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謎の剣客 その1

 俺たちはいつものように迷宮に出かけていた。ごみ拾いとしての活動は順調そのもので、日々様々な物を拾い集めている。


 冒険者ギルドとの協議を重ねて、冒険者とごみ拾いの関係性の模索を考えた。ギルド長とすっかり仲良くなった事と、ハウザー事件の時協力してくれた皆の協力のお陰で、時折衝突したものの、収まる所に収まったと言えると思う。


 冒険者は迷宮で冒険に専念する、その過程で不要になったり持ちきれなかった物は遠慮なく捨ててもらう、ごみ拾いは迷宮の美化活動という名目でそれらを拾い集める。それだけではなく、冒険者が見落とした物や見つけられなかった物、価値を見出さなかった物も拾ってはお金に変える。


 特掃ギルドは民間からの依頼は受け付けないが、この迷宮を重点的に清掃してもらいたいという要望には応えた。その迷宮から産出される物を研究している学者や、コレクターからは評判がよかった。


 そして意外にも冒険者の方から協力要請が来た。その内容は落とし物拾いである。


 ごみ拾いは元々冒険者が迷宮に残していく物を拾い集める事を生業にしていたので、何処で何を落としたのかを推測しやすい。大切な物を落としたとなれば大慌てであるが、ごみ拾いにかかればそれを探すのもお手の物だった。


 これが中々に評判がよく、そして冒険者の金払いもよかった。諦めていた物が手元に戻ってくるとなれば、喜びもあって金に糸目もつけないのかもしれない、ごみ拾いの中にはこの失せ物探し専門で請け負う者も出てきた。


 仕事内容に幅が出始めたのだ、これまでの積み重ねのお陰か、新たな視点と発想があればこの技術が役に立つ事が増えてきた。この辺の事を一手に引き受けて外部から仕事を持ってくる腕前はモニカさんの手腕だった。


 アルが言うにはモニカさんは特掃ギルドで結構な権限を与えられて、それをしたのはゲイルさんらしい、ハウザー事件での関係各所への手配の手際の良さを買われての事だと言っていた。


 ゲイルさんも何というか思い切りがいい、そうは言ってもモニカさんは特掃ギルドに来てから日が浅いと言うのに、仕事が出来ると判断するとすぐに行動にうつして権限まで与えてしまうとは、この辺の行動の早さは凄いなと思った。


「グラン!見ろ!この壁の模様!これと同じ物を他の迷宮でも見たことがあるぞ、一体どういった繋がりがあるのだろうな?全く環境も異なる迷宮に生息する魔物も仕掛けられた罠も関連性が見られないのに、何がこの迷宮と別の迷宮を繋げているんだ?気になる!気になるぞ!ああ、素晴らしい!」


 アルがいつものように行動を始めてしまったので俺は足を止めて服を脱ごうとするのだけを止めた。




「じゃあいつものように警戒を頼むぞアザレア」

「キュイ!」


 俺はアザレアに警戒を任せると、辺りの様子を見回した。アルが夢中でスケッチしている壁の模様は俺が見てもあまりよく分からなかった。俺は壁の模様を少しだけ指でなぞった後、すぐ床の方を見た。


 最近俺はドロシーさんに便利な魔法を教えてもらった。呪文を唱えると俺の左掌に小さな光の玉が浮かび上がる、照明の魔法だ。


 俺には魔法なんて使えないと思っていたが、ドロシーさんが言うには魔法は誰にでも使える可能性があるそうだ、ただその使い方と必要な物が分からないだけで力は誰にでも眠っていると言っていた。


 迷宮には魔力が満ちていて、そこで長く活動する事になる冒険者は新たな魔法や力を身につける力に長けているそうだ、魔法使いたちが研究室に籠もらず危険を冒してまで冒険者になるのはそう言った理由があって、ドロシーさんは出来ることなら魔法の研究だけしていたいと言っていた。


 それでも迷宮に潜った事のある魔法使いとそうでない魔法使いでは、魔法に対する理解力に雲泥の差が出るという、だからこそ冒険者に魔法使いが多い。


 実際冒険の時に魔法使いが居てくれるだけで色々な面で御世話になる事が多く、欠かせない存在だとロビンさんが教えてくれた。その一つがこの照明の魔法だ。


 松明など光源を持ち運ぶと、かさばるしそれだけ荷物を圧迫する。戦闘の際には手が塞がる事もあるし、咄嗟な行動が出来ない事もある。


 この照明魔法は魔力の消耗も少なく、呪文を唱えるだけで何度も使う事が出来るので、消したい時にすぐ消せてまたすぐ付け直すなんて事も出来て便利だ。薄暗さはごみ拾いの味方でもあったが、こうしてよく見えるようになると見つけられるごみの数も段違いに増えるので、魔物や罠にだけ怯えておけばいい環境になった事はやっぱり良いことだ。


