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それぞれの歪み その1

 反ギルド派のごみ拾い達が徒党を組んで問題を起こしている、この悩ましい問題の解決の為に、俺はまずモニカさんに相談してゲイルさん宛ての伝言を頼んだ。


 特掃ギルドの責任者はアルが務めているが、実務に絡んでいるのはゲイルさんだった。そもそもアルは迷宮での使命が最優先なので形だけの責任者だ。


「問題が問題なだけにすぐに伝わるとは思うのですが、お忙しい方ですので少々時間がかかるかもしれません」

「大丈夫です。俺もアルに相談する時間が欲しかったし、会議室の使用申請をお願いします」


 俺は使用に必要な書類に記入すると、モニカさんから鍵を受け取った。アルとはここで合流する事に決まっている。


「アンナ、ちょっとだけアザレアを預かっててくれないか?」

「いいわよおいでアザレア」


 奥にいたアンナにアザレアの面倒をお願いした。アザレアは喜んでアンナの所まで飛んでいく、俺の次にアンナによく懐いていた。


 会議室で待っていると、あまり時を置かずアルが入ってきた。それと同時に思いがけない人も現れて俺は驚いた。


「ゲイルさん!?」

「やあグラン君、久しぶりだね」


 ゲイルさんは相変わらず爽やかな笑顔で手を振ってきた。


「でも俺、モニカさんに伝言を頼んだのはついさっきですよ?え、あれえ?」


 分かりやすく混乱していると、アルが説明をしてくれた。


「グラン、君にも渡した念話版があるだろう?あれの研究開発はウィンダム家が行った物だ。当然同じものを何個も持っている」


 そう言えばウィンダム家は迷宮の研究利用を行っていると、買取屋の集めた情報で聞いたことがあった。念話版はその産物だったのか。


「それにしてもフットワークが軽すぎませんか?」

「それについては私も同感ですゲイル兄さん」


 俺は戸惑いからでた言葉だが、アルの方は少し棘のある言い方をしていた。


「いいんだよ、この問題についてはいずれグラン君にも相談するつもりだったし丁度良かったんだ。アルも心配してくれてありがとう、僕は父上からいくらお小言を聞いても気にならないから大丈夫だって前から言ってるだろ?」

「ですが…」

「この話はお終い、さて本題に入ろうか」


 何だか理由は分からないが、アルが兄弟に向ける感情を見たのは初めてだった。失礼な話だが、こんなにも真っ当な兄弟関係のようなやり取りをするんだなと思った。


 ゲイルさんはアルをたしなめつつ、机の上にバサっと紙束を広げた。俺はその中の一枚を手にとって見ると、今回相談したい事についての情報が事細かに記されていた。


「さあ、本題だ」




 持ち込まれた資料には、反ギルド派のごみ拾いについての情報が詳細に記載されていた。何人かは俺も知っている人がいて、見かけないとは思っていたがここで初めて反ギルド派だった事を知った。


「グラン君が相談を受けたのはこの子だね」


 ゲイルさんは一枚の書類を俺に手渡した。名前はスタン、年は俺と同じくらいでごみ拾いをやる前はスリをしていたらしい、俺とは別の孤児院の出身だった。記録によると同じ孤児院に実の弟がいるようだ。


「このスタンはグラン君と同じ様に社会から孤立させられたようでね、スリは弟の食い扶持を稼ぐ為にしていた。その手際のよさから、他のごみ拾いに誘われて便利に使われていたらしい。その後決別して独立したようだね」


 この人がマスターの言っていた人、手癖が悪いってのはスリをやっていたからか、根が悪い奴じゃないってのも行動原理が弟の為だったからだろう。


「このスタンって男は何故ギルド反対派なんですか?」

「調べによると組織だった仕組み自体が嫌いらしいね、それと元々悪い事していたのに、今更いい子ぶる気にはなれないって周りに言っていたそうだ」


 成る程、気持ちは分からないでもない、俺だってごみ拾いの環境を大きく変えたけれど、本質がいいものに変わっているとは思わない。結局は利益と自分のエゴだ、それは冒険者ギルドにだって言える事だけど。


「しかしよくこれだけ調べましたね」

「ま、そこは秘密の方法があるって事で」


 ゲイルさんは適当な事を言ってはぐらかした。これ以上探るなと言いたいのだろう、俺も別に突くつもりはないが、これだけの情報網を持っているなら買取屋に嗅ぎ回らせた事がバレても仕方がないと思った。


