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アルの探しもの

 迷宮を歩いていると、冒険者とすれ違った。俺はそんな義理もないのに軽く会釈して横切る、すれ違いざまに舌打ちが聞こえてきたが気にしなかった。


 前までは冒険者の気配がすればすぐさま影に身を潜め息を殺した。見つかれば殺される、もしくは稼ぎのすべてを力尽くで奪われる、しかし冒険者とごみ拾いの関係性は大きく変わった。


 冒険者ギルドは特掃ギルドが完成してすぐさま声明を出した。


「冒険者と清掃員、同じ迷宮内で活動する仲間として共に協力しあう事を約束する。過去に何があったとしても一切を清算し、共生関係の構築に力を尽くす事を互いの目標とする」


 要するに過去の事は忘れて仲良くしてねって事だ、散々やってきて今更とは思うのだが、既存の仕組みに大きく手を加えてしまった歪みは如実に現れていた。


 数の上でみればそんなに多くはないが、冒険者の街中での犯罪件数が増えていた。度合いとしては暴力や暴言が多く、次いで恐喝や店での窃盗が主だった犯罪だった。


 アルからの説明もあったが、俺は何となくその理由を聞かずとも分かっていた。冒険者達はごみ拾いを痛めつける事でストレスを発散していたのだろう、俺たちがやっていた事は決して褒められた行為ではなかったから、誰にも文句を言われず、罪悪感もなく正義感を押し付けられる暴力は気持ちがよかったのだろう。


 それについて思う所はあっても、これと言って何かを主張する気はなかった。と言うより何か言った所で何も変わらないだろう、仕組みは強引に変えられても人の考えはそう簡単に変わらない、時間がかかるだろうなと思っている。


 寧ろこの件で困り果てているのは冒険者ギルドの方だった。内部にあまり詳しくないが、外から見ているだけでも大騒ぎなのは見て取れた。周囲の冒険者ギルドへの評価は落ちていて、真面目に活動に取り組む冒険者と、問題を起こした冒険者とでいがみ合う始末だった。


「君たちごみ拾いがそうだったように、冒険者の商売敵もまた同じ冒険者だったんだよ。それに今まで気が付かなかったのか、はたまた目をそらしていたのか、どちらにせよツケが回ってきたな」


 アルは騒動についてこう言っていた。元々他人事ではあったが、より冒険者に対して興味を失ったようだった。俺はそこまでバッサリとは割り切れなかったが、だからといって何か出来る訳じゃない。


 結論として冒険者に襲われるごみ拾いは格段に減った。時たま襲われる被害はあっても、殺害にまで至る事は減っていた。それは素直に嬉しかった。ブレットの最後に見せた覚悟を引き継ぐことが出来たのだから。


 そしてごみ拾いが傷つけられて困るのは冒険者ギルドの方だった。その辺の手筈は抜かり無くゲイルさんが手を回しており、被害にあったごみ拾いには多額の手当て金が出た。その出処は冒険者ギルドらしい。


「キュイ!」


 俺がそんな考えを巡らせて歩いていると、警戒していたアザレアが鳴いた。俺はさっと物陰に身を潜めて、アルとアザレアが魔物と対峙するのを見守った。




 現れたのは武装したウェアウルフ三体に、使役された迷宮コウモリ二体だった。


 ウェアウルフは狼によく似た動物人間で、冒険者を襲って武器や防具を奪い取り狩りの道具に使う種族だ。迷宮では珍しい冒険者の肉に興味のない魔物で、その代わりに装備品に目がない魔物だ。


 知力と身体能力が高く、連携を取って行動する。鼻が利くので、一度匂いを覚えられると逃げるのにとても苦労する。そして他の魔物を武力や餌を使って使役する事がある、ウェアウルフと行動を共にする魔物で最も多いのが迷宮コウモリで、視力のよくないウェアウルフの目の代わりをする。


 冒険者からすると厄介な魔物なのだが、実はごみ拾いにとってはそこまで脅威ではなかった。ウェアウルフの行動原理は至ってシンプルで、装備品の強奪だ。もし狙われたとしても拾ったごみを手放せば簡単に見逃してくれる、欲をかいて拾った物を大事に抱えていると標的と見なされ餌食となってしまう。


 しかしこれは一人でごみ拾いをしている場合だ。集団の相手には容赦なく牙を剥く、だが相手が悪かった。


 アルもアザレアも俺の目には見えない程の速さでウェアウルフに肉薄した。アザレアは一体の首に噛みついて、自分の体長より遥かに大きいウェアウルフを勢いよく地面に頭から叩きつけた。頭蓋が割れて一撃で仕留められる。


 アルの方は二体の鼻目掛けて拳を叩き込んだ。めり込んだ拳は鼻を完全に破壊し、溢れ出す血で呼吸困難に陥る、その隙にマズル目掛けてアルは両拳でアッパーカットを打った。意識を失って倒れたウェアウルフは、喉を踏み潰されて絶命した。


