消えるごみ拾い その2
「それで、妙な出来事ってのは?」
掃き溜めで出会った同業者のドルンは、酒を片手に話始める。
「最近、ごみ拾いがどんどん消えていくんだ。新人もベテランも関係なくな」
俺はため息をついた。
「どんな大事かと身構えたら、そんな話かよ。ごみ拾いが消えるのはよくある話だろうが」
「待て待て、結論を急ぐんじゃあない。俺だってそれは分かっているよ、だけど最近消えていくごみ拾いの数は多すぎるんだ」
どういう事かと俺が訝しんでいると、マスターが口を挟んできた。
「グラン、それについては俺も同じことを思っていた。確かにごみ拾いは顔なじみになる前に消える事が多いけれど、最近は行って帰ってこない奴が多すぎる」
マスターは職業柄ごみ拾いの顔をよく見る、そしてその顔と名前を覚えるのもマスターの仕事でもあった。他のごみ拾いとの繋ぎ役も兼任しているからだ。
「マスターにそう言われると少しは信憑性も増すけど、それでもごみ拾いってそんなもんだろ?大げさ過ぎないか?」
俺の言葉にドルンも頷いた。
「確かに俺も最初の内はそう思っていた。だけどな、やべえのを見た奴がいるんだ。さっき俺はその事をそこで話していた」
そう言うとドルンは隅で固まっていたごみ拾いの一人に声をかけた。まだ若いごみ拾いだ、年頃はもしかしたら俺より幼いかもしれない。
「ミック、お前が見た事を説明してやってくれないか?こいつはグラン、ごみ拾いの中じゃ腕利きさ」
俺はドルンに紹介されるままにミックに自己紹介をした。席に座ったミックは、ドルンに促されて話し始めた。
「僕初心者向けの迷宮でごみ拾いしてるんです。そこは冒険者も多いのですが、ごみ拾いも多くて紛れて潜入するのにうってつけなんです」
人の中に紛れるのはごみ拾いとして初歩的なスキルだ。幼い割にしっかりしているなと思った。
「それでいつもの様に死んだ冒険者から装備品を取ったり、放置された宝箱の中身を拾っていました。その日は特に宝箱の中身が捨ててあって、夢中で拾い集めていたんです」
当然ながら、冒険者の使い古しの装備品より宝箱の中身の方が金になる。しかしごみ拾いは滅多にお目にかかれない代物だ。夢中になってしまう気持ちも分かる。
「そしたら急に迷宮の奥から悲鳴が聞こえてきました。最初は冒険者が身の程以上の魔物に手を出したと思ったんです。でも、だんだん様子がおかしい事に気が付きました」
「様子がおかしいって?」
「長いんですよ、悲鳴が。しかも声色からして一人分の悲鳴です。冒険者の悲鳴だとしたら変じゃないですか?もっと色んな声色が聞こえてきてくる筈ですし、一人を見捨てたんだとしても、魔物はさっさと仕留めてしまうから悲鳴もすぐに止みます」
それは確かに異常事態だと思った。冒険者が一人を見捨てて逃げる事はよくある事だが、ミックの言う通り一人で魔物と相対しているのなら悲鳴は続かないだろう。すぐに殺されて餌にされているのがオチだ。
「それに悲鳴も変なんです。苦しんで泣き叫んでいる様で、時折謝罪のようなものも聞こえてきました。でも僕もそこまでは冒険者が毒の罠にかかって苦しんでいるのかもと思っていました」
可能性としては当然考えられる。罠の解除に失敗した冒険者が毒を受けて、解毒の方法を持ち合わせていなかったパーティが見捨てたという状況だ。体を蝕む毒によって錯乱する事も珍しくない。
「何か変な事が起きているのは分かっているのだけれど、動くに動けない時間が続きました。僕は身を隠して悲鳴が消えるのを待ちました。危険だとは思いましたが、この目で確認しないと気がすまくて、悲鳴が聞こえた方へ隠れながら進みました」
「危ない事するな、まあ気持ちは分からんでもないけど」
それで何を見たんだと俺が聞こうとした時、ミックの体がガタガタと震えているのに気が付いた。奥歯がカチカチと合わさり音を出して、顔は真っ青になり怯えていた。
「大丈夫かミック?」
俺はマスターに水を一杯頼むと、ミックの手に渡してやった。ありがとうございますと呟いてそれを一気に飲み干すと、ミックは震えながらも事の顛末を語った。
「僕見たんです。悲鳴があった場所に死体がありました。ぐちゃぐちゃになっていて人かどうか判別が難しかったのですが、辛うじて人だと分かりました。あれは魔物に与えられた傷じゃありません、恐らく人に殺されたんです」
その死体には剣で切りつけられたような傷跡や、骨が砕け散った打撃痕、魔法によって身を焼かれて炭化した部分が残されていたらしい、目や口には矢やナイフが突き立てられており、拷問の跡があったそうだ。
けれど俺はミックに言った。
「ミック、気持ちは分かるけどごみ拾いが冒険者に殺されるのはよくある事だ。正直それだけで異変って言うにはやっぱり大げさだと思うぞ」
俺の言葉にミックは突然取り乱したように半狂乱になった。
