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後味の悪さとけじめ その1

 街中を歩いていると新聞を売り歩いている人に出会った。一面が気になったので俺は一部買った。


「実力派冒険者パーティ獅子の牙が迷宮内で大量殺人か、解決したのはかの有名な迷宮伯、冒険者の暴挙に対してギルドは声明を…」


 新聞を読んでいくと、どうやらあの集団の名前は獅子の牙と言って、構成メンバーは冒険者ギルドでも屈指の実力者達だったそうだ。


 凶悪犯を見逃していたとギルドは非難され、迷宮伯アレックス・ウィンダムは事件を解決したとして大いに持て囃されていた。しかし記事の何処にも、誰が殺されたかは書かれていなかった。


 犠牲者であるごみ拾いを擁護する訳にもいかないのだろう、最大限濁して書かれていて、被害者が誰なのかは分からなくしてあった。


 俺は新聞をゴミ箱に突っ込んで捨てると、目的の家の前に急いだ。


 扉をノックすると、中から女性の声が返ってきた。パタパタと足音が聞こえてきてがちゃりと扉が開かれる。


「どちら様、ってグランじゃない!久しぶりね!」


 中から現れた女性は嬉しそうな顔で俺の肩を叩いた。明るく美人で器量がいい、ブレットとは似ても似つかない人だ。


「エマさんご無沙汰してます」

「堅苦しい事言わないの、さ、入って入って。お茶でも入れるから」

「いえ、そこまでは」


 家の中までお邪魔する気がなかった俺がそう言うと、じとっとした目でエマさんは俺を見た。


「なあに?私の入れたお茶が飲めないって言うの?」

「そういう訳では」

「変な遠慮はいいから入りなさいな、もてなされるのも礼儀の一つよ」


 俺は半ば強引に家の中に招き入れられた。この人は変わらないなと思いながら俺はお言葉に甘える事にした。




 出されたお茶とお菓子を頂きながら、俺はエマさんに今更ではあるが聞いた。


「急に来てしまって大丈夫でしたか?」

「いいのいいの、旦那は仕事だし子どもたちは学校行っているし、私一人で暇してたぐらいよ」


 エマさんはそう言って笑った。


「で?訪ねてくるなんて本当に珍しいじゃない、また父さんのおつかい?」


 俺がエマさんと面識があるのは、ブレットに頼まれて度々会いに行っていたからだった。手紙や金など、何かの記念の日には花を持たされて行った事もあった。旦那さんと鉢合わせた時は凍りついたが、エマさんの一声であっという間に解決した。強い人である。


 今回もおつかいと言えばそうだが、気が重くて勇気を出すのにも時間のかかったおつかいだった。だけどこれは、ブレットに恩のある俺がやるべき事だ、どれだけ辛くとも伝えなければいけない事だ。


「エマさん、これを」


 俺はポケットからブレットのペンダントを取り出した。ちぎれてしまったチェーンはアルに紹介してもらった店で取り替えて貰った。トップについた血のついた汚れも綺麗にクリーニングしてもらって、新品同様の輝きを取り戻していた。


「これは…父さんにプレゼントしたペンダント、何でこんなに綺麗に…」


 そこまで言ってエマさんは何かを察したように口に手を置いた。聡明な人だから俺がこれを持ってきたというだけで大体は分かってしまうのだろう、ブレットの身に何が起きたのかを。


「そっか、そういう事なのね。これを綺麗にしてくれたのはあなた?」


 俺は黙って頷いた。


「ありがとうグラン、辛い思いをさせちゃったわね。お金もかかったでしょう?今持ってくるから」

「いえ、いいんです。それぐらいはさせてください」


 代金なんて受け取れない、俺はエマさんを制止すると、もう一個別の物を鞄から取り出した。


 それはブレットの愛用していたナイフと、ちぎれたチェーンだ。


「エマさん、長い話になりますが聞いてください。俺がちゃんと全部話せるように」


 それから俺は事の顛末をゆっくりと噛みしめるように話し始めた。途中で何度も言葉が詰まってどう言ったらいいのか分からなくなった。鼻の奥がツンとして、何度も下を向いてしまった。だけどエマさんは黙って最後まで聞いてくれた。それが本当にありがたくて救いだった。




 俺が話し終えると、聞き終えたエマさんは大きくため息をついた。手慰みにペンダントをいじりながら話す。


「そんな事があったのね、グランも大変だったでしょう?」

「いや俺なんか別に」

「嘘ね、これだけの事したのは父さんの為でしょ?あなた義理堅いから」


 確かにそれはエマさんの言う通りだった。ブレットの死は俺にとって衝撃的なものだったと今になって思う、何故ブレットは死ななければならなかったのか、それを知りたいと思った。


