表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/85

騒動を終えて

 冒険者ギルドと特掃ギルドの合同作戦が成功に終わり、反特掃ギルド派のごみ拾いを使って計画的に対立煽りを企て、王族と貴族の信頼を失墜させようと企てていた首謀者のアルク・ハウザーと、協力者であり実行犯として反ギルド派のごみ拾い数十名が逮捕された。


 ハウザーは捕まった後、まったく一言も言葉を口にせず、ただずっと黙って虚空を見上げているらしい。このままの状態が続けば発言を強制させられる魔法によって、無理やり洗いざらい証言させられてしまうらしい、そんな魔法がある事をドロシーさんが教えてくれた。


 俺はあれから何度か冒険者ギルドに顔を出していた。冒険者とごみ拾い、その歪みを付け込まれた今回の事件で、そのすり合わせが必要だったからだ。あの場でハウザーの証言を聞いていたのは俺だけだった為、ギルド長から何度か呼ばれて足を運んでいた。


 そんな時に、冒険者ギルドにいる作戦に関わってくれた皆がよく声をかけてくれた。皆ギルドでも屈指の実力者らしく、そんな人達に声をかけられる俺の姿を見て他の冒険者達は萎縮していた。


 それでなくともアルが俺の後ろにいると思いこんでいる彼らには、手を出すような気概はないとジルさんは笑って言っていたが、恐れられたい訳ではないので少し複雑な気持ちだった。


 バルバトスさんは冒険者の中でも特殊な立ち位置の人だった。無口な人で、色々と聞き出すのは苦労したけれど、質問すると割と答えてくれる人だ。


 一人で活動する冒険者というのは珍しい、バルバトスさんはその珍しい内の一人でパーティを持たない冒険者だった。強さと闘争を求めて、戦いに関する依頼の助っ人としてパーティに加わる人らしい。今回の件で協力要請が増えたと喜んでいた。


 俺は偶然ではあるが、こうして冒険者と仲良くなった事で思い知った事があった。それは彼らも同じ人間だと言うことだ。


 本当に当たり前の事で馬鹿な事を思っていたと自分でも思うが、今まで冒険者の事を魔物くらい危険な存在だと思いこんでいた。一切の交渉の余地無しの血の通わない化け物だと考えていた。


 そんな意識がごみ拾い達に染み付いていたからこそ、今回の歪みが生まれてしまった。お互いに血を流しすぎたのが原因だと思う、相互理解を進めて少しずつでもわだかまりを解いていきたいと思っていた。


 ギルド長も俺の考えの賛同してくれて、モニカさんを交えて色々と話し合いを進めていた。アルも特掃ギルドの代表としてあっちこっちに足を運んでは色々と頭を下げているらしい、最近はよくアザレアを抱きしめてはため息をついていた。


 ギルド長はギルド長でげっそりとした顔をしていた。今回ほぼ独断で動いた事で、バックにいるアーチャー家から大分絞られたらしい。俺が顔を出すとぽろぽろと愚痴をこぼしていた。エドムントという次期当主だけは、今回の判断を是としてフォローしてくれたらしいが、それでもキツく叱られたと頭を抱えていた。すっかり距離感が近くなってしまって、最近俺はギルド長の部屋でお茶を飲んで愚痴を聞いて帰るだけの日もあった。


 俺たち特掃ギルドと冒険者ギルドは、皮肉にもその仲を引き裂こうと模索していたハウザーの手によって強い繋がりを得る事になった。しかしあくまでも偶然の産物であって、奴の企みの裏で犠牲になった人達の事を忘れてはならない。


 そして今日、俺とアルとモニカさんは三人である場所を訪れていた。捕えられた反特掃ギルド派のごみ拾い達が収容されている監獄だ。加害者でもあり被害者でもある彼らの処遇について、俺たち特掃ギルドは向き合っていかなければならなかった。




 面談は三対一で行われた。俺たち三人に対して反ギルド派一人という形だ、少々威圧的ではあるが、示し合わせて口裏を合わされるよりも、多少強気に出て本音を引き出したかった。


 だが、こちらの予想を裏切って反ギルド派のごみ拾い達は聞かれた事にすべて正直に話してくれた。誰一人として隠し立てする事なく、細かな情報まで洗いざらい話した。


 その理由はあの時の作戦にあった。俺が敢えてごみ拾い達を魔物の大群に巻き込んだ、あの危険な作戦だ。


 凄腕の冒険者達の戦いぶりと、どれだけ傷つこうともごみ拾いの身だけは守り抜くという、仕事に対する真摯な姿勢を見て思う所があったらしい。それに加えて濃厚な死の恐怖を味わった事ですっかり心も折れてしまっていた。


 元よりそのつもりだったとは言え、ここまで効果覿面だとは思わなかった。ジルさん達の奮闘のお陰だ、今度会った時にはお礼を言わなければと思った。


 彼らの罪をどれだけ軽くできるか分からないが、これだけ反省しているのを見たら更生は叶うと信じられた。しかしアルには思う所あるのか、終始無表情で事務的に質問を繰り返していた。