「ん?これは…」

「どうしたアル?」


 何かに気がついたのか、アルは読んでいた一枚の資料を差し出して俺たちの前に置いた。


「ちょっと自信がないんだが、この人の名前を見た事がある気がしたんだ。どこでだったかな?」


 俺はゲイルさんと一緒にその資料に書かれている人物を見た。アルク・ハウザー、俺は見たことも聞いたこともない、ゲイルさんに目配せをしても首を振った。


 よくよく読んで見るとこの男の経歴にごみ拾いの活動はなかった。新聞等に記事を書いて寄稿している記者だそうだ、俺に覚えがある筈もない。


 足を使って取材を重ね、社会問題について鋭い批判記事を書いているらしい。新聞なんて碌に読んだ事もないし縁もない、何でこの人の資料があるんだ。


「ゲイルさん、ごみ拾いでもないのに何でこの人の資料があるんですか?」

「僕もまだ精読しきれていなくてね、しかしここに情報が上げられたということは必ず意味があると思っていい。だが、何に繋がってくるかは…」


 俺とゲイルさんが首を捻っていると、アルが机を叩いて立ち上がった。


「思い出した!この人から取材を受けた事があったんだ」

「何だと?アルにか?」


 ゲイルさんが怪訝な表情でアルに聞いた。


「そう、私にだ。だから気になったんだ、断る理由もなくてしつこくまとわりついてきたから仕方なく受けた。興味がなくて内容は一切覚えていないが」


 そうかそうかと呟きながらアルは満足そうに頷いて座った。


「で、アルはその事の何が気になったんだ?」

「え?名前を見たことがあったから思い出したかっただけだが?」


 アルの答えに俺はずるっと机に伏せった。何か重要な事に気がついたかと思ったら、小骨が喉に引っかかった程度の事だったとは、すっかり力と気が抜けてしまった俺だが、ゲイルさんは逆に神妙な面持ちになっていた。


「どうかしましたか?」

「ん、いや、この男が何故アルに接触してきたのか気になってね。アルはこの男の興味を引くような活動をしていない、僕たち兄弟の内誰かならまだ分かるのだが、態々アルに接触した理由が気になる」


 言われてみると確かにそうか、アルは王様に迷宮についての要望に応える役目だ、社会問題とは関わりがない。


 迷宮は社会を支える柱の一つではあったが、その実市民とはまったく独立した場所だった。関わる事がなければ一生関わる事はない、一般市民にとって迷宮は危険すぎる。そもそも侵入を禁じられているし、近づこうとすらしない。


 迷宮での冒険者達の活動は金を作り循環させているが、生活に何か影響を与えるものではない、迷宮は身近に存在していても身近な存在ではないのだ。


 アルの活動の何が気になったのだろう、迷宮の事がニュースになる事自体滅多にない、獅子の牙が特別だったのだ。冒険者ギルドの有力パーティが連続殺人に及んでいたのは衝撃的だったからニュースになった。


「何か不自然ですね」

「ああ、不自然だ。何かあるな」

「よく分からないけど役に立ったなら何よりだ!」

「そうだな、助かったよ」


 ゲイルさんはアルの肩をぽんと叩いた。珍しく照れている、また面白い表情を見たなと俺は思った、


「手がかりが見つかった所でグラン君に言いたい事があるのだが、いいかい?」

「あ、はい。何ですか?」

「僕の立場としてはスタン及び反ギルド派のごみ拾いを助けるつもりはない、君にはこの意味が分かるね?」


 来たか、俺もそれについては懸念していた。特掃ギルドが恐らく暗躍しているであろう反ギルド一派を守る理由は一切ない。それどころか全く無関係だと主張して早期解決を図る方が当たり前だ。


「分かります」

「結構、それが確認出来たならそれでいい。建前は大事だ、ここからは僕の本音だが、もし彼らが自らの意思でなく操られているのなら助けたいと思う。僕は表立って動けない、情報が得られたら渡すから君とアルで動くんだ、いいね?」

「いいんですか?」


 まさかゲイルさんから協力が得られるとは思わなかった。今回の事は特掃ギルドにとって不利益でしかない、責任ある立場の人なら切り捨ててしまった方が都合もいいし早く解決できる。


「勿論いいとも、だが出来る事は少ないからね。僕が動いて解決できそうだったら容赦なく切り捨てる、知恵を働かせて協力し合いたまえ。アルもグラン君に協力するんだろ?」

「無論だ」

「だと思っていた。では頑張ってくれ」


 ゲイルさんは書類をまとめてから引き上げた。会議室に残された俺は、アルの顔を見た。


「なあ、今回は本当に個人的な問題なんだけど、いいのか?」

「愚問だな、私は君に協力したいから協力するのだ。友達としてな」

「そうか、じゃあ俺も友達として頼むよ。助けてくれアル」


 アルは俺に拳を作って差し出した。それに俺が合わせると、二人の間に説明の出来ない笑いが起こった。

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