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消えるごみ拾い その1

 スラム街の裏道、買取屋がある所とはまた別の場所、日陰の日陰にその場所はあった。


 それはごみ拾い達の集まりだった。特にここに集まると決められた訳ではなく、何かのきっかけがあってごみ拾い達が集まるようになったらしい、古くて汚い建物だが酒や軽食を取れるように何代も重ねて店主が引き継いでいる。


 ここはごみ拾い達で情報を共有しあう重要な拠点だった。冒険者達でいう冒険者ギルドのような施設だ。そうは言っても大層な代物ではなく、手続きも出来ないし依頼を受ける事も出来ない、まして仲間を集うようなことも一切ない、故にごみ拾い達の間ではこの施設を「掃き溜め」と呼んでいる。


 集まる場所ではあっても何か出来る訳ではない、そして集まってくるのはごみ拾い、掃き溜めとは言い得て妙かと俺は思う。


 今日はこの掃き溜めに訪れていた。背中には新しく買った道具袋のリュックサックを背負っている、中ではアザレアが大人しく収まっていた。


 俺が買い物に行って購入してきたのがこのリュックサックだった。丈夫な作りで過酷な環境にも耐えうる容量のある物はとてもいい値段がした。だけど必要経費だと割り切って購入した。


 今までの道具袋ではアザレアを隠すには容量が少し足りない、拾ったごみを詰め込んでしまえば、もっと入るスペースは無くなってしまうだろう。迷宮にアザレアを連れて行くならば必要になるだろう、今までは手作りの肩がけバッグだったが、これなら両手も空いて便利だ。


 本当は掃き溜めにアザレアを連れてくる気はなかったのだが、どうしても付いて行きたがるので連れてきた。迷宮にアザレアを連れて行く練習をしなければいけなかったので、俺も丁度いいと思って妥協した。


 掃き溜めの扉を開けて中に入ると、まばらながらにごみ拾いが何人かいた。顔なじみはあまりいないが、それはお互い様だった。


 ごみ拾いは入れ替わりが激しい、あまり長く同じ顔を見続けないのだ。俺もごみ拾いを初めてそれ程経っていないが、顔を覚えられる程度に活動を続けている。


「久しぶりだなグラン」

「うん、最近はちょっと忙しくて顔出せなくてさ、マスターは元気だった?」

「ここはいつも通りだよ。良くも悪くもな」


 マスターは皮肉な笑いを浮かべながら言った。俺はいつものようにミルクと軽食を頼んだ。


「なあマスター、最近ブレットさんここに来たか?」


 ブレットとは俺にごみ拾いのいろはを教えてくれた恩人だ。ごみ拾いの中では大ベテランに当たる人で、界隈で顔も効く人だった。


 その人を最近迷宮や買取屋でまったく見かけなくなった。俺がアルについて回っていて場所を変えているから迷宮で見ないのはまだ分かるのだが、買取屋ではよく顔を合わせていたし、あの場所を教えてくれたのもブレットだった。


 買取屋から最近ブレットが来ていないと聞いて俺は心配になった。掃き溜めを訪れたのもその事が理由だ。


「何だお前も見ていないのか?」

「お前もってことはマスターも?」


 マスターはコップにミルクを注いで俺に差し出すと話し始めた。


「ブレットは殆ど毎日ここに来ていたからな、まあ大きい仕事をした時とかは何日か顔を見ない事だってあったが、それにしたって今回は長い間顔を見ていないな。お前も来なくなったから、俺はてっきりお前と一緒に仕事でもしてるのかと思ったよ」


 ごみ拾いは基本的に一人で仕事をする。拾える物に限りもあるし、ごみを高く売り捌くにも苦労するので人数は少ない程いい。迷宮に潜入する際にも人数が増えればそれだけ難易度があがる。


 しかしブレットは別だった。潜入も探索も一番の腕を持ち、冒険者の見極めは特に上手だった。人手が欲しいと頼まれた時に、一緒に仕事をした方が普段より金を稼ぐことが出来た程だった。


 だから俺はたまにブレットの仕事を手伝っていた。仕事のいろはを知っている俺を扱いやすいと言ってブレットの方から声もよくかかった。しかし、最近俺はアルにくっついていたのですっかり掃き溜めに顔を出す事もなくなって、会う機会が減ってしまっていた。


「いや、俺は最近別口で仕事をしていた。だけどこの辺でブレットの姿を目にしない事の方が少ないだろ?だからちょっと心配でさ」

「そりゃそうだ、ブレットはこの辺の顔みたいなもんだからな。しかしごみ拾いは昨日見た奴が今日のごみに変わっているのも珍しくないからな、それがどんなベテランであっても」


