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悪巧みの成果 その1

「ええい!まったく忌々しい!!」


 ギルド長の部屋でジャクソンから報告を聞いたアーチャー家の長男、跡取り息子であるエドムント・アーチャーは机を拳で強く叩いた。


 アレックスが立ち去ってからジャクソンはすぐに使いを出してアーチャー家に事の顛末を知らせた。自らで判断するには手に余る上に、握られたら厄介な事実を握られてしまった。


 エドムントはすぐさまギルドに赴いて対応に当たる事になった。しかし、報告を聞いて憤慨していた。


 好き放題言われ放題にギルドの痛い腹を突かれた事が問題なのではない、これだけ大仰に動かれていたにも関わらず、情報を掴みきれずにウィンダム家にいいように動かれてしまった事が問題だった。


「これだけ手際よく動いたということは、表立ってはアレックスが動いていただろうが、実際に裏で手回しをしたのはゲイルだ。間違いない」


 ウィンダム家の子らがいくら有能揃いだとしても、その中でゲイルだけは別格であった。今回の事を急いで調べさせても、その痕跡を一切見せなかった所を見ると間違いないと付き合いのあるエドムントは確信していた。


「エドムント様、今回の事いかが致しましょうか?」


 ジャクソンは自分より遥かに年下であるエドムントにとても謙っていた。それだけで力関係がよく分かる程だ。


「うむ、少々取り乱してしまったな。見苦しい姿を見せてすまない。すぐさま使いを出した判断は流石だと言いたい、よくやってくれた」

「滅相もございません。本当は話を聞くべきではありませんでした」

「いやそれは違うな、ウィンダム家の他の兄弟ならいざしらず、迷宮伯と呼ばれる程のアレックスを追い返したとなればもっと問題になっていた。お前の判断は正しい」


 正しいがそれとは別に腹立たしい気持ちをエドムントは必死に抑え込んでいた。


「迷宮内でのごみ拾いの殺害を放置していた事自体はさほど問題にならない、アレックスの言う通り強引な方法では角が立つが、所詮死んでいるのは食い詰めものや浮浪者に近い問題児共だ、言うほど大きな問題には出来ない。しかしこれまで通りの対応をしていては問題になるな」


 元々冒険者のごみ拾い殺しを半ば黙認していたのは、ガス抜きの目的もあった。先程エドムント自身が言っていた事は、本来であれば冒険者にも当てはまる事だった。


 今でこそ迷宮を探索し宝箱や依頼の為に活動するという役割を持ってはいるが、冒険者も始めは、ただの乱暴者や社会不適合者、掃き捨てられた問題児のならず者が多かった。


 傭兵や雑兵等は人の言う事を最低限聞くことが出来たのでましな部類だったのだ、最初期のギルドはそう言った人材を積極的に雇入れ、まずは問題児達の矯正から徹底して行った。最低限戦えるだけの能力や迷宮内でのサバイバル能力を培わせて体裁を整えたのだ。


 それからはひたすらに数に任せた。冒険者を育成して迷宮に送り出し、それを繰り返し、死を積み重ねながら成功例を生み出していった。それまで貴族どころか市井の人々からでさえも批判を集めていたのだが、冒険者達が迷宮から持ち帰る宝物を見て皆態度を一変させた。迷宮を中心とした経済を発展させて、冒険者相手の商売も盛んになった。


 そう言った経緯で冒険者の地位は上がったのだが、常に危険と隣合わせの冒険者達の気性は荒く、冒険を通じて絆を強めるので身内に甘く、外敵にはとことん厳しかった。


 ごみ拾いは身内である冒険者の装備を剥ぎ取りその死を辱める、基本的に気性の荒い冒険者達のガス抜き相手に丁度いい相手だった。身内の為に良いことしていると思うと、冒険者達は勝手に満足するのだ。


 あまりに冒険の成果が上がらずに、金回りが悪いと簡単に暴力に走る。そもそも人より力を持っているのだから、その力を誇示する方向に転びやすい。自分に対して文句のある者は殴って黙らせた方が早いと、短絡的な思考になりがちだ。


 その為冒険者ギルドはその行為をあまり強く規制しなかった。把握している事を匂わせて程々にしておけよという態度を取った。これまでは通用していたのだが、獅子の牙が起こした大問題はアーチャー家でも頭を抱えていた。


 流石に一つも擁護できる要素がない蛮行に加え、獅子の牙は実力者の揃ったギルドでも主力のパーティでもあった。多少素行に問題があったにしても抱えておく他なかった。


 今回はそこをウィンダム家に突かれた。しかも根回しまで完璧な所を見るに全力だ、後手に回った時点でギルドとアーチャー家には勝ち目がなかった。


「こうなっては仕方がない、軋轢は覚悟の上でウィンダム家が新たに作るギルドに声明を出そう。そして冒険者達に通告を出せ、今後迷宮内での殺人の一切を禁止する。もしこれを破る者はギルドから即除名させろ」

