悪巧みの成果 その2
ゲイル・ウィンダム、出会う縁はないと思っていた人物との邂逅に、俺はまだ緊張で固まっていた。
「突然すまなかったね、しかしこうして普通に会合するのにも苦労が絶えないんだ。貴族というのは息苦しくて嫌になるね」
「は、ははは」
なんて返したら正解なのか分からなくて下手くそな愛想笑いを返してしまう。
「君とのお喋りを楽しみたい気持ちは多分にあるのだが、時間も無いしサクサクといこうか。まずは兄として言いたい、アルと友達になってくれてありがとう」
ゲイルさんは躊躇なく頭を下げた。俺は慌ててそれを止める。
「そんな頭を下げられる程のことではありません、おやめください」
「いいやそれは違う、僕にとってこの事実こそが一番君にお礼を言いたい事なんだ。だから感謝させて欲しい」
ニコッと笑ってゲイルさんはそう言った。何だかアルとは違った意味で大変な人だと俺は思った。
「アルはウィンダム家の末子という事になっているが、実のところを言うと僕たち兄弟にも暫くその存在を秘匿されていた子でね、中々心を開いてくれず困ったものだよ」
「そうだったんですか?」
「ああ、まあ貴族の世界では突然実子が増えるってのは珍しい事でもないからね、しかし不思議に思ったんじゃあないかな?父上と母上が子供を作るには高齢過ぎるとかね」
俺はゲイルさんの言葉にドキッと心臓が跳ねた。それはアルの事を買取屋に調べてもらった時に、買取屋から聞いた事だったからだ。
ちらりとゲイルさんの顔を見るが、あの爽やかで輝く笑顔を崩していない。逆にその方が圧になって俺は拳を握りしめた。
「あ、あのすみませんでした」
俺の謝罪にもゲイルさんは笑って返した。
「構わないよ、君が雇った情報収集の為の買取屋は中々優秀だ。意外な所に優秀な人材が眠っているものだよね、僕としても今回身内に取り込めた事は有意義に働いたよ」
やっぱり予想通りにバレていた。ゲイルさんはそれを咎める気は一切ないと、態度で物語っているが、その態度が逆にあまり下手な真似はするなよと警告しているようだった。
只者じゃあない、俺は生唾を飲み込んだ。
「おっと、脅かすつもりはなかったんだごめんね、本当にこの事は気にしなくていいから。僕は純粋にアルに友人が出来た事を喜んでいるんだ、アルが心を開ける人はあまりにも少なすぎるからね」
「いえ、そんな…」
「本当の事さ、アルは生来から孤独的で、おまけにあの特殊な趣味嗜好だろ?人との上手な付き合い方が出来ない質だった。そんなアルに付き合ってくれたグラン君はとても素晴らしいよ、本当にありがとう」
ゲイルさんは相変わらずニコニコとした表情は変えなかったが、少しだけ雰囲気が柔和になった。嬉しいのだろうか、アル以上に感情が読めない人だ。
「さてと、アルについてはこれでお終い。アザレアも元気でいるのを確認できてよかった。引き続きしっかりと面倒を見てくれ」
「キュイ!」
「はい、アザレアの事は本当にありがとうございました」
俺は礼を述べて深々と頭を下げた。話を聞く限り、どうやらアルだけでなくゲイルさんにも色々と動いてもらったようだったからだ。
「ではここからは蛇足の話だ。まずはごみ拾い達の意思統一について、大変よくやってくれた。グラン君のお陰で僕の予想より遥かにスムーズに事が運んだよ」
こっちが蛇足なのかと俺は思ったが、話を止めるまでもないので続けた。
「いえ、それについては用意してもらった現金の力が大きいです。あれで色々な人から協力を取り付けられましたし、何よりごみ拾い達も現状に不満を抱いていましたから」
「だとしても、必要な人に必要なだけの手を回すのはとても難しい事だ。僕はグラン君を高く買っているよ、今回の功労者は間違いなく君だ、自信を持ちなさい」
ゲイルさんにストレートに評価されて俺は嬉しかった。普通これだけ面と向かって褒められると気恥ずかしさが前面に出てしまうものだが、言葉に嘘がないからか、素直に嬉しいと思えた。
「今新設している建物は、君たちごみ拾いとそれに関わるすべての人達の拠点となる、まだまだ決める事は多いとは言え形にはなった。もう覆らないから安心してくれ」
「はい、だけどまだ不安は残ります」
「そうだね、多くの問題点は残されている。しかしどれだけ問題の芽を潰しても、思いもよらない所から芽は生えてくるものだ。出来る限りの事はして心配しすぎる事のないように努めよう」
