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友達との悪巧み その2

 私はグランとの約束を果たすために、貴族が催しているパーティ会場に通い詰めていた。


 堅苦しい服を着て、面白くもないのに笑顔を浮かべ、馬鹿で自尊心だけにしか興味のない貴族に媚びへつらうのは屈辱的だったが、丸め込むのはそれ程難しい事ではなかった。


 ウィンダム家の名前はとても効果的だった。更に私は滅多に社交界の場に顔を見せないだけあって、声をかけずとも人が群がってくる。どいつもこいつも相手にするまでもない愚物ではあるが、金と権力だけは使い道がある。


 そうして冒険者ギルドに多く出資している貴族を中心に、私は自分の顔と名前を売り歩いた。それを見分けるのには、いつだったか私に絡んできた四男のカール兄様を使った。嫌味と権力を笠に着る事くらいしか能がないと思っていたが、ゲイル兄さんの推薦もあり、利用させてもらった。


 ゲイル兄さんが評する通り、カール兄様は貴族の顔繋ぎとしてはとても優秀だった。媚びへつらう笑顔も、鮮やかな手際で回す袖の下も、そのどれもが完璧と言える。何でも使いようなのだなと私はぼんやりと思っていた。


「おいアレックス、何を腑抜けているのだちゃんとしろ」

「これは失礼、少々考え事をしていました」

「まったく、ゲイル兄様直々のお頼みだからお前をこうして連れて歩いてやっているんだ。少しでも真面目な顔して立っておけ、お前は見た目がいいからそれだけで女性は色めく、その分こちらもやりやすい」


 ブツブツと文句を言いながらもカール兄様はやることの手際がいい、確かに私はただ立っているだけで話がどんどん進んでいた。この辺りの手腕をゲイル兄さんは評価しているのだろう。


 カール兄様のお陰で貴族への根回しは大分スムーズに進んだ。お礼を言ったら気持ちが悪いと言われたので、私も同感ですと言ってとっととカール兄様の元も去った。背後でまたぎゃあぎゃあと騒いでいたが、無視して次の行動に取り掛かる。


 裏ではグランが頑張ってくれているだろう、私は表の根回しを頑張るまでだ。しかしこうして二人で悪巧みをすると言うのは心が躍る。私は迷宮内と同じくらいの興奮を覚え始めていた。


 私が次に向かったのは冒険者ギルドだった。冒険者ギルドの後ろ盾として一番有力なのは四公爵家の一つアーチャー家だった。迷宮についての信頼を得ているのがウィンダム家だとすれば、冒険者についての信を置かれているのはアーチャー家だ。


 私は薄汚い冒険者の波をかき分けて受付についている女性に声をかけた。


「失礼、ギルド長の部屋はどちらかな?」

「え?あっ、こ、これは迷宮伯様!ど、どど、どのようなご要件で!」


 女性は私の顔を見て明らかに動揺していた。無理もないかと私は笑顔を作って落ち着くように彼女に言った。


「私はギルド長に用があって赴きました。部屋がどちらにあるか聞きたいだけです」

「あ、え、えっと今ギルド長に確認を…」

「必要ありません。ただ部屋の場所を教えてくれるだけでいい」


 私は早くギルド長の所に話をつけに行きたくて、強引ではあるが更に彼女に対して圧力をかけた。彼女は涙目になりながら案内しますと席を立った。


 彼女の後を歩きながら私は申し訳ない事をしたと思っていた。ただ、今回は仕方がない、なるべくアーチャー家に準備させる事なく会談するのが目的だったので、強引でも事を進めるしかなかった。


「こちらです」


 ギルド長の部屋の前まで案内される、すぐに引き下がろうとする彼女を私は少しだけ引き止めた。


「先程はすみません、少々強引な方法を取ってしまいました。あなたはただ自分の仕事をしているだけ、何も気に病まないでください。私の名刺を渡しておきますので何かあればご相談ください、すぐにご対応させていただきます」


 彼女は私の手から名刺を受け取ると、困った表情のままではあるが言った。


「あの、こちらこそすみません、必要以上に驚いてしまいました。かの高名な迷宮伯様とお会いできて光栄でした。それでは失礼します」


 礼をして彼女は職務へ戻った。実に丁寧で優秀だ。こんな冒険者ギルドの一受付としておくにはもったいないと思った。


 それはそれとして私はギルド長の部屋の扉をノックした。中から返って来た返事に私が名乗りを上げると、バタバタと忙しない音を立てて中から小太りの初老の男性が扉を開けた。


