私から見た彼ら
家事は好きだ。目に見えて成果が出るし、子どもたちの面倒も見れる。私はこういう仕事が向いているのかもしれない、でも私が使用人等で雇われる事はない。
「アンナ姉ちゃん!カッツがお皿割った!!」
「あらあら、怪我してない?」
レニーに呼ばれて台所に行くと、割れたお皿の前でカッツが大泣きしていた。
「ぶぇ、うぇええん、アンナ姉ちゃんごめんなざい」
「いいのよ、それより割れたお皿触ってないわね?」
涙を服の袖で拭きながらカッツは頷いた。私はカッツの頭を優しく撫でて抱き上げると、台所から離した。
「割れてもお皿を触らなかったのは偉いわ、片付けは私がやるから、カッツは他の子が台所に入らないように見ていてね。出来る?」
「うん」
「偉い!ならカッツに任せるわね」
カッツは泣くのを止めてむんと口を一文字に噤むと、台所の前で立って見守った。時折聞こえてくる鼻水をすする音が健気で可愛らしい、私は子どもたちが怪我しないように欠片の一つも残さないように念入りに掃除をした。
「もういいわよ、手伝ってくれてありがとう」
「アンナ姉ちゃん、お皿割ってごめんなさい」
「いいのよ、でもどうして割っちゃったの?」
「お手伝いがしたくって…、それでお皿を片付けようと思って」
恐らくそれで多くお皿を重ねすぎてしまったのだろう、そしてバランスを崩して落としてしまったのだ。私はもう一度カッツの頭を撫でた。
「ありがとうカッツ、今度は私と一緒にやりましょうね。きっと上手く出来るようになるわ」
「うん分かった!ありがとうアンナ姉ちゃん」
皆とても素直でいい子たちだ、それだけに私は時々胸の奥が痛くなる。
いつか皆も世間を知って残酷な格差を思い知る事になる、自分たちがどうすればいいかまるで分からなくなる日が来てしまうだろう、私はその事がどうしようもなく悲しい。
グランはそれを何とかしたくって今奮闘している、ごみ拾いという手法について、私は神父様程反対意見を持たなかった。グランはいつも何だかんだで上手くやる、危険な事には首を突っ込まないし、手を引く時は呆気ない程簡単に手を引く、それが分かっていたから私はあまり心配していなかった。
でもアル様を利用すると決めた時には、私は初めてグランに不安を覚えた。彼らしくない行動だ、そもそも信頼していない人間を傍に置く事は本当に珍しい事で、グランは基本的に一匹狼なタイプだった。自己完結して他を寄せ付けない、自分が生きる事を主眼に置いていて、その為の行動には一切躊躇がないやつだった。
どんな心変わりがあったのかその時は分からなかったが、アル様を利用すると決めてからグランはどんどん変化していった。殺伐とした空気感が薄れて、表情が豊かになった。子どもたちの前で見せるような笑顔を、他の場所でも見せるようになったのだ。
私はこの変化に戸惑った。でも同時に何処か安心した様な気持ちにもなった。
グランは自分でも気が付かないうちに、アル様を友人のように扱うようになっていた。自分では気がついていないようだったが、ずっとグランの事を見ていた私には分かった。グランは初めて友人という他者を得る事が出来た。
そして大きな決断を経てグランはアル様と本当の友達になった。利用するだけの他人ではなく、損得など関係のないただお互いを信頼し合う関係だ。
私はいつか消えてしまいそうな揺らぐ火のような生き方をしていたグランが、地に足をつけ、未来を見据えた生き方を模索し始めた事が嬉しかった。絶対に本人には言わないけれど、グランには幸せに生きて欲しい、その権利がある筈だって思っている。
迷宮で新しい家族であるドラゴンのアザレアを連れてきた時には流石に驚いたけれど、アル様から聞かされた事情で納得した。グランが守りたいものはいつだって家族だったから、自分や私達孤児と重なるアザレアを守ろうとするのは当然だと思った。
「だーかーらー!何であそこで罠を踏むんだよ!踏むなって俺言っただろう!?」
「いやでもなグラン、あの迷宮で見かける罠としては珍しいものだったんだよ、確認せずにはいられなかった」
「だとしてももっと安全を確保してから作動させるとか方法はいっぱいあっただろうが!」
「キュイー」
