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それぞれの歪み その6

 俺は改めてハウザーの姿を見た。ひょろひょろとした風体のなんとも頼りない印象を与えられる男だ、薄くなった頭とくぼんで影のある目が薄気味悪い、無精髭も生えていて、とても今回の騒動の首謀者とは思えなかった。


「さあハウザー、もう退路は残されていないぞ」

「ググググ…ックックックアッハッハッハ!!」


 何だ?ハウザーは悔しそうに顔を歪ませていたと思ったら急に高笑いを始めた。腹を抱え背を丸めて笑っている。


「気でも狂ったか?」

「バァカァがあ!!これで逃げ道がなくなったと思ったか!?いくらでも逃げ出せるんだよ!!てめえ如きドブネズミからはなあ!!」


 ハウザーが懐に手を伸ばした。俺は咄嗟に先程奪った透明になるマントのような物をアザレアにかけた。そして予め教えていたように行動するように合図をした。


 取り出したのは小さな玉だった。三つを地面に叩きつけると、小さな爆発と共に煙が立ち上ってきた。


「煙幕か!」


 突如目と鼻に激痛が走った。目を開けていられなくて瞑るしかない、鼻の激痛のせいで息が出来ずに口から空気を吸うと、口内と喉にまた激痛が走った。


 目眩ましとしてこれだけ有用な物はない、視界も呼吸も奪われた俺はしゃがみこむしかなかった。服の袖で口と鼻を塞ぎ、何とかこれ以上煙を吸わないように試みた。


「ブハハハハ!!馬鹿めが!!勝ち誇ったような顔して無様だなごみ拾い!!お前如きに捕まってたまるかよ!!じゃあな!!」


 方法は分からないが、ハウザーはこの煙の中でも動けるらしい、このままでは俺はただ何も出来ず地に伏せっているだけだろう、俺だけならの話だが。


「ギャアアアア!!」


 予想通りの声が聞こえてきた。アザレアがハウザーの足を破壊したのだろう、俺がアザレアに予め指示していたのは、諦めもせずに最後のあがきをした時には両足の骨を折るように言っていた。それに加え奪った見えなくなるマントをかけておいたので、ハウザーには目に見えない何かから突然襲われたように感じただろう。


 アザレアはハウザーを襲った後、俺の所まで戻ってきて翼をはためかせ風を巻き起こした。煙が晴れて目を普通に開けられるようになった。鼻と喉の痛みも煙が消えると無くなってきた。


 少しむせながらも俺はうずくまるハウザーの元まで近づいた。ハウザーは痛みにうめき声を上げている。


「悪いがこちらも手加減なしだ。ここまでの作戦にかけた時間と犠牲を考えるとこれでも安いほうだからな」


 俺はアザレアが折ったハウザーの足を踏みつけた。痛みにあえぐ声を無視して聞く。


「言え、何故反ギルド派のごみ拾いを使った?何故態々対立を煽るような真似をした?」

「言ってもお前如きが理解できる事ではない…」


 踏みつける足の力を強めた。


「それでも言え、お前の真意を理解するつもりなんて毛頭ない。ただお前が利用したごみ拾いは、お前のせいでもうまともな生活には戻れなくなるだろう。それだけの事をしていい理由がお前にあったのか?間接的にでも殺した冒険者達に顔向け出来るのか?」


 まだ答えようとしないハウザーの足を蹴飛ばした。折れた足が変な方向に曲がる、苦痛の声が聞こえてきて俺はもう早く話してくれと心の中で懇願していた。


「この国は歪んでいる」

「何?」

「お前孤児か?」

「ああそうだ、だからごみ拾いになった」


 ハウザーは諦めたように体を地面に預けた。そしてゆっくり話始める。


「この国に親のいない子供が多いのは知っているか?迷宮から出てくる宝物が経済の柱になっているこの国は、他国よりも職業が冒険者の人間が多いし集まってくる。しかし命がけの仕事だ、当たればでかいが外れたら死だ、それに戦う力だけがある教養の無い者が頭数を揃えて治安を悪化させる」

「それは」

「否定出来るのか?この国の職業人口の割合なんてしらないだろう?この国が何を指針にして動いているか説明出来るか?出来ないんだよ、お前が悪いんじゃあない、多くの孤児が生まれているのを知りながら教育を行き渡らせない国が悪いんだ」


 俺はハウザーに指摘されて、確かに自分が何も説明出来ない事を思い知った。事実として知っている事と、理解している事は別物だ。教育にも時間にも金がかかる、俺たち孤児にはそれがない。


「国王は迷宮にご執心だ、そして媚を売りたい貴族共もな、迷宮に関する事業は我先にと推し進められるのに、それ以外のことについてはおざなりだ。自分たちが潤い権益さえ守れればそれでいい、貴き者が負う義務なんて嘘っぱちだ」

