消えるごみ拾い その3
アルに連絡を取って孤児院に来てもらった。俺が貴族街へ向かう訳にはいかない、呼び出すのも少し悪いかと思ったが、アルは思いの外喜んでいた。
そして先程掃き溜めでドルンとミックから聞いた話の概要をアルに伝えた。そして俺の推測まで話終えると、アルは眉間にシワを寄せながら言った。
「その話嘘はないよな?」
その指摘をされて俺は可能性を逡巡した。しかし、それはないと思う。
「ない。ドルンが持ってきた物は本当にブレットの物だったし、ミックの怯え方に嘘があるとは思えなかった。あくまでも俺の考えではあるけれど」
俺はそう断言できるけれど、アルは実際その場にいた訳ではないからそう思っても仕方がないと思った。やっぱり協力してもらうのは無理かと思いかけたが、アルは俺の意見を聞いてにっこりと笑った。
「なら安心だ、君がそう言うのならその人物達に嘘はないのだろう。さて、どうやって殺人鬼共を炙り出そうか」
「信じてくれるのか?」
俺は驚いてアルに聞いた。そんな俺の様子を見てアルは不思議そうに首を傾げた。
「君を信じない理由はないよ、私を頼ってきてくれたのも素直に嬉しい。しかし私はドルンとミックなる者達の人柄を知らないからね、君が騙されている可能性を考慮しなきゃならなかった。不快に思ったのなら許して欲しい」
「いやそれはいいんだ当たり前だと思うし、それより手を貸してもらえるのか?アルの迷宮での目的とは大分逸れてしまうと思うけど」
アルは逆方向に首を捻った。
「何を言うか、君が手を貸して欲しいというのなら私はそれを惜しまないよ。そんな事よりグランは何か私と意識のズレを感じるな」
意識のズレと言われても中々ピンと来ない、今度は逆に俺が首を捻っていると、アルが指摘した。
「迷宮内だろうが人殺しは重罪だ。犯罪なんだよ、そいつらがやっている事は」
犯罪、そう言われて俺は体がぴくっと動いた。
正直その事はまったく頭になかった。ごみ拾いは殺されても仕方がないと思っていたし、俺たちごみ拾いも犯罪者だ、迷宮に潜る許可を得ていない。それが罪だとは知っていたが、迷宮内での殺人も罪に問われるとは知らなかった。
「そ、それは、考えた事もなかった…」
俺は自分の無知が恥ずかしくなった。基本的な一般常識や教養は神父様が教えてくれたけれど、俺たち孤児は学校に通った事がない。法律が迷宮内にどれだけ適応されるのか知らなかった。
「そう落ち込むな、私があまりにも無神経だったなすまない」
「そんなことはないよ…」
「薄々感じてはいたが、やはりここの子達は教育機関に通う事が出来ないのか」
金がかかることは基本的に出来ない事だ。教育を受けるなんてもっとも金のかかる事だ。そんな余裕がある訳がない。
「すまない本題から逸れてしまったな、その事については追々話す事にしよう。今はその犯罪者達を特定するのが先だ」
落ち込む俺の様子を察したのか、アルは話を無理やり本題に戻してくれた。その方が俺にとってもありがたい。
「その、アルに聞きたいんだが、俺の推測は当たっていると思うか?」
「そこについては私も同意見だ。寧ろ私が気が付かない所に気がついていて感心したよ」
「そうか?」
「ああ、宝箱の中身を使った罠の仕掛けだ。私にはない発想だ、確かに人を効率よく集める事が出来そうだ。不意打ちにもいい、中身に気を取られている内は無防備になるだろうしな」
ああそこかと俺は思った。確かにアルにその発想は出来ないだろう、宝箱を見つけても基本的に開けないし中身にも興味がないからだ。
「犯人は冒険者だと言うのは死体の様子から分かる、グランもそう思ったのではないか?」
「うん、手口に幅がありすぎる。武器をそれだけ持ち運んでいた可能性も考えられるけど、魔法が使われた痕跡もあったみたいだし、一人ってのは考えにくい」
何でも一人で出来る冒険者は存在しない。俺も多くの冒険者を見てきたが、一人として何もかもをこなせる人はいなかった。アルにも確認した事があるが、そんな人間は見たことも聞いたこともないと言っていた。
あれだけ何でも出来るアルがそう言うのだから説得力がある。戦闘力については他にならぶ者はいないと思えるのだが、罠は解除できないし、冒険のセオリーだって知らない。
