ごみ拾いの逆襲 その2
アルの大立ち回りが終わったのを見計らって、俺とアザレアはひょっこりと顔を出した。すっかり静まり返っていて薄暗い。
そして闇の中からアルがぬっと現れた。手には最後に仕留めた冒険者を掴んで引きずっている。
「終わったのか?」
「全員片付けた。死んではいないからグランも手伝ってくれ」
アザレアに再びリュックサックに入る様に指示をして俺はアルの元に向かった。
俺はアルと一緒に無力化した冒険者パーティを一処に集めた。確かに死にはしていないが、全員大怪我を負っていた。俺を最初に襲おうとした男は、顔の火傷だけではなく全身を強く打ち付けたようで所々骨折をしていた。
合計六人の冒険者達は一様に痛みに呻いていた。手足を縛ったりする必要があるかと縄を持ってきていたが、誰一人として立ち上がってくる者はいなかった。
アルは懐から何か薬の瓶を取り出すと、一人の冒険者の髪の毛を掴んで顔を上げさせて口に入れた。
「飲み込まなければ今ここで私が殺す。安心しろただ痛みを取るだけの薬だ」
気迫に押されて薬を口に含まされた冒険者はゴクリと飲み干した。飲んだ瞬間に苦しみ悶たが朦朧としていた意識が戻ったようだ。その様子を見せられた他の冒険者達は怯えながらも薬を飲むしかなかった。アルは恐らく言う事をスムーズに聞かせるように、見せしめの為一人に飲み込ませその様子を見せたのだろう。
全員悶ながらも意識を取り戻し痛みも取れたようだ。口がきけるようになったのを見計らってアルがそれぞれに聞いた。
「お前たちが最近迷宮で人殺しをしている冒険者パーティだな?」
しかし全員その問いかけには答えようとしない、それはそうかと俺が思っていると、アルがため息をついて一人の指の骨をぽきりと折った。
「薬で痛みはないだろうがこのまま黙り続けるならお折る骨がなくなるぞ?そうしたら私はどうするだろうな?言っている意味が分かるか?」
痺れを切らして一人の冒険者が声を出した。
「分かった認める!認めるからこれ以上は勘弁してくれ!」
「おい!」
それを咎める冒険者の顔をアルが蹴飛ばした。
「続けろ」
「確かに俺達がごみ拾いを殺していた!認めるよ!」
冒険者は目から涙を流しながら叫んだ。自分が絶対的な暴力によって支配下に置かれている事を自覚したのだろう、連鎖するように他の冒険者達も涙し始めた。
「一応弁明を聞いてやろうか、何故こんな事をした?犯罪だってのは分かっているな?」
「そ、それは」
「私達はそいつに集められたのよ!」
そう指摘されたのは最後にアルが引きずってきた冒険者だった。ぎりぎりと歯ぎしりをして吠えた。
「テメエら俺の事売りやがったな!!」
「黙れ!逃げ出そうとした癖に!」
「そうよ!一人だけ出てこなかったじゃない!」
冒険者達の醜い言い争いが始まった。誰のせいだお前のせいだと大変騒がしく収集がつかなくなってきた。そんな状況でもアルは冷静だった。
ダンッと軽く地響きがする程足を鳴らした。散々痛めつけられた冒険者達はそれだけで黙りこくった。恐怖が蘇ってきたのだろう、小刻みに体を震わせている。
「埒が明かないからお前だけに発言を許可する。他の者は私の許可なく喋るな」
静かになった所でアルは聞いた。
「何故殺人を行った?」
「…最初はただ偶然だった。一人のごみ拾いを見つけてそいつを殺したのが始まりだった」
続けろとアルに言われて男は語り始めた。
「そいつは死んだ冒険者の装備を根こそぎ剥ぎ取っていた。それこそ着るものに至るまで全部だ。そうして冒険者の死体を素っ裸にして転がすと、そいつは次にその死体に向かって唾を吐きかけたんだ。恨み言を呟きながらな、頭にきた俺は当時いたパーティでそいつを殺した。同業者を虚仮にされて黙っちゃいられないからな、しかもごみ拾い如きに」
そこまでは正直よくある事だった。ごみ拾いと冒険者の日常、どちらかと言えば冒険者の方に分がある話だった。
冒険者になるには金が必要だ、ギルドに納める金も名簿登録する為の金も、冒険者は正式に迷宮に潜る為の手続きを受けている。講習を受ける必要もあるし、審査だってある、ある程度金で誤魔化せる所はあるにしてもきちんとした手順を踏んだ冒険者程ごみ拾いの存在は気に入らないだろう。
ごみ拾いにはそれがない、忍び込んで闇に紛れて他人の成果を横取りする機会を伺う、冒険者が迷宮に残していく物は何でも拾い集めていく、それがごみ拾いだ。
恐らく話に出てきたごみ拾いは、一度冒険者に痛い目を合わされたか、命の危機を味わった事があったのだろう。それで必要以上の行動を取った。いくら怒りを感じていたとしても、唾を吐きかけるなんて事をせずにすぐに逃げ出してしまえばよかったのだ。
ただでさえ尊厳を貶める行為をしているごみ拾いが、それ以上に自分を貶める必要はない、弁えるべきだった。