 この間僅か何秒かの出来事だ。使役されていた洞窟コウモリは、為す術もなくその様子を見ていた。自分たちにも脅威が迫っているのにも関わらず間抜けにも動きを止めてしまった。


 アザレアは洞窟コウモリに素早く飛びついて両羽を根本から食いちぎった。何が起きたか分からないまま洞窟コウモリは地に落ちる、空中で身動きが取れなくなった洞窟コウモリに向かってアザレアは止めの炎のブレスを吐いた。


 アルは迷宮の壁を蹴って洞窟コウモリと同じ高さまで跳んだ。そしてその勢いを利用して洞窟コウモリに蹴りを入れた。体を一回転させた勢いのある攻撃で、洞窟コウモリは迷宮の床のシミとなった。


 冗談みたいな戦闘能力にも慣れてきた。俺が物陰から身を出すと、アルもアザレアも嬉しそうに俺に近寄ってくる。


「見たかグラン!今の戦闘の手際の良さ!私の方がアザレアより素早く早く多く倒したぞ!」

「キュイ!キュイキュイ!キュイ!」

「はいはいはい、どっちも凄いのは分かったから」


 アルとアザレアはお互いに睨み合って牽制している、俺がうっかり魔物を退治したアザレアを褒めてから、この訳の分からない手柄合戦は中々決着がつかなかった。


「ほら、アルは水飲めよ、さっきから集中しすぎていて水分補給してないぞ」


 俺はリュックサックから水筒を取り出すとアルに手渡した。


「アザレアもよくやったな、アンナがお前と一緒に採った木の実でパンを焼いてくれたぞ、ちぎってやるからゆっくり食べな」


 俺はパンの包みをとると、食べやすい大きさにちぎってアザレアにあげた。アザレアは先程のいがみ合いはすっかりと忘れてパンに夢中になった。


 アルとアザレアに必要な物を渡してから、俺はナイフを取り出してウェアウルフの剥ぎ取りに取り掛かった。洞窟コウモリの方は、アルがシミに変えてアザレアが灰に変えたので、取れそうな部分は残っていない。


 ウェアウルフの方も魔物の素材としてはあまり魅力的ではない、毛皮はゴワゴワとしていて固く強烈に獣臭い、牙や爪や骨は態々苦労して取る程の物ではなく、他の魔物から剥いだ方が余程いい。


 しかし身につけている装備品については別だった。これはとても金になる、襲われた冒険者の実力にもよるが、時たま上等な武器防具装飾品を身に着けている事があった。


 それにウェアウルフの習性は珍しいので、あまり良い物でなくても研究者に高値で売れる。俺には理屈は分からないが、ウェアウルフの装備品から得られる知見は貴重らしい、今まではそんな所に売るルートがなかったが、今では特掃ギルドを通して金に変えてくれるから喜ばしい。


 今回のウェアウルフの装備品は外れだった。物もよくなければ、状態も悪かった。ウェアウルフは装備品の手入れをしない、手入れされていない装備品はあっという間に刃こぼれし錆びる。そうそう新品同然の物に出会える事はないから、この辺は運試しみたいなものだ、そう割り切っていた。


 俺が拾えるものを拾い集め終わると、アザレアは言われずとも周囲の警戒に当たり、アルは迷宮の壁を触って何かを記録していた。俺は明かりを手にして近づいた。


「おお、ありがとうグラン。細かい所が見えなくて困っていた」

「それはいいけど、何を見ていたんだ?」


 アルが指さした壁に明かりを向けて見る、何やら不思議な模様が刻まれていた。文字とも絵ともとれるような曖昧な模様だ。


「この模様、ここの迷宮の別の場所で同じ物を見かけた。スケッチした物と見比べてみてもまったく一緒のようだ」


 そう言うとアルは描いたスケッチを見せてくれた。確かに描かれている物と同じ物のようだった。


「どうやら壁の模様に何種類かあって、模様が同じ箇所が散見される。材質は硬い石材のようだな」

「これって何か理由があるのか?」

「分からん!」


 アルの発言に俺はがくっと力が抜けて転びそうになった。


「分かんないのかよ」

「分からんが、分からない事が分かればそれでいい。私はただあるがままの事実を受け入れて迷宮を愛するだけだ」


 アルは壁に手を伸ばして本当に愛おしそうに撫でた。アルの迷宮に対する情熱は本物で、何だか時折愛情のようなものも感じ取れた。


 何故アルはここまで迷宮に夢中になっているのだろうか、そんな疑問が浮かんできて俺はそのまま投げかける。


「アルはどうしてそんなに迷宮に執心するんだ?」


 俺の問いかけにアルは暫く答えなかった。やっとこっちを向いたと思うと一言だけ言った。


「それを私も探しているのさ」


 そう言ったアルの顔は何処か寂しげな表情にも見えた。いつものテンションとはまったく違う反応に、俺は違和感を覚えた。


 だがアルははぐらかすように「今日はもう引き上げよう」と言った。確かにもう長いこと迷宮に潜っていたからいいタイミングではあるのだが、アルの探しているものが何なのか、俺は気になって頭から離れなかった。

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