アルはうーむと唸ってから言った。
「まあ刀という武器は扱いが難しい、訓練を積んでも使いこなせる人が少ないと聞いた事がある。しかしその切れ味は恐ろしく、達人が用いれば硬い魔物の甲殻をも両断する」
「そんなすごい物なんだ」
「ああ、しかしそれは使いこなせる者に限った話だがな。武器の性能が優れているからと言って手を出しても、素人はその辺に落ちている石を持って殴った方が強い場合が多いな」
それで拾える物は大概使い物にならなくなっているのかと、俺はやっと真相を知った。迷宮で宝箱から出現した刀を、切れ味のよさから装備してみるも上手く使えずに壊してしまい、そのまま投げ捨てて放置されている訳だ。
性能だけでは武器も計れない訳なんだなと、アルの話に納得していると、やっと食べ終えて満足したのか、彼女は手を叩いて合わせると元気よく言った。
「ご馳走様でした!とても美味しかったです!」
それはもう満足そうにしている彼女に向かって俺は聞いた。
「そろそろ話を聞いてもいいか?」
「これは失敬しました!お二人と竜の子、薄れゆく意識の中皆さんに助けられたのを覚えております。この御恩は一生忘れませぬ!」
何というか元気のいい人だ、天真爛漫な美人という表現がピッタリな人だ。
「見つけた時は死んでるかと思ったけど、元気になったなら良かったよ」
「ええ!もうこの通り元気一杯です!」
これだけの量ご飯を食べたら逆に具合悪くなりそうに思うが、一応無事なようで安心した。見つけた時は死んでいると思ったくらいだから。
「で、お前は何者だ?」
アルがそう聞いて彼女はハッとした顔をした。
「名乗るのが遅れてしまい申し訳ありません。拙者名をツバキと申します。各地を巡り風に流れながら旅を続ける身にあります」
「迷宮には何故入れる?」
「はえ?」
「冒険者の登録証が見当たらなかった。他国からの冒険者であっても迷宮に入る事は禁止されていないが、冒険者ギルドへの届け出が必要な筈だ。何故それがない?」
言われてみるとそうだ、俺はツバキと名乗ったこの女性を助けるのに気を取られていたが、アルはやっぱりその辺よく見ている。
「よく分かりませぬが、迷宮に入るのに許可がいるのですか?」
アルがツバキさんの発言にズルっと体を落とした。
「知らなかったんですか?」
「拙者今まで迷宮に入り続けていましたが、特に咎められた事はありませんな」
「冒険者という訳でもない?」
「冒険者とは一体何ですか?」
俺もアルと同じ様に体からズルっと力が抜けた。態度からも言い方からも伺えるが、ツバキさんは本気でそう言っている。
「拙者ある目的の為に武者修行を兼ねて旅をしております。迷宮にはその目的の為に入っているのですが」
「えっ一人で?」
「はい」
一人で迷宮を進む人がアルの他にいるのかと俺は驚いた。ごみ拾いという訳でもなさそうだし、一体どんな理由があるのだろうか、俺は気になって聞いてみる事にした。
「俺はグラン、こっちは友達のアル、今リュックサックの中で寝ているがアザレアだ。よかったら話を聞かせて貰えないか?」
ツバキさんが飲み食いした代金はマスターに頼んで支払いを一度待ってもらった。払い切れる持ち合わせが俺もアルも、そして何より彼女にもなかった。
俺たちは取り敢えず場所を移して、ツバキさんを孤児院に連れて帰った。子どもたちがわらわらと寄ってきてしまったので、神父様に頼んで一室を貸してもらいそこに腰を落ち着ける。
「じゃあツバキさん」
「ああ、拙者の事はツバキと呼び捨てで構いませぬ。助けていただいた身でもありますし、申し訳がありません」
「そう?じゃあツバキ、何があったのか説明してくれるか?」
ツバキは腰の刀を紐を解いて手に取ると、机の上に置いた。
「この太刀、銘を禍月と言います。拙者の出身国はここより遥か東にあるのですが、その国に現れた迷宮の宝箱から現れたのがこの妖刀です」
「妖刀?」
聞き慣れない単語に俺は聞き返す。するとアルがツバキに代わって答えた。
「妖刀とは刀の種類の一つで、大抵の場合強大な魔力が込められていたり、使用者に大いなる力をもたらしたりする。そう言った効果が確認されている武具は他にもあるが、妖刀はその中でも別格だ」
「その通り、この禍月は恐るべき力を秘めています」
俺はそこまで言われるこの刀が興味深くて少し見てみたいと思い手を伸ばした。
「触らない方がいいです」「触るな」
二人から同時にぴしゃりと叱りつけられて、俺は驚いて手を引っ込めた。