「あんたはあの死体を見てないからそんな事が言えるんだ!あの悲鳴を聞いてないからそう言えるんだ!迷宮の底から聞こえてくる地獄のような怨嗟を聞いていないからそんな呑気な事言ってられるんだ!」
ミックは物凄い剣幕で俺に詰め寄ってきた。そんなミックの肩をドルンが掴んで宥めた。
「まあまあまあ、落ち着けよミック。話してくれてありがとうな、もう行っていいぞ」
まだぶつぶつと呟いているミックの背中をドルンが押して遠ざけた。ふらふらとした足取りでミックは掃き溜めから出ていった。
「グラン、俺も最初は同じ意見だった。ミックはまだそういう事に慣れていないだろうし、あの出来事で心に傷を負ったんだろうって、だから誇張して言っているんだと思った。だけどな、これを見ればお前も考えが変わると思うぜ」
そう言ってドルンは持ってきていた鞄の中から、丁寧に布で巻かれた刃物のような物を取り出した。そして巻いてある布を取ると、俺は信じられない物を目にすることになった。
「ドルンこれを何処でどうやって手に入れたんだ?」
「ブレットの縄張りにしていた迷宮の死体の傍で見つけた。死体はミックの言った通りぐちゃぐちゃにされていた。これが何なんのかお前には分かるよな?」
ドルンが取り出したのは、ブレットが長年愛用していたナイフと、チェーンがちぎれてヘッドだけが残されたネックレスだった。それはどちらもブレットが命より大切に扱っていた物だった。
俺はドルンが出してきた物を手にとって確認した。
やっぱりどう見てもブレットの物だった。ナイフは何度も見たことがあるし、これを使って剥ぎ取りの方法を教わった事もある、ペンダントの方にはブレットと娘さんの名前が刻印されていた。
ブレットには娘さんがいて、その人は普通に一般人と結婚して生活をしている。そんな娘さんの迷惑にならないようにと、ブレット自身は遠ざかって生きていたが、娘さんからの贈り物であるこのペンダントだけは肌身離さず身につけていたのだ。
この二つの物はブレットの象徴でもあった。死んでも手放さないと思っていた。しかしドルンの言う通りであるのなら、ブレットは。
「ブレットは死んだのか?」
ドルンは頷いた。俺はそれを信じる事が出来なくて天を仰いだ。
ブレットが死んだ?殺しても死ななそうなしぶとさを誇ったあの男が?俺はどれ程考えを巡らせてもやっぱり信じきれなかった。しかし、目の前にある物が語っている、師匠であった男の死を。
「俺がこれを見つけたのも偶然だ。正直今でも信じられない。実はあの死体は別人の物で、ブレット本人は生きているんじゃあないかってな。だけどこれを置いていくような人じゃない、それはグランにも分かるだろ?」
「確かにそうだ。あの人は死んだとしてもこれだけは懐に抱えて死んだはずだ」
確かに何か異常な事が起きている、俺はやっとそう確信した。そして一つの推論が浮かんできた。
続くごみ拾い達の失踪、迷宮内に響き渡る悲鳴、惨殺された死体、恐らくごみ拾いだけを狙った殺人が迷宮内で行われている。
「マスター、他のごみ拾い達に会ったらいつも以上に冒険者に気をつけるように言ってくれ、いや、冒険者と限定するのも危険か、迷宮で出会う他者に警戒するように強く警告して欲しい」
「分かった。そうしよう」
俺は机にお代を置いてリュックサックを背負った。
「おいグラン、何か分かったのか?」
ドルンに聞かれて俺は今の考えを言った。
「状況証拠だけで考えると、ごみ拾いだけを狙って殺している謎の一団がいる。しかもそいつらはごみ拾いについて詳しくて、実力も高いと思う」
「どうしてそう言える?」
「ミックが言っていただろ?宝箱の中身が多く捨てられていたって。初心者向けの迷宮でそんな事は起こらない、冒険者も必死だからな。つまりこれはごみ拾いを狙った罠だと思う、敢えて宝箱の中身を放置しているんだ」
ごみ拾いならば他の冒険者に先を越される前にその中身に飛びつく、それが金になると知っているからだ。そうしてごみ拾いを誘いだして獲物を吟味し、集団で襲いかかって嬲り殺しているのだろう。
「それが本当ならお前どうするんだよ?すごく危険だぞ?」
確かにドルンの言う通り危険だ。首を突っ込まない方が絶対にいい。だけどそれ以上に譲れない事もある。
「俺はごみ拾いに何の情もない、やってる事は最低だし、冒険者と違って迷宮にいる事も違法な事だ。他人の死や利を貪る日陰者だよ。だけどさ、ここまで虚仮にされて黙っているのは性に合わない、だから行ってくる」
ごみ拾いが冒険者に嫌われるのは仕方のない事だ。命を狙われて当然の事をしている、しかしこの殺人は見過ごす事が出来ない。この謎の一団はごみ拾いをただ殺す事だけを目的としている、それはどう考えても道理から逸脱している。
俺は掃き溜めを出てアルの所に向かった。力を貸してくれるかは分からないが、相談しない手はなかった。