「しかしそんな急激な変化をすぐには受け入れられません」

「そんな事は分かっている。だから言っただろう、軋轢は覚悟の上だと。これから暫く眠れなくなる日々が続くと思えよ。一緒に地獄を楽しもうじゃあないか」


 エドムントはそう言うとドサッと椅子に身を預けた。ジャクソンは与えられた指示通りに動く為に部下を呼び寄せ、必要な手筈を伝えると迅速に動くように指示した。


「ああそうだ。お前にアレックスを取り次いだ受付担当、あいつは解雇にしろ」


 エドムントの言葉にジャクソンは驚いて即抗議した。


「お待ちください、彼女は何も悪くありません!彼女を罰するというのならまず私を罰するのが筋でしょう!」

「馬鹿者!そんな事私も分かっている。ただ、今後の対応を厳格化する時の為にも見せしめが必要だ。今回は完全に不意打ちだったから、お前の言う通り彼女に非はない、ないがアレックスを取り次いだことでギルドの仕組みを大きく変えねばならない、その為に分かりやすい羊が必要なんだ」


 ジャクソンはそれでも最後までエドムントに抗議を続けたが、心の底では理解していた。相手はこちらにアポを取らず直接出向いて来た。こちらの都合を丸ごと無視して失礼極まりない行為だった。それが作戦であると理解した上で彼女の取った行動が、どうしようもなかったとしても失敗だったと認めていたのだ。


「分かりました。彼女からは私から話を伝えます」

「ああ、退職金には糸目をつけずよく慰労しろ。特別手当を別途出してもいい、お前の裁量に任せる。彼女は完全に被害者だからな、私からも一筆添えよう」


 エドムントとジャクソンは互いに深い溜め息を吐いた。やるべきことをやる時が来ただけの話ではあるが、この動きについて行くには冒険者ギルドの歴史は深すぎた。利権因習思惑奸計入り交じる沼の中を泳ぎ切るには、相当な覚悟と時間を必要となると分かっていた。




 俺はアルに呼び出されて新たなギルドの建設場所に立っていた。


 忙しなく動き回っている作業員達は、手際もよく活気もあり、とても充実しているように見えた。


 背負っているリュックサックの中でアザレアがもごもごと動いている、恐らく外の楽しそうな声と音に釣られて、自分も翼を広げたくて仕方がないのだろう。俺はアザレアに「もうちょっと我慢」と言って、アンナが焼いてくれた木の実クッキーを上げた。


 アザレアはアンナの作るお菓子が大好物で、これを渡すだけでも大分素直に言う事を聞いてくれる。賢くて理解が早くとも、まだまだ子供なので欲望には忠実であった。


 アルはアザレアも連れてくるようにと言った。一体どんな話があるのだろうかと首を捻っていると、実に大きくて立派な馬車が俺の目の前で止まった。


「やあグラン、待たせたかな?」

「いやそんなに待ってない、ただアザレアが出たがってるから場所を移したい」

「勿論そのつもりだ、だが工事の責任者に挨拶をしてこなければならない。少し馬車の中で待っていてくれ」


 そう言って出てきたアルは工事現場の方へと向かった。俺は馬車に乗り込むのなんて初めてだったので狼狽えていると、お付きの人らしき人が手を貸してくれた。


 中に乗り込むと絢爛豪華な装飾品に、見るからに高そうな革張りの椅子、そして手足を思いっきり伸ばしても余りある広々とした空間で、小さくとも豪華な一軒家かと見紛う程だった。


 俺が恐る恐る椅子に座ると、もう一度扉が開いて誰かが入ってきた。最初はアルが来たのかと思ったら、違った。


 頭から爪先まで全身から高貴な存在感を放ち、どんな動作からも丁寧さや気品を伺い知れる。目の錯覚かもしれないが、背後にキラキラとした光が見えるようだった。乗り込んできた美丈夫は眩しい程の笑顔をこちらに向けて手を差し出すと、自らの名を名乗った。


「初めましてグラン君、私はゲイル・ウィンダム。アルの一番上の兄だ」


 この人がゲイル・ウィンダム、次期ウィンダム家の当主にして国随一の俊才と謳われる人、アルから話は聞いていたが会うことはないだろうと思っていたので、体が固まってしまった。


「キューイ!」


 そんな俺を差し置いてリュックサックからアザレアが飛び出した。俺が「あっ」と言う頃には、すでにゲイルさんの手の中で顔に頬ずりをしていた。


「す、すみません突然!」

「いいんだ、アザレアも元気そうで何よりだよ。私も骨を折った甲斐があるというものだ」


 俺はピィと口笛を吹いてアザレアに戻るように指示した。名残惜しそうにも、アザレアは俺の指示通りに戻ってきて、俺は改めてゲイルさんの手を取った。


「初めましてグランです。アルとは友達です」


 ゲイルさんはまたしても眩しい笑顔をこちらに向けて握手をした。俺はこれから一体何が起こるのかと、内心では冷や汗をかきながら作った笑顔を必死に顔に貼り付けた。

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