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それぞれの歪み その5

 その日の仕事はちょろかった。初級以上中級未満程度の冒険者パーティが迷宮にのこのことやってきた。


 装備の質はとてもいい、見たこともない装飾品も身に着けている、防具はどれも新品同様で如何にも金になりそうだ。


 加えてそのパーティは中級者と言うには腰が引けていて、何処か頼りない雰囲気を醸し出していた。あれなら簡単に崩れる、いいカモが来たと他の四人の仲間も沸いた。


「おいスタン、あいつらで決まりだろ?」

「ああ申し分ねえよ、いつも通りの作戦で行くぞ」


 俺は付かず離れず着いていき、様子を伺った。こちらの存在にはまったく気がついていない、俺は逃げ込む場所の確保を仲間の一人に指示すると、鞄から魔物寄せの薬を取り出して一人ずつに渡した。こんな高級品を寄こしてくれるなんて気前がいいぜ、俺たちは瓶を片手に位置についた。


 狙い目は冒険者達が魔物との戦闘を終えたタイミング、初級から中級者程、一仕事終えて隙が出来る絶好の機会だった。俺たちは教えられた通りに魔物寄せの薬を投げ込んだ、そして一人の仲間が魔物の気を引いて誘導する。


 誘導役は魔物寄せの薬の範囲内に入ると、すぐさま横道に逸れて身を隠す。すると目先の獲物よりも薬に寄せられて魔物たちは冒険者の方へと向かっていくという算段だ、俺たちはその内に隠れ場所に身を潜めた。


 今回もバッチリ上手く行った。俺たちは声を潜めながらも互いにハイタッチを交わして作戦成功を喜び合う、このまま後は魔物が冒険者を食い殺すのを待つだけだ。


 だけど何故か、いつもより足音が多い気がした。そろそろ止んでもいい筈の音が一向に止む気配がなかった。


 それどころか、足音はどんどん大きくなって地響きとなり、細かく地面を揺らすようになった。何が起こっているのか確認する為に俺は少し顔を出して覗いてみた。


 そこには地獄のような様子が待っていた。


 大量の魔物たちの群れが大挙して走っていた。前を走る小さな魔物を、後方から来た大型の魔物が踏み潰し、興奮した魔物達は互いを攻撃しあいながら俺たちが誘導した先へと向かっていく。


 しかし狭い通路にすべての魔物が収まる筈もなく、段々といつもは通らないような横道に逸れ始めた。俺たちが隠れている場所にも魔物たちの群れが押し寄せてくる。


「何だよこれ!どうなってんだよ!」

「分かんねえよ!こんな事聞いてないぞ!」

「おいスタン!何で魔物がこっちに来るんだよ!俺たち死んじまうぞ!」


 全員パニックに陥っていた。俺も声を荒げないだけで、内心では心の底から凍りつくような緊張を感じていた。


 このまま固まって隠れていたら確実に魔物に嗅ぎつけられる、一人ならまだ隠れきれるかもしれないが、今は全員で五人だ。多くなれば成る程息は大きくなるし、人の気配や匂いは濃くなる、見つかって食い殺されるのは時間の問題だった。


 死にたくない!こんな所で死んでたまるか!弟の為にも俺は死ねない。


 仲間を切り捨て生存率を上げようと覚悟した時、近くの魔物が吹っ飛んで壁に叩きつけられた。壁に血の跡だけを残してずるりと体が落ちる、更にバキッボキッと打撃音が聞こえてきたかと思ったら、一人の男が俺たちの前に立った。


「グランの慧眼には恐れ入るな、本当にこの場所にいるとは」


 男は自分の体より大きな魔物を殴り飛ばし、取り出した三節棍で頭をかち割った。先程魔物をふっ飛ばしたのはこの男の蹴りだったようだ。


「お前たち死にたくなければそこにいるといい、我はウルフ・クラーク、お前たちが殺してきた冒険者の端くれだ」




 皆がそれぞれの役目に散っていった後、私とバルバトスは部屋の真ん中で仁王立ちをして待っていた。


「この匂いは魔物寄せの薬だ。やっぱり裏に支援者がいたな」

「そんな事に興味はない、俺はただ目の前の敵を切り捨てるのみだ」


 折角話を振ってやったと言うのに、バルバトスは無愛想に大剣を鞘から抜き放った。辛気臭い面構に面白みもない性格だが、戦闘の腕前だけは本物だ。私はこの手の実力者を初めて見たかもしれない。


「此処から先言葉は不要。我々は我々の仕事をするまで」

「私としてはもっとこの迷宮の素晴らしさを語りたい所だがね、まあ君に語った所で無駄か」


 魔物が部屋に入ってきて、真っ先にバルバトスが斬りかかった。次々と華麗な剣戟で魔物達を斬り裂いていく、刃の通らない硬い敵は大剣を体の下に差し込んで、そのまま持ち上げると地面に叩きつけた。中々見事な戦いぶりに私は拍手をして感心していた。


 それでも魔物の物量に押されて足が下がり始める、どれだけ素早く仕留めたとしても数の暴力に個が勝るのは極めて困難だ。私はバルバトスの背後に迫っていたゴブリンの頭を鷲掴みにすると地面に打ち付けすり潰した。