「…お前の主張に俺が口を出せる学がない、だからお前がどんなに世のことを思って有意義な事をしようとしていたかは分からない。だから教えろ、ごみ拾いを使った理由はなんだ?」


 結局俺は大層なお題目や理想なんてどうだっていいんだ。やられたならやり返すだけ、今回は俺自身の都合ではないけれど、俺の友人と苦労して作りあげた特掃ギルドが困っている、理由としては十分だ。


「ごみ拾いは迷宮だけでなく社会に巣食う歪みだ、正してまともな職を用意して国民として保護しなければならない歪み。そして冒険者は迷宮という閉鎖空間で生まれた歪みだ、本来適応される筈の法で裁かれない無法者共、殺しや暴力を黙認されて冒険者ギルドという特権に守られている」

「で?」

「新しい組織に関わっているのは貴族の中でも絶大な力を持つウィンダム家、冒険者ギルドはその二番手に当たるアーチャー家、この二つの家の確執が強まれば貴族は二つに割れる、そうすれば確実に混乱が訪れる。世論は普段力を持たないが、上が混乱している時には有効なんだよ、そこで利用したのがお前達の歪みだ」


 諦めにも似た自嘲をしながらハウザーは天を仰いだ。


「特掃ギルドは出来たばかりで意思統一がなされていないのは分かりきっていた。反特掃ギルド派はお前たちにとって病魔だ、こいつらをだまくらかして力と悪知恵を授けて好き勝手に動かせば、勝手にギルド同士の溝は深まっていく。反ギルド派の連中は騙しやすかったよ、悲しいくらいにな」


 それだけ言うとハウザーはまた狂ったように笑い始めた。俺はその様子を見て、怒りとは別の感情が心の中に湧き上がるのを感じた。


 それは悲しみだった。こんなくだらない事の為に利用された反ギルド派のごみ拾い達は、こいつの口八丁に乗せられて愚かしい行為をした。それがどんな結果を招くかなんて考える頭がないと判断されて、実際にそれを選んでしまった。


 なんて虚しいんだろうか、この件で少なくない冒険者が死に追いやられた。反ギルド派にはそれを問題だと思うような心はなかったのかもしれない、それは長年見ない振りをしてきた冒険者に対する偏見とイメージの押し付け、そして恐怖心のせいだろう、この歪んだ関係に向き合わなかったせいでこんな事になってしまった。


 人の死に慣れすぎてしまった。ごみ拾いも冒険者も、そこにつけこまれたんだ。


 迷宮に響き渡る戦闘音が静かになってきた。恐らくアル達が魔物を仕留めきったのだろう、俺は転がっているハウザーに回復薬を飲ませた。氷麗の迷宮でアルを殴った時俺の折れた手首を繋いだ回復薬だ、効果は身をもって分かっていた。


 折れた両足に添え木をして包帯を巻くと、ハウザーの手を肩に回した。引きずるような形になってしまったが、何とか引っ張って歩く事が出来た。ハウザーはもう狂った笑いを続けるだけの人形のようになっていた。




「うわっ!」


 アルとバルバトスが戦っていた場所に戻ると、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。


 部屋中が魔物の血で染まり、肉片が飛び散っていた。原型を留めている魔物の方が少なく、殆どが細切れにされているか潰されていた。


「おおグラン!そっちも首尾よく行ったようだな!」


 返り血に染まった手を振ってアルは笑っている、見慣れた光景ではあったが今までとは規模が違う。我ながら無茶苦茶な作戦を考えてしまったなと思った。アルもバルバトスも怪我一つないのが化け物じみている。


「アル、それにバルバトスさん、一番危険な箇所を担当してもらってありがとうございました」

「なあにこれくらい問題ないさ」

「俺も問題ない、良い鍛錬になった」


 二人とも疲れた様子もなく、逆に充実したような顔をしていた。アルは沢山の魔物が見れたからだと思うけど、バルバトスさんの方はよく分からなかった。


「うわあこりゃすげえな」

「ロビンさん!それに皆さんも!」


 ロビンさん達も激しい戦闘があったが無事なようだった。流石にこっちは疲れた顔をしている、守りながらの戦闘は勝手が違うのかも知れない。


「怪我はありませんか?」


 俺の問いかけにジルさんが笑った。


「大丈夫さ!それにあんたの要望通りにきっちり仕事はこなしたよ」


 ウルフさんとドロシーさんに連れられて、すっかり意気消沈した反ギルド派の五人が歩いてきた。その中にはスタンの姿もある、メンバーの中で一番憔悴した顔をしていた。


「ありがとうございました皆さん。作戦完了です!」


 俺がそう言って拳を突き上げると、アルとロビンさんとジルさんがそれに応えて勢いよく拳を突き上げた。ウルフさんは満足げに笑みを浮かべ、ドロシーさんはまた帽子を目深に被って小さくガッツポーズをしていた。バルバトスさんは流石にやらないかなと思っていたが、彼も控えめに拳を上げていて、俺はやっと緊張が解けて笑った。

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