ごみ拾い虎の巻 その2
この記録を記し始めてから色々な事があった。
ごみ拾いを取り巻く環境の変化や、新たな仕組みに組織、まさかごみ拾いが表舞台に立つ日がくるとは夢にも思わなかった。
その事に取り組んだ俺が言うのも何だが、今だにこれでよかったのかと自問自答することがある、それがいくら無駄だと分かっていても自分が関わったのだから問わずにはいられない。
今回記そうと思うのはギルドに所属したごみ拾いと、袂を分かったごみ拾いの関係性だ。冒険者の脅威は一応の着地点を見出し始めたが、新たに現れた脅威について考えていかなければならない。
ごみ拾いの大半は特掃ギルドに所属した。身分がはっきりとしていなくとも、特掃ギルドに登録するとその身の保証をしてくれる。当然審査は必要ではあるが、ごみ拾いに多い前科持ちやホームレス訳ありでも最大限配慮してもらえる。
各種契約が出来ない制限が掛けられている人でも、特掃ギルドが仲介してくれる。勿論その後の素行について見られるが、何もかも保証されなかった時と比べると天と地程の差があった。
生活拠点を持たない人の為に、特掃ギルドが持つ施設への入居が出来る。値段も破格で、生活に必要な物も一通り揃っている。まさに至れり尽くせりと言った所だ。
ここまで過剰に福利厚生を充実させているのには理由があった。それはすべてのごみ拾いを特掃ギルドに登録したいという思惑だ。
俺やマスター、他のごみ拾い達の必死の説得によって特掃ギルドは現実の物となった。しかし、それを受け入れられないごみ拾いも存在していた。
理由としては、自分がやってきた隠しきれない後ろ暗さや、今まで自由にやってきたごみ拾い活動をルールによって制限される事への反発。
そして一番の問題は、元のごみ拾い活動中に倫理観から外れた行為を続けて行っていた人たちの存在だった。
ごみ拾いには元々ルールはなかった。暗黙のルールやマナーはあったものの、それを守るかどうかは個人の裁量に任されている。だから俺のやり方以外にももっとダーティーなやり方はいくらでもあった。
迷宮は罠が仕掛けられている、地面や壁、宝箱や魔物が仕掛けた物と様々だ。だからこそ冒険者達は経験を通じてそれを研究し、罠の種類や解除方法を学んで技術を磨く、迷宮の仕掛けに精通しているだけでパーティで引く手あまただそうだ。
しかし冒険者以上に罠に敏感なのがごみ拾いだった。罠はごみ拾いの天敵であり、稼ぐ為のポイントでもあった。罠に引っかかればごみ拾いはそこで死ぬ、運良く命に関わらない罠だったとしても、解除の方法を分からないから迷宮で朽ちるのを待つしか無い。
逆に稼ぐポイントになる理由は、今まで俺もやってきた事だが、冒険者がそれに引っかかってパーティの全滅が引き起こされる可能性が高い、という事はごみが沢山拾えるということだ。
ごみ拾いは罠に敏感だ、解除出来ずとも詳しい、ということは冒険者を態と罠にかける事も出来るということだ。
勿論冒険者だってそう簡単に罠にかからない、だから様々な工夫を凝らす。罠を見えないように偽装したり、罠がある部屋に魔物をおびき寄せたり、安全な位置から作動させて罠に巻き込む等、方法は様々にあった。
ただしそれはごみ拾い達の間で絶対にやってはいけない事の一つだった。その行為を許してしまうと、ただでさえ悪い冒険者との関係が更に悪化の一途を辿る。
悪感情は悪感情によって引き起こされる、冒険者がごみ拾いを殺していたように、ごみ拾いもまた冒険者を殺していた事実もあった。そしてそれを咎める事の出来るルールはなく、他の誰かがそれを止める事は出来なかった。
特掃ギルドの設立の必要性については、俺にはその是非を判断出来なかった。俺がもし、アルと出会う事もなく今まで通りのごみ拾いを続けていたら、獅子の牙騒動があったとしてもルールで縛る事には反対の立場を取っていたと思う。
究極的に言えば、俺は俺自身の身の安全さえ確保できていればそれで何の問題もなかった。勿論今ではそうは思わないが、俺の大目的は金を稼いで孤児院の為の金を作る事だったから、他のごみ拾いにまで気を割く事が出来なかっただろう。
金に余裕が出来て、心に余裕も出来た。アルとアザレアがついていてくれたお陰で身の安全もある程度確保されていた。俺の気持ちの変化はそれが大きいと思う、逆に言えばそれがなかったら俺は今も変わらずにいたと思う。
特掃ギルドを作った事で良いことも悪いこともあった。ルールは人を縛りもするが守りもする、違法に活動を続けるごみ拾いとギルド所属のごみ拾いではまったく立場が違った。ルールの範囲内で活動を続けていればギルドに守られる事になる、その保証が違法ごみ拾いには一切無い。
問題に俺の介入する余地はない、それはモニカさんにもアルにも言われている事だった。
「仕組みの範囲内で裁かないと規律の意味がない」
