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後味の悪さとけじめ その2

 俺はアルを連れて誰もいない掃き溜めを訪れていた。


 ここに来るまでに大いに気を揉んだ。決してアルの存在を気取られてはならない、それはアルにとって絶対に有益ではないからだ。


 人のいない道、気配のしない場所、裏の裏の道をなぞるように歩いた。何も聞かずについてきてくれるかとアルに聞いた。彼の答えは勿論と一言だった。


 まるで野良猫のように様々に渡り歩いて掃き溜めにたどり着いた。互いに席に着いて、俺は話を始めた。


「前にも言った事があると思うが、俺はごみ拾い、卑しい卑しいごみ拾いだ」

「確かにそう聞いたな」

「ごみ拾いの意味、本当に知らなかったのか?」

「ああ、その時は本当に知らなかった。偽ってほしくないようだから、私も嘘偽りなく話そう」


 アルはこの話し合いの真意を汲み取ってくれているようだ、察しのいい奴だ、少しだけありがたかった。


「じゃあ今なら分かるな、俺の言ったごみ拾いという存在が」

「…あの殺人鬼を捕らえる作戦の過程で、私も状況を多く調べる必要があった。殺された被害者とその身分職業、迷宮内で起きたという事実、ここから目を背ける訳にはいかない。私は迷宮を愛し愛される者だからね」


 俺の予想通り、アルがごみ拾いについて詳しく知ったのはその時か、それまでは本当に純粋に迷宮内の美化活動に取り組んでいると思っていたのは、何と表現していいか分からないが。


「俺たちは本来、迷宮にいちゃいけないんだ。だからあの捕まった冒険者達の言っている事は間違っていると俺には言えない」


 迷宮は管理されている、特にこのクローイシュ王国ではそれが顕著だ。冒険者達はその恩恵を享受し、冒険の成果によって国に報いる。その図式に逆らっているのだから、やっぱり彼らを否定する言葉は見つからない。


「理屈だけで語るのなら、確かに君の言う通りだ。ごみ拾いは認められていない違法行為を行っている」


 アルは俺の言葉に頷いて同意した。


「俺がアルに近づいた理由は、その方が金になる上に安全に迷宮内へと侵入出来るからだ。アルと一緒になら迷宮への出入りは自由自在だった。俺はアルが言う友情を利用する為に一緒にいた」

「付け加えるのなら魔物の脅威からも守ってくれるといった所か?」


 俺は黙って頷いた。


「俺はアルが気に入らなかった。迷宮を我が物顔で歩いて周り、値千金を無駄にする。金がいらないと言った言葉は、金が欲しくてごみを漁る俺にしてみれば許せなかった」

「そうか、気がつく事が出来なくてすまなかった。しかし私の意見は変わらない、私は金が必要で迷宮に潜るのではない、迷宮の素晴らしさを探究し、世に広める為にそうしている」


 その純粋な思いはこれまで行動を共にしてきたから分かる、アルの迷宮にかける情熱は俺が一番近くで見てきた。


「俺はアルの事を利用できるまで利用してやろうと思った。それに勝手にアルについての情報を集めたし、その権力を利用した。アザレアの事はアルならば何とか出来るのではないか、そういう打算がなかったとは言えない。俺はアルを利用して我が儘を通したんだ」


 アザレアは今や大切な家族の一員だ。だけどあの時の対応で、正しい事を言っていたのはアルだと思っていた。俺は命を見捨てたくないという理想をアルに押し付けて後始末までさせた。


「極めつけは今回の事だ。俺一人の力では絶対に解決する事は出来なかった。あの冒険者達は手練で、俺が弄する小細工なんてねじ伏せられる。だから自然とアルの戦力を作戦に組み込んだ。あの時も言ったように巻き込む事を前提に入れていたんだ俺は」

「そうだな、何処まで準備できたとしても、最終的には君の力だけではどうする事も出来なかっただろう。刺し違えるか犬死にするかどちらか一つだ」


 まったく反論の余地もない、俺は個人的な復讐を友情を担保にしてアルを利用した。その事実が、ずっと頭と心から離れなかった。


 謝って済む事とは思わない、だけどきちんとけじめをつけるべきだと思った。アンナの言った通り罰が当たった。神父様がよく口にする罪の意識が俺を苛んだ。俺は頭を深々と下げた。


