改めて友達
自分なりのけじめをつける事が出来た。アルとの関係もしっかりと清算できたと思う、その上で言っておかなければならない事があった。
「アル、俺はごみ拾いはやめない。金が必要だからだ」
それだけはやめられない、はっきりとさせておかなければならない。
「孤児院の事か?」
「そうだ、後個人的な復讐の為でもある。引き続き協力して欲しい」
そしてこれを宣言した上で提案しなければならない。
「ただし、ごみ拾いの現状を良しとはしない。今のまま不法な行為を続けていたらまたこんな事件が起きると思う。だから知恵を貸してほしい、どうすればいいと思う?」
このままごみ拾いと冒険者のわだかまりを残し続ければ、いずれ新たな獅子の牙が現れるだろう。俺たちは問題を先送りにしすぎた。いずれ破裂するだろうと思いながらも現状を変えられないと諦めてきた。
それが今回のような出来事を招いた。それをどうにかしたいと思っていた。
「そうだな、私としてはごみ拾いという役割は迷宮内にあってもいいと思っている、だから出来る限り協力させてくれ」
「あれ?そうなのか?」
「うむ、グランにははっきりと言っておこうか、私は冒険者が嫌いだ。迷宮に関して言うのなら濁りのように思っている」
これはまた少し意外な意見だと思った。アルからすればごみ拾いの方が濁りじゃないのだろうか。
「でも冒険者達がいないと迷宮での発見物はないだろう?王国としては冒険者は言わば鉱脈の採掘者みたいなものじゃないか?」
「言い得て妙だな、確かに冒険者達はこの国の経済と金を支えている。しかしそれは国の都合であって、迷宮の都合ではない」
俺はああと思った。つまりアルはいつものように迷宮目線でものを見ている訳だ。なら言いたい事も何となく見えてくる。
「つまり迷宮が冒険者によって汚されるのが不満な訳だ」
「まさしく!流石グラン!我が親友!よく分かっているではないか!」
アルと出会った時にごみ拾いだと名乗ったら甚く感銘を受けていた。迷宮内の美化に従事していると信じていたからだ。
「冒険者達は、迷宮に入り宝箱を漁り目的の魔物を討伐する。まあここまではいい、迷宮利用の形の一つだ。しかしあまりにマナーがなっていない、例えば持ちきれなくなったからと言ってその場に物を捨てていったりな。冒険者によくありがちな行動の一つだが、迷宮に落としていった物は消えない。残り続けるのだぞ」
そう言えば迷宮内で物が消えていることは一度も経験した事がない、自然消滅したらおかしいのだが、少し引掛っている事だあった。
「迷宮って自然と元の形に戻るんだろ?何で物はそのままなんだろう」
以前氷麗の迷宮へと連れて行ってもらった際にアルからそう聞いていた。迷宮は自己修復すると、なら落ちている物なども異物として排除しないのだろうか。
「いい着眼点だよ、君は実にいい所に目をつける。答えは迷宮にとって、持ち込まれた道具や生み出された宝箱、そこに生きる魔物の死骸や素材、それらがすべて自分の一部ではないからだ」
「どういう事だ?」
「迷宮は確かに傷ついた箇所が時間経過で修復される、壁の傷や床の穴、破壊された罠や仕掛けとかだな。それらは言ってみれば迷宮の一部で、生き物のように傷を修復する仕組みと似ていると私は考えている」
アルは立ち上がって高らかに両手を上げた。
「迷宮はそうして自らの形を保つ、しかし宝箱から出てきた物や冒険者達の持ち込んだ物は、迷宮が生み出した物ではない、自分とは違う物は直せないという訳だ。だから捨てれば捨てる程物は積み重なっていく。死骸は魔物によって綺麗に掃除されるが、鎧や剣はそのまま残るだろう?」
確かに言われてみるとそうだ、そもそもそれを拾い集めていたのがごみ拾いな訳だし、主な収入源だった。俺たちは迷宮の仕組みによって金を稼がせて貰っていたのか。
「私の懸念する事が分かるだろう?今回の事でごみ拾いが減ってしまうと迷宮が汚れていく、しかもそれは多くの冒険者が出入りする迷宮程傾向が強い、要は初心者から中級者向けの迷宮にごみは多いんだ。君たちの主な活動場所と重なるだろう?」
「まあ俺たちは魔物と戦えないからな、魔物が弱くて逃げやすく隠れやすい場所が好まれる、人の出入りが多いから忍び込む隙も多いしな」
「実に合理的だ。恐らく経験の積み重ねと情報の共有によって磨き上げられてきたのだろうな、この技術を失わせるには惜しい」
アルはそこでだと言って机を叩いた。