正論だと思う、直接何かをした所でそれは微々たる変化か、状況を更に悪化させるだけだ。もっと大局的に物事を見れる人たちの力が必要なのだと思う。そしてその辺りの調整についてはゲイルさんが手を尽くしてくれていた。
今はただ俺は俺の出来る事をやるだけだ、差し当たって新しく出来た目標があった。
それは孤児院の子どもたち皆を学校に通わせる事だった。教育を受けさせてやり、未来の選択肢を増やしてあげたい、その為の金は順調に貯まりつつある。俺の個人的な復讐は後回しでいい、今はただ少しでも幸福な未来がないかと探していた。
引き出しを開けると、書き連ねた紙束が沢山溜まってきた。いつの間にか自分でも驚くくらいに書いては溜めてを繰り返してきていたらしい、一度まとめて本の形に変えた方がいいかもしれない。
「グランお兄ちゃん」
呼ばれて後ろを振り返るとアミがぬいぐるみを抱いて立っていた。
「どうしたアミ?」
「何かお兄ちゃんの知り合いって言ってる人が教会に来てるよ」
俺の知り合い?心当たりがあまりないので困惑する、アルが来たなら子どもたちがもっと大騒ぎするだろうし、アミが抱いているぬいぐるみはアルがプレゼントしてくれた物だ。
教会まで来たということはそこまで怪しい人物ではないだろうが、一応は警戒をした方がいいだろう。
「教えてくれてありがとうアミ、このお菓子やるよ、皆には内緒だぞ」
「やったーお兄ちゃんありがとう!!」
俺はアザレアに上げる為に買ったクッキーをアミにこっそり手渡すと、頭をぽんぽんと撫でて走り去るのを見送った。
短く口笛を吹く、その音を聞きつけたアザレアが昼寝を切り上げて俺の所まですっと飛んできた。
「キュイ」
「アザレア、俺の後ろのちょっと離れた所から警戒してくれるか?出来るか?」
アザレアは頷いた。俺は何かあった時の為にアザレアに見守ってもらう事にした。人を襲わせるつもりはないが、何かあった時にはすぐに誰かを呼びに行くだろう。
俺は教会の方へと向かう、どんな目的で誰が来たのかそっと影から覗いてみた。すると、俺がよく知っている人が座って待っていた。
「マスター!どうしたんだ?」
「よおグラン、何か久しぶりだな」
それは掃き溜めのマスターだった。掃き溜めはごみ拾いの拠点の役目を終えたので、マスターは今ギルド直轄の酒場を切り盛りしている。ギルドのすぐ近くにあって相変わらずごみ拾い達の憩いと情報共有の場となっていた。
マスターがいる場所がごみ拾いの集まる場所だと、他の皆はそこでよく酒盛りをしているが、俺は酒に縁がないしご飯は孤児院に帰って子どもたちと一緒に食べる。酒場を利用しない俺とマスターは自然と顔を合わせる機会が減っていた。
「あんまり顔出せなくてごめん」
「いいんだよ、お前は酒やらないし、今じゃ特掃ギルドの立派な広告塔だ。色々と忙しいだろ」
確かに忙しいと言えば忙しい、まあごみ拾いだけではなくてアルの相手も多分に含まれているのだが、普段のアルしか知らない人からすれば信じられないだろう。
「まあぼちぼちやってるよ、それよりどうしたんだ?何か報せがあるならギルドで伝言を預かってくれるのに」
「ああ、そうなんだがな。ちょっと直接話したい事があってよ」
かしこまって一体何だろう、俺が首を傾げているとマスターは少し罰が悪そうに話し始めた。
「俺がまだ掃き溜めのマスターやってる頃によ、面倒見てやってたごみ拾いがいたんだよ、ちっと手癖がよくないが根は悪い奴じゃねえ。だけどそいつギルド設立には反対派だったんだ、それで最近あんまり会ってなかったんだけどさ」
「まあそれは仕方ない事だよ、ごみ拾いにだって色々あるんだから」
「俺もそう思ってるけどよ、実は最近あんまりよくない噂を耳にしたんだ」
それからマスターは噂の概要を説明してくれた。話を聞いていく内に俺もただ事じゃないのが分かった。
「反対派のごみ拾いが徒党を組んでる?」
「そうだ、基本一人でやるごみ拾いを冒険者みたいにパーティ組んでやってやがる。しかもやり方がよくねえんだ、意図的に魔物を釣りだして冒険者になすりつける手口を使ってる」
想像した中で最悪の方法を取っていた。これを放っておけば、せっかく立ち上げて軌道に乗り始めたギルドに大打撃となってしまう。
「その中にそいつが混じってるって聞いたんだけどよ、俺が知ってる奴だったらそんな事に手を貸すような人間じゃあないんだ。そいつを助けてくれとは言わない、だけど裏で誰かが糸引いてるってんなら暴いてやってくれねえか?」
マスターは俺に頭を下げた。よっぽどその人の事が心配なのだろう、こんなに真剣になって頼み事をされたのは初めてだった。
「分かった。俺たちでも調べて見るよ、だけどギルドの一部の人には報告させてもらう。いいよな?」
「それは構わねえ、ありがてえ恩に着るぜ」
安心したのかマスターは俺の手を取って何度も頭を下げた。またしても波乱の予感がして俺はどうしたものかと先の事を案じるのだった。