 最後の一人になって、俺たちの前に姿を現したのは、今回の件に関わるきっかけとなったスタンだった。眼の前に座ったが、他の誰よりもうなだれていた。


「君がスタン?」

「はい、そうです」


 俺の質問に答える時も覇気が感じられなかった。相当ショックを受けたのかもしれない。


「色々聞く前に言っておきたいんだ、俺は今回元掃き溜めのマスターにあんたの事を頼まれた。すごく心配していたし、今日もマスターから渡してくれって頼まれた物を持ってきた」


 そう言って俺はマスターから預かった物を取り出した。目の前に置いて包みを取ると、魚のパイ包みが出てきた。本来飲食物を持ち込む事は禁止されているのだが、これだけはどうしてもと無理を通して持ってきた。


 その料理を見た瞬間、スタンの体がびくっと反応して固まった。そして目から零れ落ちる涙が彼の握りこぶしを濡らした。


「出来立てを貰ってきたけど、流石に冷めちまった。それでも食べな、マスターがあんたの為に作ったんだから」


 スタンは食器を手に取るとがつがつと食べ始めた。涙は止まらず、時に嗚咽しながらも食べ続けた。皿が空になった後、スタンは両手を合わせ「ごちそうさまでした」と言って頭を深々と下げた。


 その様子を黙って見ていたアルが口を開いた。


「スタン、君はどうしてハウザーの口車に乗せられたんだ?君は今まで面談を重ねてきたごみ拾いの中では多少まともに見える。少なくともあんな男の言っている事に賛同するようには思えない」


 アルはスタンに何かを感じ取ったのか、これまでとは違って身を乗り出して詰め寄った。


「君には守るべき人がいただろう、弟さんはこれからどうなる?スタンがいなくなって、ましてや犯罪者で、ただでさえ孤児という立場が更に悪くなったのだぞ。私には賢い選択だとは思えないが?」


 弟という単語が出てきて、スタンの肩はまたがっくりと落ちた。心配していない筈がない、資料の中でしか知らないがとても仲の良い兄弟だったようだから。


「変えたいと思ったんだ」


 スタンはゆっくりと話し始めた。


「俺は元々犯罪者だ。仕事に就いても正当な賃金は貰えずに、ストレスのはけ口に使われた。そんな状況に嫌気が差してスリをやって金を稼いだ、その為の手法を磨きに磨いた。不思議だけどはみ出し者ってのは自然と集まるようになってる、その内ごみ拾いと知り合いになって色々教わった」


 俺にも覚えのある事だから何も言えなかった。彼の苦労が自分の事のように思えた。


「俺は懐から物を抜き取る技術があったからさ、冒険者の死体から素早く金目の物を取れるから重宝されたよ、人混みに紛れる手段もスリで慣れてたし、迷宮に潜るのは簡単だった。けどさ、そこでも俺はあまり稼げなかった。何故か分かるか?」

「私には分からん、続けろ」

「俺が数字の計算が出来ないからさ、物の価値が分からないんだよ俺には、だからどれだけ稼げていて、自分の取り分が本来どれくらいあるかなんて分からなかった。そんな時助けてくれたのが掃き溜めのマスターだ」


 計算が出来ないと言われて俺は心臓が跳ねた。ハウザーの言葉を思い出してしまう、教育の重要さをハウザーは言っていた。


「俺を連れて活動していたごみ拾いが、妙に羽振りがいいのが気になったらしい。俺に対する扱いに怒ってくれて、そのごみ拾いの代わりに色々と教えてくれた。ごみ拾いの心得だとか稼ぎ方だとか、必要な知識は全部だ。俺が始めて一人で迷宮に行って稼いで帰ってきた時、この料理を食べさせてくれたよ。温かくて美味かった。稼ぎ方を覚えればこんないい思いが出来るんだって思ったよ」


 マスターとの縁はその時からのものだった訳だ、渡された手料理も、スタンにとってはごみ拾いとして歩み始めた第一歩を思い出させる味だったのだろう。


「俺は特掃ギルドの設立には反対だった。稼ぎを制御されていい思いをした試しがない、貴族が関わっているとなれば尚更だ、あいつらが俺たちに何かをしてくれた事なんて一回もなかった。精々ごみを見るような目で見られるだけだ」

「それでハウザーに出会ったのか?」

「そうだよ、俺も最初は信じちゃいなかった。だけど今の仕組みがバラバラに壊れて、見直す所がちゃんと見直されて、俺たち孤児にも正当な権利が与えられるって言われてさ、弟の顔が浮かんじまったんだ」


 弟には自分と同じ思いをさせたくない、そんな強い思いと、自らの苦い経験が重なった結果ハウザーに乗せられてしまった。聞いてみるとますますやるせない気持ちになった。


「冒険者が魔物に巻き込まれるのにも、ためらいはなかったよ。あいつらだってこっちを殺すんだから、こっちも殺したって文句はないだろうって。だけどさ、今回冒険者に命を救われて知ったよ、あいつら格好いいなって、仕事に対する誇りがあっていいなって、そう思った」


 スタンは面談の最後にこう言った。


「俺も特掃ギルドに所属すればよかった。あんたの演説聞いてたよグラン、あんたはごみ拾いに誇りを持たせようとしてくれてたんだな。仕事として成り立たせて、責任を与えてくれようとしてたんだな。もっと早く気がつくべきだった」


 俺たちはスタンの寂しそうな背中を見送った。俺は作戦の成功を喜ぶ気持ちと、現実に残された立ち向かうことの出来ない歪みに悲しみを覚えるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