 知った所で碌でもない結末しか待っていないとは思っていた。それでも知らなければと思ったのだ、最後まで彼がどう生きたのかを。


「父さんらしいわ、何だかんだで面倒見のいい人だったから」

「ですね」

「でも私は、父さんにずっとごみ拾いを止めて欲しかった。そう生きると決めたのは父さんだけど、私から離れて行ってしまったから、憎くも思ったの」


 何も言えなかった。俺の言葉では何を言っても軽すぎる。


「あーあ、そっか。死んじゃったのね父さん。まったく最後まで勝手なんだから、孫の面倒だってもっと見て欲しかったし、旦那の事だってもっと知ってもらいたかったのにな。私の愚痴に付き合わせたかったし、お祝いだって…」


 エマさんが手に持っているペンダントに涙の雫が落ちた。俺が顔を上げると、エマさんは涙を流しながらも気丈に振る舞っていた。


「グラン、気に病んじゃ駄目よ。父さんは最後まで自分らしくいたと思うわ。娘の私が言うんだもの、きっとそう」

「そうですね、そう信じます」

「うん、それでいいの。ね、ペンダントの事本当にありがとう、直してくれなくてもよかったのに」

「いえ俺がしたくてしたことですから」


 エマさんは血で汚れたちぎれたチェーンも受け取ると、残ったナイフの方は俺に手渡した。


「これはあなたが持っていて、形見分けよ。父さんもあなたに使われるなら喜ぶわ。代わりと言っては何だけれどこのちぎれたチェーンの方は私が貰ってもいい?」

「それは勿論、でもいいんですか?」

「ええ、私があなたに受け取って欲しいの。きっと父さんもそう思っているわ」


 エマさんはそう言ってにっこりと笑った。俺はナイフを受け取ると、大事に鞄の中へと仕舞った。


「ねえ、グランってデイビッド神父様の孤児院にいるのよね?」


 その事は一度だけエマさんに話した事があった。覚えているなんて少し驚きだ。


「そうです。よく覚えてましたね」

「これでも記憶力は良い方なのよ、それでねちょっと相談があるんだけど」


 エマさんは俺に近くに来るように手招きした。俺はそれに従って顔を寄せると、耳打ちされた内容を聞いて承諾した。


「分かりました。神父様にお願いしてみます」

「何から何まで悪いわね、でもお願い」


 俺はエマさんに挨拶をすると、家を出た。扉を閉めた後、家の中からすすり泣く声が聞こえてきて、どんどんそれが大きくなっていった。俺はこれ以上聞いていてはいけないと思い、急いでその場を離れる事にした。




 神父様は俺から話したエマさんの提案を快く受け入れてくれた。準備が進められてその日は訪れた。


 ブレットの為に神父様は祈りを唱えてくれた。墓穴には何も入れる事が出来ないけれど、エマさんがそうしたいと願った。


 葬儀はしめやかに執り行われた。参加する者は少ない、俺とエマさん、手伝いに来てくれたアンナ、お忍びで来てくれたアル、そして掃き溜めのマスターがごみ拾い達を代表して来てくれた。


「無理を言ってしまってごめんなさい神父様」

「いいえエマさん、無理な事などございません。死者の魂は慰められるべきなのです。そしてそれは、何も死者の為だけではございません。残された者後を託された者、死を悼むすべての者の慰めが必要なのです。祈りましょう、か細く頼りなくとも、きっとあなたの大切な御人に届く筈です」


 エマさんは神父様と共に祈りを捧げていた。神様がいるのなら、この時ばかりは願いを聞き届けて欲しい、俺もそう願って空っぽの墓に祈りを捧げた。


「葬儀だというのに、些か寂しい人数ではないか?」

「仕方がないよ、ブレットは最後までエマさんに迷惑だけはかけたくないって聞かなかったから。それよりアル、無理言って来てくれてありがとう」


 本来であれば、アルはこの場に居ること自体駄目な立場である人だろう、本人は何でもない顔をして快諾してくれたが、極限まで自分の存在を誤魔化そうとしている服装を見れば俺でも分かる。都合が悪くとも来てくれたのだと。


 それもこれも俺からアルに伝えなければいけない事があったからだ。けじめとしてはっきりさせておかなければならない事があった。


 俺は事前に相談していたようにマスターに声をかけた。


「今からいいかな?」

「どうせ今日は店じまいさ、好きに使いな」


 俺はアルを連れ立って掃き溜めへと向かった。ごみ拾いとは何なのか、今まで自分がどうしていたのかはっきりさせる必要があるからだ。

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