それぞれの歪み その2
アルと俺は協力して反特掃ギルド派の動きを探る事になった。しかし気合を入れた所で一つ問題が浮かび上がった。
「しかしこうして力になりたいと豪語しておいて何だが、私は迷宮以外の事についてはさっぱりだ。ゲイル兄さんの様な考えも思いつかない、どうする?」
「た、確かに」
それについては考えていなかった。アルは迷宮の事については誰よりも詳しいかもしれないが、それ以外の常識についてはあまりない。これは困ったと思っていると、会議室の扉が開いた。
「失礼します。グラン様、アレックス様、ゲイル様から言い付かりご助力に参りました」
「モニカさん?」
「おお、モニカ殿!」
扉を開けて入ってきたのはモニカさんだった。
「お二人では取っ掛かりを見つけるのにご苦労されるだろうとゲイル様が仰っておりまして、何か私に出来る事はありますか?」
「これはありがたい!なあグラン!」
「ありがたいですけど、受付の方は大丈夫ですか?」
俺は人が足りないと言っていた受付の方が心配だった。アンナが居るけれど大丈夫だろうか。
「アンナさんは仕事の覚えも早く、要領もいいのでもう大丈夫です。新人も入ってきたことですし、その子の教育も兼ねて任せてみようかと」
「流石はアンナ殿です」
何故か得意げにうんうんと頷いているアルはさておいて、アンナは結構優秀だったんだなとちょっと驚いた。まああれだけの人数の子供たちを相手にしながら家事をこなしていたのだから、要領がいいと言われると納得だが。
「じゃあモニカさんにも相談したいのですが…」
俺はこれまでの経緯と先ほどまでゲイルさんを交えて話していた事を説明した。一通りの話を聞いてモニカさんは成る程と呟いて話し始めた。
「上手くいくか分かりませんが、手がかりを掴む方法は思いつきました。冒険者ギルドに協力を仰ぎましょう」
「冒険者ギルドですか?」
俺はよりによってそこに頼むのかと思った。悪いとは思わないが、そもそも協力してくれるのだろうか。
「受けてくれますかね?」
「大丈夫ですよ、私が元いた場所ですしギルド長は利のある話を聞かずに追い返すような愚か者ではありません。とことんコネを利用してやりましょう」
そう宣言したモニカさんはとてもいい笑顔だった。やっぱり少しは元の職場に恨みでもあるのかも知れないし、絶対敵に回してはいけないと思った。
冒険者ギルドに入るのは俺は初めてだった。中にいる冒険者達や職員からジロジロと見られているが、その視線は俺よりもアルに向けられているようだった。
「アル、お前ここで何かやったのか?」
俺が気を利かせて小声で聞いたのに、アルはそれを全く気にもせず大声で話した。
「なあに少々卑怯な不意打ちをね、まあ直接文句を言ってくるような気概もないのであればこの視線も気にする必要もあるまい」
「おまっ!」
周りにいた冒険者がにわかに殺気立った。しかしアルが不機嫌な様子で鋭く睨み返すと、一斉に殺気も収まってしまった。
「な?」
ぱっと表情を変えてアルは笑顔になった。周りの冒険者達は獅子の牙の一件を聞いていただろうし、自分たちとアルの実力差をすぐに感じ取れたのかもしれない。長く一緒にいる俺はそうでもないが、アルが時折見せる冷徹な空気は背筋が凍りつくような迫力がある。
「そうですよグラン様、ここでぐだぐだとしている冒険者はギルドでも腰抜けの部類です。怯える必要もありません」
「モ、モニカさんまで…」
「気にしない気にしない、大体何ですか最近の冒険者達の暴挙は、誇りを胸に志を背に武器を手に知恵を力に、迷宮に眠る財宝を目指し魔物と勇敢に戦うのが冒険者です。ギルド長が再三旗幟鮮明に諌めていたと言うのに、少しばかり環境が変わっただけで適応出来なくなるなど言語道断です」
モニカさんの言葉と気丈な振る舞いに、その場にいた冒険者達やギルドの職員達も下を向いていた。皆思い当たる節があるのか耳が痛いようだった。
「失礼、ギルド長と約束しておりました特掃ギルドの者です。ランス様にお取次ぎ下さい」
「あ、はい!すぐに」
「慌てなくていいわファラ、よろしくね」
受付にいた人と知り合いだったのか、モニカさんはにこやかにそう言った。アルもモニカさんも大物感がすごくて、俺は何だか場違いな気がしてちょっと肩身が狭かった。
俺たちはすぐにギルド長のいる部屋に通された。ジャクソン・ランスと自己紹介した初老の男性は、体つきこそふくよかであるが疲れからか顔がげっそりとしていた。
「お久しぶりですギルド長様、少々お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「ああルーベル君、なあにちょいとばかり忙しくて睡眠が取れてないだけさ、君の方は元気にやっているかね?」