アルは迷宮をただ楽しんでいる、というより堪能していると言った方がいいか。匂いも壁や床の感触も舞う埃もそこに生きる魔物も、すべてを味わって書き留めて素晴らしさを求めているのだ。
「何人組か分からないけれど、冒険者のパーティだよな」
「しかも目的が殺人だ」
「そんな猟奇的な集団目立たないかな?」
「そこだよグラン、それに私が思うに中々の手練のパーティだ」
手練?初心者向けの迷宮に潜っているからそんな事はないと思っていた。
「何でそう思うんだ?」
「冒険者は迷宮で魔物と繰り返し戦い宝箱を探し求める、しかし魔物を倒した所で宝箱を落とすとは限らない、繰り返し戦い続けなければならない。さて、どれ程の実力があればそれが出来るかな?」
確かにそう言われるとそうだ。いくら初心者向けの迷宮と言っても、気を抜けば魔物の餌になるのが迷宮だ。その体力を見極める為に冒険者達は繰り返し迷宮に潜り実力を計っていき、自分たちに合った戦闘スタイルを見つけていく。
初心者、中堅のパーティでそれが出来ると思えない、そして宝箱の中身をただ人を殺す為だけに放置するのも理解できない、命を張るには釣り合わなさすぎる。
「命がけの冒険で得た宝箱を、態々人を殺す為におびき寄せる餌に使う。しかも一個や二個じゃなりたたない、それを目的で行うには余裕が必要だと思う」
「そうだな私も同意見だ」
俺はまずいなと思った。実力者が相手となると、余計に自分の身が危ない。どうにかする方法を考えはするが、危険度は一気に跳ね上がった。
「作戦は?」
「ん?」
突然アルにそう聞かれて俺は思わず聞き返した。
「グラン、君が腹案もなく私を頼ってくるとは思えない。私に相手についての事を色々と聞いていたのも、私の実力を踏まえた上での考えがあって頼ってきた筈だ」
アルの言っている事は殆ど当たっていた。確かに俺はアルの実力を織り込んでの作戦を考えていた。だけど俺はアルにそこまで頼り切りになるのもどうかと思ってもいた。
「実はそうだ。でも迷ってもいる」
「迷う?何をだ?」
「俺は確かにアルを頼りにした作戦を考えていた。だけどそれって、危険な事をアルに強いるって事だ。しかも俺の都合で巻き込むって事だ。それがどうかと俺は思っている」
俺の言葉にアルはふむと唸った。
「何故迷う?」
「俺は自然とアルを勘定にいれて実力を当てにしてしまった。しかも私怨の為にだ。それは友達って呼べるかな」
俺はアルを利用すると心に決めた。しかしそれは迷宮でのごみ拾いに限っての話だ。孤児院で子どもたちに優しくしてくれたり、一緒に服を汚して怒られたり、同じご飯を一緒に食べた今、その決意だって揺らいでしまっている。
そんな俺の迷いを晴らすようにアルは言った。
「分からん!」
「は?」
「私にとって友人は初めての存在だから分からんとそう言った」
それを何故か誇らしげに胸を張って語るアルの姿はちょっと面白かった。こんな自信満々なぼっち宣言は初めて聞いた。
「何だよそれ、お前親しい人にはアルって呼ばれるって言ってたじゃないか」
「親しい人は友人か?私は親兄弟は友人とは別物だと思っていたが」
「はあ?じゃあ他に誰がアルって呼ぶんだ?」
「友人と家族を除いたらビジネスパートナーだな、仕事の付き合いで親しいが友人ではない」
何だか話がよく分からなくなってきた。俺が頭を抱えていると、アルはもう一度言った。
「グラン、私にとって君は初めての友人だ」
「さっきも聞いたよ」
「いいから私の話を聞け、友人とどのように接してどの様に力になれるのか私には分からない。どうするのが正解なのか私には皆目検討もつかん。だがな、君が私の力を必要としているのならそれに応えたいと思うのは友情だと言えんのかね?」
俺はそう言われてアルの目を見た。真剣で迷いのない目、本当に純粋に俺の力になりたいと思ってくれている、そう信じさせてくれる目をしていた。
「分かった。ならば力を貸してくれ」
「応ともさ!」
リュックサックの中から紙を取り出して俺は机に広げた。作戦内容を大まかにまとめて書き記しておいたのだ。後はこれを詰めていくだけだ。
ごみ拾いだって生きているんだ、ただ殺されていいとは思わない、確かに俺達は卑しい汚れ者だけれど、仲間を殺られて大人しくしているような腰抜けじゃあない。
俺はポケットに仕舞ったブレットの遺品であるちぎられたペンダントを握りしめた。仇はとってやる、せめてもの手向けとして。