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裏側にて

 ウィンダム家次期当主であるゲイルは、父親であるデレク・ウィンダムに呼び出されていた。多忙なスケジュールを何とか調整して父親の元へとゲイルは向かった。


「失礼します父上」

「入れ」


 ゲイルは父親の書斎の扉を開ける、多くの本棚と飾り棚が並び、数々の勲章や賞状、栄光を称える記念品がこれでもかと並べられていた。


「座れ」


 デレクの指示は端的で無駄がなく、人間味を感じないものだった。


 高齢となった今も前線から退くことなく、しぶとく国王についていて影響力を発揮している。どの息子達も非常に優秀で、デレクが退いてもまったく問題がないのだが、本人は骨になるまで権力にしがみつく気でいた。


「今回の事、少々派手に動きすぎだな」

「さて何のことやら、父上が仰っしゃられている意味が分かりません」

「白々しい、貴様のそういった性格が儂は好かんのだ」


 デレクは立ち上がってゲイルの向かいに座りなおした。年の割には背筋もしゃんとしており、まだまだ足取りもしっかりとしていた。


「新しく立ち上げたギルド、上手くやっているようだな」

「そうでしょうとも、上手く回るように手配しましたから。もうすでに僕の手を離れていますが、目立った問題もなく運営されています」

「まあそうだろうな、お前はそういう奴だ」


 使用人が運んできたお茶に口をつけてデレクは話を続ける。


「別に儂は他の貴族共との軋轢や諍いなどに興味はない、今回の事でアーチャー家とその親族から突き上げられたが些末な事だ」

「流石は父上辣腕はご顕在ですね」

「ふん。そんな事よりもだ、儂は今回お前がアレックスを派手に動かした事が気に入らんのだ。あ奴に与えた自由は迷宮に関する事だけ、アレックスは国王様にご献上する迷宮の吟味だけやらせておけばよい」


 デレクは苛立ちを隠せず机をとんとんと指で叩いた。静かな書斎に小気味よい怒りのリズムが響く。


「これはまた異なことを、アルが今回取り組んだのは迷宮の環境改善ですよ?十分自由の範疇でしょう?」

「だがくだらんごみ拾いなどという下等な者共など組織する必要はなかっただろう」

「ますます異なことを言いますね、父上は下等と下卑されるが、同じ国に生きる国民ですよ?民あっての国であり王です。貴族はそれの付属品に過ぎますまい」


 ゲイルの言葉に更に苛立ったデレクは、机を叩く速度と音が早くなる。感情をコントロールしているのだろうが、まったく出来ていないのは見て取れた。


「もういい、お前と言葉を交わしても無駄だ。兎に角アレックスには迷宮の方に専念させろ、これは国王様も望まれている事だ」

「それについては僕も異論はありません。現にアルは迷宮に関するレポートのクオリティを維持したままでしょう?国王様からご不満のお声は上がっていません」


 デレクは大きなため息をついて立ち上がった。窓際に立ち窓を開け放ち外の空気を取り入れる、余程頭にきたのか一度体を冷やしたかったようだ。


 ゲイルはそんな父の様子を見て心の中でため息をついた。もう十分老いぼれたのだから一戦から引けばいいものを、何にこだわっているのか分からないが、ゲイルにとって父は目の上のたんこぶだった。


「父上、アルはもう立派な大人ですよ。いい加減自主性をもっと重んじてあげるべきではありませんか?」

「お前に何と言われようとも儂はアレックスに対する態度を改めるつもりはない、あれはその為に作った子だからな」

「道具に意思は必要ないと?」

「いやそうではない、ただ余計な事をさせるなと言っているだけだ。これ以上くだらない友情ごっこを続けるなら儂も考えねばならない」


 デレクの言葉を聞いてゲイルが立ち上がった。父親の隣に立って一緒に風に当たる。


「気持ちのいい夜風ですね」

「不愉快なだけだ」

「奇遇ですね僕も同じ気持ちですよ、例えあなたと言えどアルの友人に手を出すと言うのなら僕にも考えがあります」

「戯言を」

「戯言だと笑っていればよろしい、あなたが棺桶に入る日が早まるだけです。いい加減ゆっくりと眠りたいでしょうから豪勢な物を用意させますよ」


 では失礼とゲイルは踵を返して部屋を出ていった。余計な事をしたら殺すと息子に宣言された父親は笑っていた。


「どうせ儂はじきに死ぬ、その時になってお前も思い知るがいい。アレックスの秘密とその狂気をな」


 そう呟いたデレクは窓を閉めてまた執務に戻った。机に広げられた資料に書かれているのは、とある迷宮の詳細とそこで行われている人体実験についての報告書だった。


 暗号化された報告書を読む為にデレクは眼鏡をかけて本を開いた。解読作業だけでも大変な苦労がかかるが、この狂気の実験に関わり続ける事は自分に課せられた贖罪であり呪いでもあった。