「お陰様で順調ですわ」
ギルド長の顔は疲れ切った笑顔だが、モニカさんは相変わらずにこやかだった。やっぱり恨みがあったんだなと再び思った。
「アレックス様のご紹介は大丈夫ですね、こちらグラン様です。特掃ギルドのエースです」
「グランです。初めまして」
俺はモニカさんに紹介されてギルド長に頭を下げた。
「あなたが噂の、ご活躍は聞いていますよ。よろしくお願いします」
「噂ですか?」
「ええ、大変優秀だと聞き及んでおります。先の特掃ギルド結成の際にも多大なご尽力をなされたそうで、ごみ拾いを職業として定着させつつある現状は見事なものかと」
冒険者ギルドのトップだと言うのに何だか腰の低い人だと俺は思った。尚且つこうして褒められると少しばかり照れくさい、俺自身はただアルにくっついて迷宮に潜っているだけなのに。
「ご機嫌取りはその辺りで結構、ジャクソン様本題に入らせていただきたい」
「ちょっとアル、失礼だろ」
「いいんだグラン、こうやってへりくだりながら相手の腹の内を探るのが貴族や特権階級のやり方だ。言葉を額面通りに受け取らない方がいいぞ」
アルは容赦なく失礼な態度を取る、二人の間に何かあったのか、少しひりついた空気が間に流れていた。
「私のグラン様に対しての評価は本音ですがね、まあそう言ったやり方が常套手段なのは否定しませんよ。ではお話を伺いましょうか」
「モニカ殿」
「はい、こちらを御覧ください」
アルの指示でモニカさんは独自にまとめていた今回の出来事を書き記した資料を取り出すと皆に手渡した。いつの間にここまで詳細にまとめていたのかと思うほどよく出来ていて、恐らくはゲイルさんの指示で先回りして動いていたのだろうと思った。
「という訳で、現在特掃ギルドとは無関係である無法者が、迷宮内で冒険者を対象に危険行為を繰り返しているとの情報があります。ギルド長様も勿論把握されていますね」
「無論把握しています。その危険行為の対処も検討済みです。後は実行の日の日取りを詰める所でした」
冒険者が危険に晒されていてギルドが動いていない筈がないとは思ったが、もうそこまで話が進んでいるとなると急を要する。俺は恐る恐る聞いた。
「その対処方法って教えていただけますか?」
「話す義理はありませんがね、今までのしがらみの解消の為胸襟を開いて話し合う事も大切でしょう。私共冒険者ギルドの対処法としては、その危険行為が頻繁に起こっている迷宮にて、まだ経験の浅い冒険者パーティの出入りを禁止し、熟練者パーティを中心に班を組み、連携を前提にして態と少数で動いて誘い出すつもりです」
成る程、今の手段が上手くいっている反ギルド派は調子づいているだろう、そこを敢えて泳がせて、反ギルド派をターゲットとして連携している冒険者を送り込み、事件を起こさせて釣り上げる気な訳だ。恐らくその為の仕込みもすでに進められているだろうと思い聞いてみた。
「ここ最近魔物の巻き込みで死亡した冒険者はいますか?」
「居ません、苦戦を演じさせ餌を撒いて逃げています。グラン様は中々頭が切れる人だ、今からでも冒険者になりませんか?きっとすぐに頭角を現すでしょう」
ギルド長は俺の質問の意図がもう分かったようだった。やっぱり上手くいっているように演出されている、そして今も魔物の巻き込みによる被害が減っていない事も確定した。反ギルド派は完全に掌の上で踊らされている。
「見つけたごみ拾いはどうする気ですか?」
黙って聞いていたアルが口を開いた。
「一人を残して後は始末します。こちらとしても見せしめが必要でして、舐めた真似をした愚か者に甘い対処は致しません」
ギルド長は顔色一つ変えなかった。堂々と殺すと宣言しているのに、ためらいの一つも感じられない、やるときはやるその覚悟が見て取れた。
でも俺も反ギルド派を擁護できる所は一つもなかった。ギルド長の対処が正しいと思ってしまう、そして最大限特掃ギルドが無関係である事と今回の件に関わっていなかった事をアピールしなければならないと考えてしまっていた。
俺は覚悟を決めて賭けに出た。ゲイルさんと見つけた違和感が本当に関わりがあるのなら、まだチャンスはあるかもしれない。
「提案があるのですが、その作戦俺たちにも手伝わせて貰えませんか?冒険者ギルドにご協力をお願いしたいのです」
細い糸ではあるがすがるしかない、しかし裏で手を引く者がいるならば俺たちだけでなく冒険者ギルドだって無視できない筈だ。小細工は効かない、俺も本音でぶつかる必要があると拳を握りしめた。