「そいつは死にゆく間際に泣きわめきながら許しを請うた。その姿を見ていて他の奴らは何も思う所はなかったみたいだが、俺は違った。その惨めに生に食らいつく姿を見て興奮したんだ。魔物を相手にする時とは違う、まったく手応えの違う興奮だあ」
男は話していく間に段々とテンションを上げてきた。その時を思い出して興奮しているのかもしれない。
「ごみ拾いはよ、惨めにも拾い集めたごみを差し出してきたよ。そんな物俺たちのとって何の価値もないってのにな、その時の仲間が激怒しながらそれを一蹴した。そうしてそいつは震えながら死んでいったんだ。たまらなかったぜえその姿!」
「それからよ!俺は密かに同じ思いを持つ奴らを集めたよ!アハハハ探してみると案外いるもんだな!まあ拷問を楽しんでいたのは俺だけだったけどよ、ごみ拾いを殺したい、人を殺したいって奴らがこいつらだぜ!」
男は地に転がされながらも身を捩らせて言った。
「大体よお!ごみ拾いは何だって迷宮にいるんだあ!?俺たちと違って何の許可も取ってない不法に迷宮を這いずるごみ同然の存在がよお!やってる事だって窃盗と何が違うんだよお!俺たちは掃除してやってたんだ!迷宮にこびりついたごみをなあ!」
男の叫び声が迷宮にこだました。ごみ拾いの身である俺は言い返せない事の方が多い、いや俺の言い分なんて正しさに基づかない感情論だ。
でも、でも言いたい事はある。
「なあ、確かに俺達ごみ拾いはお前の言う通りの存在だよ。そこに関しちゃ言い訳の余地もないさ」
「分かってるじゃあねえかごみがあ!」
「でもな、ごみ拾いにだって人生があった。家族がいた。お前たち何で殺す前に拷問までしたんだ?楽しんでいたのはお前だけって言うけれどそうは思わない、だって誰一人としてお前の行動を咎めなかったんだろ?心の中で当然の報いだって思ってたんじゃないか?」
先程まで威勢よく叫んでいた男は口を噤んだ。
「このペンダントをした男を覚えているか?」
俺はポケットから引きちぎられたペンダントを取り出して見せた。それを見て男はぴくっと体を動かして反応した。
「覚えてねえな」
アルがその男の小指を掴んだ。男はヒッと短い悲鳴を上げたが、俺がアルの行動を止めた。
「もういいよアル、もう十分だから」
「そうか?まあ君がそう言うのなら分かった」
そう言ってアルは一歩引いて俺の様子を伺う。
「もう一度聞く、このペンダントをした男の事を覚えているか?」
「ああ…ああ…覚えている、いち早く俺たちの行動に気がついてやがった奴だ。いつものようにしていたら先回りされていて、話がしたいと言われた」
男はぶるぶる震えながら答えた。
「話ってのは?」
「ご、ごみ拾いを殺すのは止めてくれって。迷宮で鉢合わせてしまったごみ拾いなら兎も角、俺たちみたいにごみ拾いを狙って殺すのは止めて欲しいって」
ブレットらしい物言いだと俺は思った。生前の彼は口酸っぱく俺に言って聞かせていた。
「ごみ拾いは裏の道、決して驕らずにいろ、そして最期はせめて潔く運命を受け入れろ」
殺されたくはないが仕方がない、それでも生きていく為にごみを拾う、そう俺に教えた。死もやがて巡ってくる因果だとブレットは言っていた。
だからこそ、このごみ拾いを狙った連続殺人にいち早く気がついたのかもしれない、そうして情報を集めてこの集団に行き着いた。自分が敵うはずもない相手に立ち向かって対話という手段を選んだ。
「でもお前たちは聞き入れなかった」
「そいつ、俺の命と引き換えでもいいから聞き届けてくれって頭下げてきた。だ、だけどよ、き、聞いてやる道理なんてねえだろうがよ、た、たかだかごみ拾い一人の命で、何で俺たちが止まらなきゃならねえんだ」
武力ある集団に一人の無力な男、対話になる筈がない、しかも迷宮内でだ。それでもブレットは一人立ち向かった。他のごみ拾いは殺さないでくれと頼んだ。
「このペンダントを引きちぎった理由はなんだ」
「ごみ拾いの癖に上等なモン身に付けてて腹が立ったんだ。生意気だって」
「そうか…分かった」
聞きたい事を聞いた俺は立ち上がった。ペンダントをポケットにもう一度仕舞って、アルに言った。
「もういいよ」
アルは頷いて両手をぱんぱんと打ち鳴らした。待機していた兵達が一斉に押し寄せてくる。
「迷宮伯様、下手人はこいつらですか?」
「そうだ、速やかに運び出せ」
兵は命令を受けて床に転がされている冒険者達を次々に担ぎ上げ連行していった。作戦は全部上手くいった、だけど俺の気持ちはちっとも晴れなかった。
リュックサックの中で眠っているアザレアの頭を撫でた。今回は特に頑張ってもらったから、後で一杯ご褒美をあげようとそう思った。
荷物を担ぐと俺とアルも迷宮を出た。この先あの冒険者達はどうなるのだろうか、気にはなったがどうする事も出来ない、俺は所詮ただのごみ拾いなのだから。