「ごみ拾いの存在を国に認めさせようではないか、ルールを明文化して、商売として成り立つ事を主張する。冒険者ギルドならぬ、ごみ拾いギルドを打ち立てるのだ!」
俺はアルの主張をぽかんと口を開けて聞いた。そんな俺の様子を見てアルは眉を顰める。
「どうした?何か問題があるか?」
「問題というか、荒唐無稽すぎて何とも言えなくて…」
ちっちっちとアルは指を振った。久しぶりに見たうざい行動に懐かしい苛立ちを覚える。
「それが案外荒唐無稽でもない、私に考えがあるんだ」
「本当か?俺には問題が山積みに思えるけどなあ」
「ではグラン、問題を上げてみるがいい、この私が悉く論破してあげようではないか」
アルは胸を張って鼻を鳴らした。随分自信満々なようだから俺も気合を入れて問題点を探す事にした。
「まず法律、冒険者と同じように迷宮に潜る為に許可を取るには金がいる」
「問題ない、何故あれだけ料金が高いのか、冒険者ギルドは利権にがんじがらめにされているからだ。つまり中抜きが横行している。凝り固まった組織は変え難いが新しい組織はしがらみがない」
「新しい組織?」
「私とウィンダム家が後ろ盾となりごみ拾いに特化した組織を編成する。勿論友人として君にも協力してもらう」
「はあ!?」
あまりにも突然の申し出に思わず大声を出してしまった。咳払いを一つして取り繕う。
「そんな簡単に作れる物か?」
「簡単な事ではない、努力がいる、様々な根回しも含めてな、でもやる価値がある。君にとってもな、違うか?」
本当にそれが実現するのなら価値はある。俺たちごみ拾いにだって流儀や仁義があった。それが後ろ盾を得て大義となるのなら、心に刺さる卑屈の棘も抜けるかもしれない。
「冒険者とのわだかまりはどうする?根深いぞ」
「そうだな、改善が必要だろうな。迷宮内で殺人が行われていたのなら大問題だ。これは対冒険者ギルドにとって切り札になり得る」
ここで俺はアルが言っていた事を思い出した。迷宮内での殺人は犯罪だと、それを見過ごしていた事、いや敢えて見逃していた事は大きな問題だ。冒険者ギルド側が把握していない筈がない。
「しかしこれについては簡単に決着しない、ギルド側の後ろ盾は実質国だ。揉み消しは容易い、ごみ拾いに従事している人物層もあってな。すぐには解決しない事ははっきりしている」
これ以上机上の空論を続けても仕方がないということか、俺は切り替えて別の質問をする。
「他の回収業者もいる。ちゃんと商売としてやっている人達だ、どう配慮する?」
「丸ごと抱き込む、そもそもそいつらは常に冒険者の護衛付きだ。出費に対して割に合わないんだよ。ごみ拾い達が築き上げたノウハウがあれば口説き落とせる」
「そんなに上手くいくか?」
「後出しで申し訳ないが、回収業者については私の長兄の管轄なんだ。つまり国王の口利きも期待できるからほぼ確実だ」
そう言われてしまうと俺から口出し出来る事がなくなってしまう。
「ル、ルールはどうやって決める?俺たちはこうして集まる事はあっても、手の内をさらけ出し合う事はなかった。音頭はどうやって取るんだ?」
「難しい問題だ、商売敵達をまとめ上げるのだからな、そして今までの活動をルールを作って縛る。しかしやらねば死ぬぞ無意味にな、今回の獅子の牙が起こした事件で、皆が身に沁みて感じたのではないか?」
ぐうのねも出ない、その通りだから。俺も今回殺されそうになって感じた事がある、圧倒的な戦力差、絶望的なまでにごみ拾いと冒険者は力の差があった。精々逃げ回るので精一杯なごみ拾いに対して、冒険者達は命がけで戦い糧を得る為に研鑽を積んでいる。敵う要素なんて何処にもないのだ。
ならば団結するしかない、アルの言う通りやり方を変えて日陰者から日の下へ出なければならないだろう。それはブレットの死によってごみ拾い達に印象付けられたと思う。
「さあグラン、どうする?この悪友と共に悪巧みをするか?それとも問題を置き去りにして今まで通り自分だけ安全な場所にいるか?」
アルは意地悪そうににやりと笑った。それはまるで、いたずらを企む子供のようで、そして俺に道を選ばせる大人のようで、どこかブレットの面影も感じさせた。
「ブレットの命を無駄には出来ない、俺もやるよ。何処まで出来るか分からないけれど」
俺はアルに向かって拳を突き出した。アルは嬉しそうに拳を合わせて笑った。俺たちは改めて友達となり、そして自分たちの形を模索していく、それぞれの目的とやりたい事に向き合いながら。