「謝って許してもらおうなんて思わない、だけど謝らせて欲しい。ごめんなさい、アルの言ってくれた友情を、寄せてくれた信頼を利用した。俺の行いは最低だった」


 この謝罪に意味があるのか分からない、だけどけじめをつけなければ、もうアルとは一緒にいられないとそう思った。


「謝罪を受け入れよう、では次は私の番だな」

「えっ?」


 俺が顔を上げると、今度はアルが深々と頭を下げていた。


「実は私も君を利用していた。隠し事をしながらだ、本当に申し訳ない」


 思いがけないアルの謝罪を聞いて、俺は目を丸くして驚いた。




 アルは謝罪して頭を上げると、俺にその理由を説明し始めた。


「利用と言うと語弊があるかもしれない、兎に角私は君と一緒にいる事が利益となっていたんだ。迷宮ソムリエの活動としてな」

「う、ううん?」

「まあ分からないよな、そうだな、調べたのなら私が四公爵家の人間なのは知っているな?」


 俺は頷いた。


「クローイシュ国王は迷宮に大変感心を持たれている、迷宮に備えられた罠、凝らされた装飾、常識では計りきれない超常の現象、それらの情報や仕組みを楽しまれているんだ」

「楽しむ?」

「そうだ。かの王は迷宮を研究発展利用を目的ともされてもいるが、様々な迷宮の細かな情報を楽しんでいる。そう、さながら葡萄酒の銘柄や味風味を吟味するかのようにな」


 国王、俺からしてみれば天上人だ。名前を出されても中々ピンとこない、しかし何となくアルの役割が分かってきた気がした。


「迷宮ソムリエって、王様の迷宮についての要望に応える役割だったのか?」

「そうだな、言葉のままを言えばそうなる」


 謎だった言葉の意味がやっと判明した。迷宮ソムリエは王に近しい貴族としての役割だった訳だ、買取屋の情報でもクローイシュ王国が迷宮に力を入れているというのは知っていた。他の国を知らない俺からしてみれば、この情報で得られる物は少なかったのだが、アルの説明でようやく合点がいった。


「ウィンダム家の父上と長兄は四貴族の中で最も国王に近しくされている、まあ兄のおまけで父上がいるようなものだが、これは関係ない事だからここまでにしておく」


 買取屋の話では、ウィンダム家は子が多く、誰もが優秀で国の為に働いていると言っていた。その中でアルの役割は迷宮だったという訳だ。


「じゃあ、アルがよく迷宮内でやる奇行もその為の行動なのか?」

「奇行?」

「ほら、いきなり服を脱ぎだしたり、壁や床を舐めてみたり」

「奇行の意味は分からないが、あれは私の純然たる趣味嗜好だ。まあ仕事の役にも立ってはいるがね」


 俺は改めて絶句した。あの行動に趣味以上の意味がなかったなんて、やっぱり変態は変態なんだなと思った。


「そういう訳で私は私の目的の為に迷宮に潜っていた。君に出会うまで一人でな。だけど君と出会い、迷宮内での活動理由にも様々な事があると知った。それまで私は冒険者か迷宮を使って商売をしている者しか見たことがなかったからね、グランとの出会いは刺激的だった」


 俺もあれほどの刺激、いや衝撃的な出会いはこの先もうないと思う。アルとは違う意味合いだと思うが。


「君は私の一挙手一投足に打てば響くよう反応してくれた。それまで一人でしか迷宮を見てこなかった私にとってそれがどれだけ刺激的だったか分からない、この経験のお陰で私の迷宮探究はますます厚みを増した。実の所、君と出会った後の方が、私の迷宮レポートの評価が高くてね、特に国王様は満足していられるよ」

「そ、そうなのか?」

「そうともさ、君を通して見る迷宮は実に新鮮だった。君は迷宮内をとても細かく見て回る、危険になるものを避け、時に利用し、魔物の習性を把握して同士討ちを狙ったりする。私に足りないものを補ってくれる最高のパートナーだ」


 そう言われると、何だかちょっと照れてしまうな、俺は頭を掻いて誤魔化した。その行動のどれもが、ごみ拾いで培ったスキルなだけに自慢できるようなものではないのだが。


「だから、君に高らかに友情を語った癖して、私も君の存在を利用していたんだよ。君と私は、もしかしたら初めて会った時からとても打算的に関係を続けていたのかもしれないな。それを友情とは呼べないのかもしれない」


 アルはそう言うと立ち上がった。もう一度俺に頭を下げて言った。


「改めてお願いしよう、私の初めての友人になってくれないか?君とまた一緒に迷宮へと潜りたい、まだまだ見せたいものが沢山あるんだ」


 そうしてアルは俺に手を差し伸べてきた。俺は取り敢えず頭を上げさせて言った。


「そう何度も頭を下げるのはやめてくれ、このままじゃ互いに謝りつづけてしまうだろ?」

「では、どうすれば」

「決まってるだろ?」


 俺はアルの手をがっちりと握って言った。


「喧嘩をしたら仲直りするんだ。それが友達ってもんだと思う」


 アルは感激のあまり俺の事を抱きしめてきた。馬鹿力で抱きしめてくるので息苦しかったが、同時に心の中でほっとする気持ちもあった。


 息ができなくなる前にアルの体を叩いて離してもらう、もう一度握手をし直して、俺たちはようやく本当の友達を始めることが出来た。

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