 それはマスターの言う通りなのだが、ただブレット程の男がそう簡単に死ぬとは思えなかった。


「なあ、あんたブレットの知り合いか?」

「ん?」


 部屋の隅で他のごみ拾いと固まって酒を飲んでいた一人が話を聞いていたのか声をかけてきた。


「あんた知ってるぜ、グランだろ?ごみ拾いの間じゃ有名だ。ブレットの弟子の中でも一等優秀だってな」

「弟子って訳じゃ」

「いいから聞きなよ、俺もブレットに面倒を見てもらった一人なんだ。あんたの弟弟子ってとこだな」


 そいつは俺の隣にどかっと座ってマスターに酒を一杯要求した。


「あんたは?」

「俺はやらない」

「そうか、懸命だな。酒に溺れれば金はどんどん減っていく、それでも自制心ってのは捨てられねえもんだ」


 男は酒を呷ると話し始めた。


「俺はドルン、ごみ拾いは始めたばかりだ。俺は元冒険者だったんだがな、パーティの金をくすねて酒を飲んでいたらボコボコにされてここに捨てられたのよ。ブレットに会ったのはその時だ」


 俺は呆れながらミルクを口にした。ブレットはそういう訳ありそうな人間を拾うのが趣味だ、俺の時の様にドルンの事にも興味を持ったんだろう。


「相変わらずだなあの人は」

「何だ?あんたもその口か?」

「俺は違う。最初は色々なまともな職についていた。だけど俺は孤児だからな、身分もはっきりしない奴の扱いなんて大体一緒だ」


 ドルンはああと呟いてもう一口酒を飲んだ。孤児の扱いについては、冒険者をやっていたこいつならよく知っているだろう。


「ある日店の金を一人の従業員が盗んだ。あろうことかその張本人が店の店主に俺の仕業だと吹き込んだ、俺は必死で弁明したが孤児の俺の言い分を聞いてはくれなかった。むしろ雇ってやった恩義を忘れて金を盗むとはと非難されて、店の従業員達にリンチされて命からがら逃げ出したんだ」

「なんともまあ無情な話だな」

「別に同情はいらない。結局働いた給金だって相場よりとても少なかった。寧ろ逃げ出す理由が出来て清々した。殴られた傷は痛かったけど生きてたしな」


 面白くもない話だ。


「それで?俺と同じようにボロボロになっていた所を拾われたのか?」

「いや、金を盗んだ従業員の犯行を暴いてやったんだ。そいつスラムで違法な薬を買っていて、この辺にいるまともじゃない金貸しに借金してたんだ。金が必要な理由が分かれば後は容易い、職場の近くで噂を流してやった。この店は売上で違法な薬を買っているってな」


 些細な噂も信用に関わると大きくなる、しかも言っている事に嘘はないし、他の従業員だって薄々金を盗んでいた奴を疑っていた。結局店主に犯行現場を押さえられて、そいつは縛り首になったそうだ。


「俺がブレットと会ったのはその時だ。お前面白い事やってるなって声をかけられたんだよ」


 ブレットは俺の復讐のやり方に興味をもったみたいで、調査の過程で金貸しに顔を繋いでくれた。そのお陰で調査の裏付けはスムーズに進んで、俺の噂を裏付ける証拠を沢山集める事が出来た。


「その後金貸しは店に押しかけてたよ、テメエの所の従業員の借金は肩代わりしろってね。そんな義務はないけれど、あいつらは手段を選ばないからな、結局その店の店主は毟るだけ毟られて、嫌がらせを苦にして自殺したよ」

「おいおい、お前大人しそうな顔しておっかねえな」

「俺は別にそこまでやろうと思ってなかったよ、俺の事を売った奴を懲らしめたかっただけだ。でもブレットもドルンと同じ事を言ったよ、俺がおっかないってね」


 だからこそ気に入られたのかもしれない、恩人だがいい人間ではなかった。同じ匂いを俺に感じ取ったのだろうか、ブレットは本心を語らないので知るよしもないが。


「まあ俺とブレットとの出会いはそんな所だよ。で、何で俺に話しかけてきた?こんな話を聞きたかった訳じゃないだろ?」


 俺がそう聞くとドルンはもう一杯酒を呷った。濡れた口の端を服の袖で拭き取ると、本題を話し始めた。


「実はな、最近ごみ拾いの間で妙な事が起きてやがる」


 ドルンの語り口はずっしりと重く、何やら大きな事情がありそうだった。長い話になりそうだと思い、俺もマスターにミルクのおかわりを頼んだ。

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