確かにそれはゲイルさんの言う通りだ、そもそもすべてのごみ拾い達の意思統一が成された訳ではない、反対意見や断固拒否の構えのごみ拾いもまだ多くいる。
しかしそれはすぐに解決する問題ではない、時間が必要な事だ。俺が生きている内には解決しない事かもしれないし、それを分かった上で心配しても仕方のない事だった。
「目下最優先で当たるべきは、新設ギルドの活動内容の周知と冒険者とのトラブルを避ける事だ。僕はここにばかり時間を割く訳にはいかないから、十分注意してくれ」
「分かりました」
「ギルドの名前は迷宮特殊清掃ギルドだ。通称特掃ギルド、君にはここの看板ごみ拾いとして活躍してもらう」
看板ごみ拾い?一体何をすればいいのかと思っていると、ゲイルさんが俺の考えを汲んでくれたかのように言った。
「要するに、君とアルの活動を続けてほしいということだ。アルは迷宮ソムリエとして、君はごみ拾いとして迷宮に関わり続けてくれ。地道な活動が一番必要になる、でもやることは変わらないさ」
「成る程、俺たちが活動して実績を出す程に、特掃ギルドの知名度も上がるという訳ですね」
特に俺とアルならば、普段ごみ拾いが立ち入れないような迷宮にも潜る事が出来る、広報として申し分ないだろう。
「理解が早くて助かるよ、必要な人員はこちらで手配出来る。細かい規定規約などはごみ拾いと識者の会議で詰めさせよう、君が紹介してくれた掃き溜めの店主が、代々から受け継いでくれたごみ拾いの基本理念を把握してくれているお陰で、こちらについても素早く決まりそうだ」
ゲイルさんはちらりと時計を確認すると、慌ただしく喋って支度を整えた。
「では申し訳ないが僕はこれで失礼するよ、グラン君とはまた話したい、すぐには無理だがまた会おう。こっそりと馬車を下りてくれ、実はここが密会場所だったのさ、私はこのまま何事もなく立ち去らせてもらう。後ろに面倒なのが多くいるからね」
馬車の扉が開くと、アルがこちらに手を伸ばしていた。俺はアザレアをリュックサックに戻るように言って背負うと、ゲイルさんにもう一度向き直って礼をした。
アルの手を取って馬車を下りると、付き人の人が丁寧なお辞儀をして馬車はすぐさま走りだした。その後ろを確かに何人かの人が追っかけて行ったので、有名人は大変なんだなあと心の中で思った。
「グラン、何も言わずに申し訳なかった。しかしゲイル兄さんは本来会うのも難しい人でね、勝手ながらこうした形を取らせてもらったよ」
アルが申し訳なさそうに謝るので、俺はそれを否定した。
「いいよそんな事、むしろ会う機会なんて無いと思っていたんだし。直接お礼が言えてこちらこそ感謝したいくらいだよ」
「そう言ってもらえると私も助かる、ゲイル兄さんはいい人だろう?自慢の兄さんなんだ」
そう話すアルの顔は本当に嬉しそうというか誇らしげだった。俺はため息をついてから答えた。
「確かにすごい人だったよ、色んな意味で」
「そうだろう!いやあグランなら分かってくれると思っていたさ!ハッハッハッハ!!」
アルは俺の肩をバンバンと叩いて楽しそうに笑う、俺のすごいの意味がアルのと同じかはさておいて、取り敢えずこの騒動が一段落しそうで俺は安堵した。
時暫くしてこの国に新たなギルドが誕生した。
迷宮特殊清掃ギルド、略して特掃ギルド。ごみ拾いたちの活動の拠点であり、その権利を保証する。迷宮内での活動が法律で認められて、冒険者の存在に怯えたり、少ない稼ぎから兵の為の賄賂を捻出する必要はなくなった。
立ち上げたのは有名な迷宮伯、そしてギルドの後ろ盾となるのは四公爵家の一つウィンダム家、申し分ない箔が付いた組織となった。
冒険の過程で出た迷宮ごみを拾い集め、迷宮内に冒険者達が破棄した物が残らないように務める。環境の悪化を未然に防ぎ、残された武器や薬品で魔物の生態を乱す事を許さない。
志半ばで力尽きた冒険者の遺体を回収し、遺品を出来うる限り集める、申請と本人確認が出来れば遺品と遺体は返却され、何もない場合は遺品は資金に変わり、遺体は丁重に葬られる事となる。迷宮内で魔物の餌となる事なく、僅かながらでも地上に帰る事が出来るのだ。
理念とマナーを徹底させ、新しい人材の育成に積極的に取り組む、迷宮に対するアプローチが冒険者ギルドとまったく異なる、新しい組織がついに完成した。
その裏には、二人の悪友の悪巧みがあった事を世間の人が知る由もなかった。