 ゲイルは父の書斎から出てから気配を殺して扉を少しだけ開けて聞き耳をたてていた。部屋を出る際に机の上に広げられた書類を一瞥し、すぐに高度な暗号化が施されている事に気がついたゲイルは、父から何かしら愚痴がこぼれるだろうと予測して待っていた。


 案の定父はポロッと愚痴をこぼした。アレックスの秘密に狂気、それが一体何を意味するものなのか、ゲイルの持ち合わせている情報だけでは分からなかった。


 アレックスの出自には何かある事は分かっていた。あまりにも突然に出来た兄弟である事や、暫く家を離れていた父と母が突然連れてきた子供だったから、不自然な点は多くあった。


 ゲイルはアレックスの出自がどうであれ、同じ家の兄弟としてその存在を愛していた。受け入れて慈しみ、兄として最大限の愛を注ぐことを心に誓っていた。


 アレックスにアルと愛称をつけたのはゲイルだった。いつか沢山の人に囲まれてその愛称で呼んでくれる友達をいっぱい作って欲しいと願いが込められていた。すっかり心を閉ざしきっていたアレックスも、ゲイルが忙しい合間を縫ってふれあいを重ねた事で、ゆっくりとではあるが心を開いてくれるようになった。


 しかしその一方で、ゲイルはアレックスについて調べる事は止めなかった。調べれば調べる程にアレックスについてまわる謎は深まっていった。手繰り寄せては消えて、手繰り寄せては外れを引かされて、一向に確固たる情報を得る事が出来なかったのだ。


 何かがアレックスにはある、しかしそれが分かる事がない。父が関わっているのは明白ではあったが、それだけに手がかりを見つけ出すのも困難であった。


 いくらゲイルが人一倍優秀と言えども、父デレクは魍魎跋扈する貴族間の政争を渡り歩いてきた老獪な傑物であり、隠し事や搦手であればゲイルより遥かに上回る。しかも自分の息子であれば尚更知っている情報は多いので、とても分が悪かった。


 ゲイルは家族の事を愛していた。父の事でさえも愛を持って接していた。やると決めたらやる非情さと同時に、相手の事を尊重し理解し評価する優しさを持ち合わせているのがゲイルの優秀たる所以であった。


 そんなゲイルだが、どうしてもアレックスにまつわる謎が心の内で引っかかっていた。いつか取り返しのつかないような爆弾になるような、そんな気がしてならなかったのだ。アレックスを兄弟として愛しているからこそ、ゲイルはアレックスに懸念と不安を抱いていた。


 そんなアレックスが初めて出来た友人をゲイルに紹介してきた。話を聞いた時にはゲイルは顔には出さずとも心底驚いていた。あのアレックスに本当に友人が出来たのかと信じられなかった。


 友達だというグランについては予めゲイルは知っていた。金を使って情報を集めてアレックスの周辺とウィンダム家について嗅ぎ回っていたからだ、中々に手際がよく、その事に気がついていたのはウィンダム家でゲイルだけだった。


 ゲイルは最初、グランがアレックスの事を利用しているだけだと思っていた。もしかしたら痛い目を見るのではないかと疑っていた。


 しかしその予想はいい意味で裏切られた。アレックスは以前にも増して明るい笑顔を見せるようになり、兄弟に対して一切要求や我が儘を言った事がなかったのに、グランの為にどうしてもとゲイルに頼み込む事さえあった。


 グランの存在がアレックスの有り様を変えていた。そしてついには互いの本音を曝け出し合い友情を深めて、新たな社会の仕組みを作るという大仕事に打って出た。


 アレックスがここまでの自主性を見せる事は今までなかった事だった。グランという友人を得た事で、アレックスは大きく変わり始めていた。そしてゲイルは、それこそがアレックスを知る手がかりになると予感していた。


 実際に対面した際、ゲイルはグランの人となりを知った。学こそないものの聡く、状況から最大限学ぼうとする観察力があり、我を通す為の狡猾さも持ち合わせていた。一見すると歪みある性格に見えるが、根底にあるのは善良さだった。


 グランにならアレックスを任せる事が出来る、ゲイルはその時確信した。だからこそゲイルは特掃ギルドに全力を注いだ。


 アレックスとグランが迷宮にて活動し、その絆を深めていくことがゲイルにとって肝要だった。どんな出目が出るにしても賽は投げられた。ゲイルはアレックスとグランが突破口を開いてくれる事を期待していた。

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