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それぞれの歪み その3

 俺の提案にギルド長は興味を示してくれた。


「提案を聞きましょう」


 もしかしたら聞くだけ聞いて却下するつもりかもしれないが、ここまで本音で話してくれたのだから、こちらも本気でぶつかればチャンスがあるかもしれない。


「ありがとうございます。まず今回の件に反特掃ギルドだけでなく、第三者の関わりの疑いがあるのはご存知ですか?」

「ふむ、それで?」


 ギルド長はこれについて答える気はないらしい、手札は見せきったということだろう、実際情報を大盤振る舞いをされてしまったから突くわけにもいかない。


「我々はその第三者が、反特掃ギルド派に何らかの入れ知恵をしていると考えています。考えてもみてください、今まで連携の一つもしたことのなかったごみ拾いが、突然徒党を組んで冒険の専門家達を上手く巻き込めると思いますか?戦う力のない自分たちの方が危ないっていうのに」

「そうですね、動き方が妙だとは私も思っていますよ」

「ごみ拾いの俺が断言しますが、訓練も受けていないし規律も存在していなかったごみ拾いがいきなり徒党を組む事なんて出来ません。俺たちに出来たのは、その場しのぎの協力とお互いを利用し合う事だけでした。組織を持たなかったごみ拾いが組織だって動ける筈がないんです」


 実際は反ギルド派がどれだけの人数で動いているのか分からないので、多少ハッタリも込めてある、実際は何人単位の集団行動なら出来るかもしれない、俺はやったことがないから分からないだけだ。


「俺は反ギルド派を繋ぎ止める何かか誰かが確実に存在すると思っています。反ギルド派が責を負うのは免れなくとも、黒幕を取り逃がすのは俺たちも冒険者ギルドもあまり都合がよくはないのでは?」


 俺はギルド長が話しに乗ってくれるか反応を待った。この説得が上手くいかなかったら取れる手段は少なくなる、危険だがアルに派手に動いてもらうしか俺には思いつかない、だがそれは避けたかった。


「提案としては悪くありませんね、説得力もまあ及第点です」

「では!」

「お断りします。私達は私達で動かせていただく」


 俺はがっくりと肩を落とした。


「理由を聞いてもいいですか?」

「勿論ですよ。まず一つですが、冒険者達は今回の件で非常に苛立っています。下の階の行儀の悪い人たちを見たでしょう?冒険者の方が実力も上で迷宮での活動にも精通しているというのに、立場を同じくしたごみ拾いの存在を好ましく思っていません」


 それについては見て取れるし、俺も肌で感じていた。


「ギルドには毅然とした対応が求められています。これ以上迷宮で好き勝手にされていいのかとね。まあ実際は失礼を承知で言わせてもらいますと、冒険者の方がまだ立場が上です。実力も信頼も積み上げてきた年数が違いますから、それを聞き分けられない愚か者がいるのは私共の落ち度ですがね」


 それに関しては俺も何も異存はない、ごみ拾いはまだまだ社会的地位も低く実力もない、なにせ出来てから日の浅い組織だし、構成員も社会からのあぶれ者が多い、今は衣食住を安定化させて無理やり大人しくさせているだけだ。余裕が出来れば、徐々に問題を起こす者も出てくるだろう。


「もう一つですが、裏で糸引く黒幕がいたとして、そいつを捕えてどうしますか?」

「それは、何故こんな事をしたのか明らかにして、今後そういった事をさせないように…」

「手ぬるいです。小細工せずに一人を生け捕りにして拷問して吐かせましょう、どうせこんな事を企む人間なんて大した人物ではありません。立派なお題目を唱えているでしょうが、羽虫の戯言に耳を貸す者などおりません。黒幕の目的に興味はありませんが、やり方を間違えましたね」


 俺はギルド長の指摘にぐうの音もでなかった。確かにその方が早いし、落とし前としても丁度いい、結局は捕まえてみなければ全貌は見えず、その為には行動あるのみだった。


「グラン様が言いたい事も理解出来ますよ、もし本当に操られているだけならば私も気の毒に思います。しかし行動には責任が伴うものですから」


 もう駄目だと思った。俺にはもうギルド長の発言をひっくり返せるような言葉が出てこない、やっぱり無理やり動くしか方法はないのかと俺が諦めかけた時、モニカさんが動いた。


「ギルド長様、私からもご提案があります」


 俺はモニカさんの顔を見た。モニカさんは俺にウィンクをして微笑みかけると、話し始めた。




「それでルーベル君は何が言いたいのかね?」

「はい、今回の件を合同で解決したとなれば双方にとって大きなメリットがあります。ギルド長様もそれはお気づきかと存じますが?」


 メリット?俺は思いつかなかったが、ギルド長の顔色は少し変わった。


「冒険者ギルドと特掃ギルドの間には深い溝、そして軋轢があります。長年に渡る因縁のせいですが、環境が大きく変わった今、穴埋めが必要なのは冒険者ギルドの方ですよね。実際ならず者崩れの冒険者達の制御が出来ていません」