 俺は小さな光源を頼りに足元を注視していく、もう少し大きくする事も出来るのだが、明るすぎるとそれはそれで魔物を呼び寄せてしまうので抑え気味だ。まあアルが居れば大抵の魔物は問題にもならないのだが、無用なトラブルは避けるのが一番だ。


 落ちていた薬瓶や短剣、その他諸々の冒険に役立つアイテムを拾い集めてリュックサックに仕舞う。魔物が落とした素材の宝珠を何個か見つけて、良い収入になるとうきうきしていた。魔物の宝珠は、その魔物が溜め込んだ魔力が結晶となった物で宝石のように透き通って輝いている、武器防具アクセサリー制作には勿論、魔法の媒介や生態の調査等で需要がある。


 高値で売れるが魔物のドロップアイテムの中では小さくて見逃しやすい。宝箱が出現するとそちらに意識を取られてしまうこともあって、ごみ拾い達のいい収入源となっていた。


 這いつくばってでも見つけたい物の一つで、今までは俺も這っていたけれど、この光源魔法のお陰で足元が見やすく這う必要がなくなった。ドロシーさんにはお礼にアンナの焼いた木の実パンを持っていこう。アザレアにパンをあげている時に興味を示して、食べたいと言うので一個渡したらすっかり虜になった。


 ついでに冒険者ギルドにまた木の実クッキーを差し入れに行こうか、バルバトスさんは甘いものが好きらしく、この前そのクッキーを一人でもりもりと全部食べてしまいギルド長に怒られていた。砂糖が多く使えないから色々な種類の木の実の風味とほのかな甘さしかないのだが、逆にそれがいいらしい。


 危険な迷宮内でそんな平和な事を考えていると、すっかり気が抜けていたらしく足に何か大きな物がぶつかった衝撃ではっと我に返る。油断しすぎだ、もし魔物か何かが寝ていた所を蹴ってしまったとしたら大惨事だ。俺は警戒しなおして、何時でもアザレアを呼び寄せられるように準備した後、光源を足をぶつけた何かに向けた。


「うわーーーっ!!」


 俺は生まれて始めて出したであろう間抜けな悲鳴を上げた。




「どうしたんだグラン!?」

「キュイ!」


 俺の声を聞きつけたアルとアザレアが急いで駆け寄って来た。情けない事に腰を抜かしてしまった俺は震えながら掌の光源を足元にあるものに向けた。


 それは人だった。別に迷宮で死体を見ることには慣れているのに、突然現れたので驚いてしまった。更に言うと死体はそれなりに存在感がある、食い荒らされていたり血が辺りに散乱していたり、そうだと思わせる要素が多いのだ。


 この死体にはそれがない、本当にただ綺麗な人が倒れている。女の人だ、一体どんな事があればこんな事が。


「おや?」

「え?」

「グラン、この女性生きているぞ。ただ寝ているだけだ」

「はあ!?」


 寝ている!?この魔物闊歩する迷宮で?そんなの餌にしてくれと言っているようなものだ。俺はすぐに女性に近寄って首筋に手を当てた。


「確かに生きてる…」


 それに微かに寝息のようなものが聞こえてきた。本当にこの人は迷宮の一室で床に寝転んでいる、とんでもない人だ。


「じゃなくて!何でここで寝てるんだ?」

「眠くなったのなら寝るのでは?私もよく迷宮で寝るぞ、迷宮の床を全身に感じて空気を目一杯吸い込めばそれはそれは良い心地で…」

「分かった分かった。アルの意見は参考にならないのは分かったから」


 それが出来るのはアルだけだろ、俺がそう続けようとした時、寝ている女性がううんと唸った。俺は少し肩を叩いて話しかけた。


「聞こえてますか?大丈夫ですか?」

「う…うぅ…ん」

「何かあったんですか?もしかして魔物の毒とか?」

「お」

「お?」

「お腹がすきました。もう一歩も動けません」


 それだけ呟くと彼女はまたがくっと寝た。俺はアルと顔を見合わせると、彼女を挟んで立ち両肩を担いで持ち上げた。


「アザレア、先導は頼む」

「キュイ!」


 頼もしいドラゴンが前を進む、俺たちは迷宮で見つけた行き倒れの謎の女性を、取り敢えず外に運ぶことにした。

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