賑やかな喧嘩の声が聞こえてきて、二人が来た事に気がつく、またアル様が迷宮で無茶でもしたのだろうなと私は出迎えに行った。
泥だらけになった服を洗濯して干す。
「キュイ!」
「ありがとうアザレア」
アザレアが洗濯物を干す時に手伝ってくれる、働きものでいい子だ。ご褒美に木の実クッキーを渡すと、それを咥えて嬉しそうに飛んでいった。恐らくお気に入りの場所である教会の屋根の上でゆっくり食べるのだろう。
アザレアはアル様ですらその正体が分からないらしい、どれだけ調べても何も分からなかったとグランから聞いた。本当に宝箱から生まれた子供なのかな、宝物のような存在だからアザレアにはそれが似合っているかもしれない。
「アンナ、悪かったな急に洗濯物頼んじゃって」
体中についた泥を洗い流してきたグランが頭を拭きながらやってきた。
「別にいいわ、それよりどうしてこんな泥だらけに?」
「聞いてくれよ!アルの奴見つけた罠をさ、興味に負けて踏みやがって!そうしたら床から泥が噴出してきたんだ。初めてそんな罠見たよ、何で泥なんだろうな?」
グランは最初憤っていたと思ったら、今度は興味が移ってアル様のようなことを言い始めた。
「よく分からないけど、罠だったのよね?」
「うん」
「グランやアル様は軽装っていうか防具とか身につけないままで迷宮に行くけれど、冒険者達は装備を身にまとっているでしょ?泥で汚れたら動きが大きく制限されるからじゃない?」
水分を含んだ泥が鎧にまとわりつけばそれだけ重たくなるし、中に着ている服に染み込めば体温を奪われる、履物だって泥が中に入ってしまうと動きにくいだろう。
「成る程、言われてみると確かにそうだ。俺たちにとってはあんまり脅威じゃなくても、冒険者からしてみれば致命的な結果になるかもしれないな」
「どういうこと?」
「その罠があったの迷宮から大分奥の方なんだ、俺たちは帰るのにそれ程苦労しなかったけれど、重装備の冒険者ならアンナの言う通り物凄く動きが制限されると思う、食らったら引き返すしかないからな」
グランの説明を聞いて、私もやっとこの罠の恐ろしさを理解できた。そしてそんな問答をしている事につい笑ってしまった。
「何だよ、何か可笑しかった?」
「可笑しかったよ、グランと私今アル様が迷宮について語ってる時みたいだったよ?」
アル様は迷宮の事を実に情熱的に語る、その殆どが理解できないが、今こうしてグランと考えを交換している内に、まさにアル様がいつもやっているような話になっていた。
「そうかな?…まあそうだったかもな」
私につられたのかグランも笑い始めた。昔はこんな風に一緒によく笑い合っていたのに、それを懐かしく感じるように私もなってしまった。
グランはアル様とよく喧嘩している、どちらかというとグランが一方的に怒っていてアル様が謝るのが多いのだが、二人はそうして喧嘩しながらも笑い合っていた。昔は私がグランをよく泣かせていたが、時が経ち二人共どこか擦れていって、孤児院に対する気持ちは同じなのにどんどんすれ違っていった。
こうしてまたこんな風に笑って会話して、グランが一日にあった出来事を愚痴としてこぼしてくれるようになったのは、きっとアル様のお陰だ。
二人が友人になって良かった。私は心からそう思う。
「おーい!アンナ殿!」
アル様が手を振りながら慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「いやあ、服を洗濯してもらったお礼を言おうと思っていたのですが、そこで子ども達に呼び止められて一緒に遊んでいたらすっかりその事を失念してしまいまして」
私はグランと顔を見合わせた。そして同時にぷっと吹き出して笑ってしまった。グランと同じ事をアル様も考えていたんだなと思うと、二人は案外似たもの同士なのかもしれない、そんな事をきっとグランも思ったのだろう。
「何々?何ですかな?私何か面白い顔でもしてました?」
「そうだな、アルの顔は面白いよ。鼻の泥、落としきれてないぞ」
「ほらじっとしていてください」
私はアル様の鼻をハンカチで拭き取ってあげた。孤児院の子どもたちよりも子どもっぽい所がアル様の魅力かもしれない、そんな事を思った。