「ご、ごめん。どんなものか気になって」
「こちらこそ大声を出してすみませぬ」
「だがなグランよ、この妖刀は呪われた装備品だ。触るとどんな悪い事が起きるか分からないぞ」
呪われた装備、それを聞いて俺はますます刀から遠ざかった。
呪いのかけられた装備、それはうっかり手にしようものなら最後、大抵は破滅を招くと言われている危険な品物だ。
俺が聞いたことのある呪われた剣は、鞘から抜き取った途端に所有者の精神を汚染し、目についた生き物すべてに襲いかかり最後は自分の首を刎ねて絶命すると言われている。宝箱から呪いの装備が出た時は、国が管理する事が決められていた。
「だけどこの刀は呪いらしきものが見当たらないぞ?どうやって分かったんだ?」
呪いの装備は見ただけで禍々しい魔力を放っている、黒い瘴気を出していたり、妖しい光が明滅していたりと、見た目で大体判断できるのだ。だからごみ拾いは絶対に呪いの装備には手を出さない。
「それがこの禍月に纏わる話の恐ろしさにも繋がります。ご説明しましょう」
ツバキは一つ咳払いすると話し始めた。
ここより東の小さな国、そこにも迷宮が存在していて、国主は迷宮探索に熱心だった。多くの侍が住まう土地であった為、自らの腕を上げる事とよりよい刀を見つける事に皆熱心だった。
迷宮の宝箱から出てくる鉱石は、普通の鉱山から産出される物とは比べ物にならないくらい質もよく、不思議な力が込められていた。刀鍛冶を専門にする鍛冶屋はその国に住み着いて侍が迷宮から持ち帰る鉱石を用いて何本も刀を鍛えた。
ある日、一人の侍が宝箱に眠る太刀を一振り見つけた。鞘に納められた刀を引き抜くと、それは見事な出来の刀だった。刀身の身幅は広く反りが深い、まるで夜空に浮かぶ三日月のようで、直刃の刃文は目が奪われる程に美しい、手にしただけで力が沸いてくるような素晴らしい刀だった。
侍はその刀を国主に献上した。国主に大恩のあった侍は、自分が見つけた最上の刀を手放す事に何の未練もなかった。これで恩返しが出来ると言って娘に笑いかけた。目先の利より他者の幸福を願う父らしい行為だと娘も笑顔を返した。
国主はその刀を大層気に入り、献上した侍に褒美を取らせた。侍は身に余る光栄に一度は断ったが、国主に押し切られ褒美を受け取った。
ある月夜の事だった。娘は父に起こされて目を開けた。城の方が騒がしい、家の外からは悲鳴が聞こえてきた。
混乱する娘を連れて父は外に出た。そこで目にした光景はこの世の地獄であった。
城は火がついて燃え上がり、町にまでその火の手が回り始めていた。そこら中で火と煙が上がり、そして道には人の死体が転がっていた。
恐ろしい事にその死体はバラバラに切り分けられていた。何かと戦ったのか、刀を握ったままの手も転がっていて、何処かから人の悲鳴も聞こえてきた。
阿鼻叫喚の中を父は娘を抱いて逃げ出した。助けを請う声も無視して、ただひたすらに娘の安全を確保する為に泣きながら足を動かした。
そんな親子の前に、あの刀を手にした国主が立ちはだかった。体は返り血を浴びて真っ赤に染まっていて、顔は白目を剥いて土気色だった。
多くの人を斬ったと言うのに、手にした刀は美しいままだった。それどころか刀身が妖しく光り、夜空に浮かぶ月と見紛わんばかりであった。
「お前で最後だ」
何処からか聞こえてきた声と共に、刀を手にした国主が親子に襲いかかってきた。父は刀を抜いて応戦した。主君に刃を向けようとも娘を守る覚悟があった。
激しい戦いの末、父は主君の首を切り落とした。しかし、そのあまりの手応えの無さに父は悟った。すでに首は斬られていたのだ、乗っかってくっついていただけで、手に持つ刀が国主を操っていた。
父は首を斬り落とした時の悲しみが油断に繋がった。首をなくしても動き続ける体に胴を真っ二つに斬り裂かれた。娘は泣きながら父にすがりつき、何度も名を呼んだ、後ろから迫る振り下ろされた刀に気が付きもしなかった。
父の上半身が刀を両手で挟んで止めた。もうすぐ死に絶える体の最後の奇跡だった。
「お前の好きにはさせない!」
父は最後の力でその刀を折った。折れた瞬間断末魔が響き渡り、国主の体は崩れ落ち、父は絶命した。娘は気を失って倒れて夜が明けた。
娘が目を覚ますと、周りの景色は一面灰に変わっていた。小さくても立派だった城も、活気あふれる町並みも、すべて無に帰した。
目を覚ました娘の手にはあの刀が握られていた。我が国を滅ぼした一本の刀だけが、娘の手に残されていた。