「む、ぐぐ」

「変わったのなら適応しなければなりません、そもそも元々の歪みを放置していたのが間違っていたんです。その清算が出来るとなればこの話に乗るべきだと思いますが?」


 モニカさんはどんどん話を進めてギルド長を黙らせていた。出来る人だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。


「今回分かりやすい共通の敵が現れてくれたお陰で、合同での活動に正当性があります。納得させるだけのカードは多く配られています。それなのにメンツを取ると言うのならこちらとしても本意ではない行動を取らざるを得ませんね」

「しかしだね…」

「しかしも何もありません。ギルド長、今ここで功を焦るとまた足をすくわれますよ。冒険者達に対する引き締めが大事なのはわかりますが、もっと先を見据えた方がよいかと思われます」


 モニカさんの言葉に今度はギルド長が黙ってしまった。そして今まで口を閉じていたアルが出てくる。


「恐らく功を焦っているのはジャクソン様ではなく、後ろにいるアーチャー家だろう。冒険者よりもメンツを気にするのが貴族で、私が言うのも何だがアーチャー家は特掃ギルドの一件で手ひどくやられてしまったからな、無理を通さずにはいられないのではないか?」


 アルの言葉が止めとなったのか、ギルド長は深い溜息をついてから言った。


「まあ私ではこの辺りが限界ですかね、グラン様、厳しい事を言ってしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな事ありません。どれも納得できる理由でした」

「そうですね、建前としては立派なものですよ。だけど私の本音としてはまるで違いました。胸襟を開くなどと偉そうに言っておいて恥ずかしい話です」


 ギルド長は懐からハンカチを取り出して額の汗を拭いた。緊張していたのだろうか、それが解けてからしきりに汗が流れてきていた。


「冒険者ギルドを預かる身として言わせて頂きますが、今回の事協力出来るのなら協力した方がいいに決まっています。長い目で見たらこんなに良い機会が訪れるチャンスはそうありません、冒険者とごみ拾いの歪んだ関係を清算出来る絶好の機会です」

「では」

「ええ、私の権限で協力させていただきます。しかし失敗は許されませんよ?私の首が飛びますので」


 そう言ったギルド長の顔は笑いながら青ざめていた。




 俺は作戦の内容を皆に説明した。


「冒険者ギルドの下準備のお陰で、反ギルド派は今とても罠にかけやすくなっています。手柄を横取りするようで申し訳ありませんが、利用しない手はないかと」


 俺がギルド長の顔色を伺うと、大丈夫だと言うように頷いた。


「では話を進めます。今回出来れば全員を生け捕りにしたいと俺は思っています。その後の処分については冒険者ギルドにお任せしますが、俺たちも反ギルド派の主張を聞いておきたい、問題があるのなら対処していきたいんです」

「そうだな、何故ここまで環境を整えた上で反目するのか知っておきたい」


 アルの同意に俺は頷いた。実際、何故こんな禍根しか残さない無理やりな方法を取ったのかを知りたい、こんな事が長く続くはずがないと誰も思わなかったのかと。


「肝心の方法ですが、やることは単純です。先程ギルド長が仰った作戦に少し付け加えさせてもらいます。態と魔物の巻き込みを起こしてもらうのは変わりません、ただもう二組程冒険者を選出して巻き込みを同時に引き起こさせましょう」

「「はあ!?」」


 その場にいたギルド長とモニカさんは声を揃えて驚いていた。アルだけはうんうんと頷いていた。


「グラン様、流石にそれは危険すぎると思いますが」

「ええ、危険です。でも危険じゃなきゃ駄目なんです。反ギルド派がどれだけ危険な事をしていたのか思い知らせる必要があると俺は思っています」


 それを聞いてモニカさんは成る程と呟いた。ギルド長だけは汗を拭きながら難色を示す。


「言いたいことは分かりますが、危険過ぎますよ。とてもじゃありませんが被害の方が大きくなる」

「そう思うでしょうがこちらにはアルが居ます。アル、作戦の下準備に使っている迷宮の魔物は手強いか?」

「私であれば何百匹魔物が襲ってきても問題ない強さだ、しかし肝心の反ギルド派のごみ拾い達が死ぬかもしれん」

「という訳で、冒険者ギルドからは反ギルド派のごみ拾いを巻き込みから守るパーティを選出していただきたいです。魔物の巻き込みはアルに集中させて、後は嵐が過ぎ去るのを待つだけです」


 無茶苦茶ではあるが勝算はあった。アルは迷宮内なら無敵だ、実力も知識も何もかもだ。


「俺はアルの迷宮の知識を利用して、最も安全に戦える場所を探します。罠や通路の配置等の条件のいい場所を選びます。そこに魔物を送り込んでください」


 俺はそれから大汗をかくギルド長を何とか説得して、作戦の細かい所を詰めさせてもらった。上手くいくかは冒険者達にかかっている、俺は生まれて初めて冒険者を頼りにした作戦を練っていた。

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