「こ、これは迷宮伯様、よくぞ来てくれました。ささ、中へどうぞ」


 私は脂汗を大量にかいている男性に続いて部屋の中に入った。




「改めまして、私ギルド長を務めておりますジャクソン・ランスと申します。アーチャー家とは親戚に当たりまして、ランス家の者です」


 まどろっこしい自己紹介などいらないと心の中で思いつつ私も自己紹介を返した。


「アレックス・ウィンダム、ウィンダム家の末子です。冒険者ギルドでは迷宮伯の方が分かりやすいでしょうか」

「ええ、その名を知らぬ者はおりますまい。して、今日はどのような御用向きで?予めおっしゃっていただければ歓待の準備をしておきましたのに」


 それでは意味がないのだ愚物めが、私はさっさと本題に入る。


「この前の獅子の牙事件、その後の対応が実に迅速でしたね。とても手際がよくて少々驚いております」


 私の言葉にジャクソンはどばっと脂汗をにじませた。何度もハンカチで拭っているが、一向に拭い切れる気配はない。


「いやはや、本当にお恥ずかしい限りでして、彼らのように優秀なパーティがあのような暴挙に及んでいるとは、私の不徳の致すところであります」

「お気になさる事はございませんよ、彼らのしでかした事の責任は彼らのもの。冒険者ギルドは被害者と言ってもいいでしょう」


 この言葉を聞いてジャクソンの顔が一瞬緩んだ。私はここだと思い畳み掛ける。


「しかしながらですね、私ある噂を耳にしまして。迷宮内での殺人が表立っていないだけで横行しているというものです。冒険者同士のトラブルであってもギルドが仲介して過激な方向に発展しないよう努力していると言うのに、一体誰が被害に遭っているんでしょうね?」


 緩んだ顔が一気に険しくなった。顔が青白く染まっていく。


「ジャクソン様、ギルド長であるあなたはこの噂をご存知でしたか?」

「いえ、それは…」

「ご存知でない?では仔細をご説明しましょう。実は迷宮内にギルドの許可なく潜っているごみ拾いと呼ばれる人達が被害に遭っているそうなのです。しかしそれがいくら違法であっても、殺人はもっと重罪です。冒険者達はごみ拾いを見つけると嬉々として殺人に及ぶと聞いていますが、本当でしょうか?」


 ジャクソンは顔を真っ青にして息を荒げている、小刻みな震えは動揺と混乱をこちらにまで示しているかのようだ。


「し、しかし、それはあくまでも噂でしょう。迷宮伯様がどなたからお聞きになったかしれませんが、あまり本気にされない方がよろしいかと」


 私は彼の反論を聞いておっと思った。ここまで震えきった状況でもまだ言い返してくる気概がある、伊達にギルド長を任されている訳ではなさそうだ。


「その通りですね、証言も出てきませんし迷宮内での出来事が明るみに出る事は少ない、噂に尾ひれがついているのでしょう」

「その通りです。確証もないのに冒険者を非難するのはやめていただきたい」

「ええ失礼しました。所で話は変わるのですが、私この度新たに迷宮内での活動を行う組織を立ち上げる運びとなりましてね、冒険者とは違ったアプローチでの迷宮内での活動を目的としています」


 寝耳に水だと言わんばかりの顔でジャクソンは私の顔を見ていた。


「活動目的は迷宮内で冒険者達の出す廃棄品や放置される物の回収を目的としています。また討伐するだけして放置される魔物の死骸から素材を集めたり、志半ばで倒れた冒険者の装備品や道具を集める事をやろうと思っています。並行して遺体の引き上げも行おうかと思っておりまして、冒険者の遺品は希望があれば返却するつもりです」

「そ、それは!」

「何か?」


 私は自分の言葉を切ってジャクソンの言葉を待った。


「それは既存の仕組みをあまりに大きく変える事です。少々性急に事を進めすぎでは?遺体や遺品の引き上げについても、冒険者達が護衛の任について収入源にもしています。些か越権が過ぎますぞ」


 ジャクソンの言っている事も尤もであった。少々気迫に欠けるが、思考力自体は問題なさそうだ。だが、惜しむべきは余り権限を与えられていないという事だろうか。


「ええ、ジャクソン様の仰る通りです。しかしもう他の貴族様方からご支援も頂いておりまして、後は国王様のご採択を待つばかりなのです。水面下で事を進めるのには苦労しましたが、何とかアーチャー家に気取られずに進められたようでよかった。ジャクソン様、私の言っている意味が分かりますね?」

「あ、ああ、あ」


 私の言葉にジャクソンは力なくうなだれた。青白い顔が更に白くなって、もう脂汗も出ない、私は席を立ってジャクソンに声をかけた。


「ごみ拾い殺しの証拠、揉み消しきれるとは思わない方がいい。情報はもう大分ばらまきましたので、別の方向で対応するのをおすすめしますよ。私達は仲良くやれると思いませんか?」


 私は部屋を出る前にジャクソンの肩をぽんと叩いた。そして軽やかな足取りで部屋を出て廊下を歩く、仕込みは上々だ。グランの方は上手くいっているだろうか、いやグランの事だから上手くやるだろう、なにせこの私が認めた親友なのだから。

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