「見えていたのに余計な事を」

「言葉は不要とお前が言ったのに、私とお喋りでもしながら戦うか?」


 私はすぐにしゃがむとその頭上に大剣が通り過ぎた。一斉に飛びかかってきていたデモンが真っ二つに両断された。


「言葉は不要」

「そのようで」


 それから先は私たちは眼の前の魔物を殺す事だけに集中した。体を無理やり引きちぎられた死体や、大剣で細切れにされて絶命した屍が山のように積み上げられていく、血溜まりの中でダンスでもするかのように私とバルバトスはひたすらに魔物達の命を刈り取り続けた。




「シャアアアイ!!」


 女戦士が両手に戦斧を握りしめ魔物の中に飛び込んでいった。まるで嵐のように振り下ろされる戦斧によって魔物たちの体はバラバラに吹き飛んでいく。


「ジル下がって、まとめて焼き尽くす」

「おうドロシー!頼んだ!」


 ジルと呼ばれた女戦士は、ドロシーと言うらしい魔法使いの指示で一旦下がる。ドロシーの杖の先から火花のような閃光が散り、ジルの奮闘で弱っていた魔物達を焼き殺した。


「ジル!ドロシー!頭上注意な!」

「手早くねロビン」


 狩人のロビンは天井付近にいる魔物を見逃さず、素早く何本も矢を射る。上で様子を伺っていた毒吐き鳥は首を射抜かれてボトボトと落ちてきた。


 突如現れた冒険者達は見事な連携を見せながら魔物達を狩っている。前に出るタイミングも、後ろに下がって防御に回る行動も、すべてが計算された息の合ったコンビネーションだった。


 そして何より、この冒険者達は俺たちの事を魔物から守っている。自分が傷を負っても俺たちに魔物の攻撃がこないように立ち回っていた。


「どうして…」


 俺は口からついこの言葉が漏れ出た。すぐさまロビンが反応した。


「どうして守るのかって?まあ仕事もあるけどさ、それ以上に怖いだろ?」

「怖い?」


 ロビンは話ながらも次々と矢を放ち魔物の急所を射抜いていく。


「こんなところで魔物の大群に襲われて死ぬのは怖いだろお前ら、戦う力もないんだしさ」

「けどそれは、あなた達が冒険者にしてきた事…分かるわね?」

「だがまあ今だけは我らに任せておけ、お前たちに指一本触れさせはせん」


 ドロシーもウルフも、迫り来る魔物を相手にして俺たちの事を守っている。互いの短所をカバーし長所を活かし合う、一分の隙もない見事な戦いぶりだった。


「どうしてそこまでして…」

「ハッハッハ!愚問だね!それが私達冒険者の仕事だからさ!」


 ジルは自分の体より大きなオークにも果敢に立ち向かっていく、一撃で足りなければまた戦斧を振り下ろし、二撃三撃と戦斧を振り下ろす手を止めない、最後には猛攻で倒れたオークの首を戦斧で叩き切った。




 計算外の事が起こった。まさか迷宮をまるまる一つ使った罠だなんて思いもしなかった。今下手に動けば私も魔物の洪水に巻き込まれる、今はただここで待つしかなかった。


 その時、こつこつと誰かが歩いてくる音が聞こえてきて私はぐっと身を固めた。見るとまだ年若い男で大きなリュックサックを背負っている、あれは間違いない、ごみ拾いだ。


 糞が、苛ついている時に姿を見せやがって、私は苛立ちを抑えながらそいつが立ち去るのを待っていた。しかしそいつはしゃがみ込んで何かを探し始めて、一向に立ち去る気配はない。


 いっそここで殺ってしまうか?一人ごみ拾いを手にかけた所で誰も気に留める事なんかない、どうせもう計画はご破産だ。使えないあいつらごみ拾い共も、どうせ死んでいるだろう、この国を離れる最後の思い出として殺しておくのも悪くない。


 私は腰からナイフを抜いてゆっくりと近づいた。透明蓑という道具のお陰で私の姿に気がつくことはない、この私の苛立ちの解消に付き合ってもらうぞ!私は間抜けなごみ拾い目掛けてナイフを振り下ろした。


「やっぱりここにいたなハウザー、事件を近くで見届けていると思っていたぞ!お前の目的までは見えないが、ごみ拾いと冒険者の確執を煽る為には直に見て記録する必要がある!」


 振り下ろしたナイフはリュックサックから飛び出てきた何かに叩き落された。そして透明蓑をごみ拾いに掴み取られ剥がされる。


「何故だ!何故バレた!完全に見えなくなる魔法道具なのに!」

「悪いな、俺の相棒は鼻もいいんだ。それにお前の私物を手に入れるのに何の苦労もない人もいるし、迷宮にすこぶる詳しい親友もついている。お前が居るとしたら何処かと聞いたら見事言い当てたぞ」


 ごみ拾いの腕に小さなドラゴンが降り立った。信じられない光景だった。あのドラゴンを飼いならしている人間がこの世にいるなんて。


「お前は逃さないぞハウザー!罪を告白し、悪事のすべてを洗いざらい吐き出せ!」


 この私の計画が、こんな小僧如きに、しかもごみ拾いという卑しい身分の、最下層のごみ野郎に潰されるなんて、私は奥歯が砕けるほど噛み締め小僧を睨みつけた。

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