表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/85

小竜のいる生活

 朝日が窓から差し込んできて、俺はその忌々しい眩しさから逃れるために毛布の中へと潜り込んだ。暗くて暖かな環境は心安らぐ、俺がそのままもう一眠りしようと思ったその時、毛布をバサッと取り上げられた。


「キュイ!」

「おはようアザレア、相変わらず規則正しいことで…」


 アザレアは俺から毛布を奪って口に咥えると、そのまま窓から出てすいすいと飛んでいった。向かった先に検討はついていたので、俺もはしごを下ろして屋根裏部屋から出た。


「あらアザレア、いつもありがとう。あなたのお陰で最近グランが早起きで助かるわ」


 俺がはしごを下りきる頃に、遠くで洗濯物を集めているアンナの声が聞こえてきた。ついでに嬉しそうなアザレアの鳴き声も。


 俺は顔を洗って目を覚ますと、大部屋で眠りについている子供達に声をかけた。


「朝だぞ、皆起きろよ」


 俺の声で子どもたちは続々と目を覚ます。おはようと挨拶を交わしながら、それでも起きない子は直接体を揺さぶって起こした。


 皆を起こして外の広い場所に出ると、俺は神父様と一緒に子どもたちの前に立って体操を始めた。一日の始まりは気持ちの良い目覚めから、神父様の教えはずっと変わっていない。


 子どもたちの中に混ざってアザレアも楽しそうに体を動かしている、子どもたちはアザレアにこうするんだよと教えたり、上手だねと褒めたりと、アザレアはすっかり子どもたちの中に溶け込んでいた。


 アルがアザレアを連れてきたのは預かってから2日後だった。思いの外手こずったらしく、アルは少し不機嫌そうにしていた。しかし本当に許可の類を全部通して書類もすべて揃えて来た。


 街中でアザレアを表に出す事は出来ないが、この孤児院の中では放し飼いにしてもいい許可まで貰えた。なるべく多くの人との関わりを持たせて反応を観察するとアルは言っていた。


 俺は理由なんてどうだってよかった。アザレアと一緒にいれることが何より嬉しくて大切な事だったからだ。


 最初にアザレアを見た時には神父様とアンナはひっくり返る程驚いていたが、子どもたちには大人気だった。アザレアが賢くて、言葉を理解して実行できる事を知ると、神父様もアンナもすぐに打ち解けた。


 アザレアは本当に人懐っこく、子どもたちのよい遊び相手にもなり、アンナの仕事を手伝い、神父様の膝の上でまどろむ。あっという間に家族のように仲良くなる事が出来てほっとした。


 暫くは一緒に生活していてくれとアルに頼まれたので、俺は迷宮でのごみ拾いを休んでアザレアの面倒を見ていた。アザレアは俺の傍にぴったりと寄り添い、俺が教えた事はどんどんと吸収して学習した。


 寝る時は俺の隣で寝て、移動する時は後ろを飛んでついてきたり肩に乗っかっていた。こうして寝食を共にすると、どんどん情が湧いてきて可愛くて仕方がなかった。


 しかしずっとそうしている訳にもいかない、俺もそろそろごみ拾いをして金を稼がないといけない。俺の目的の中にアザレアの事も追加されたのだから、もっとしっかりしなければ。


 だがここで大きな問題が出来てしまった。


 アザレアは迷宮に付いて行きたがった。これだけはどれだけ言い聞かせても聞き分けず、喧嘩になって不貞腐れてしまった。アザレアが不貞寝している隙に出ようとしても、それだけはすぐに察して起き上がって付いてきてしまう。


「という訳何だけど、どうしたらいいと思う?」


 そこで俺はアルに相談を持ちかけた。今日はそろそろ迷宮でごみ拾いを再開したいという相談を持ちかけたのと、アルがアザレアの様子を見に来る日だった。といってもアルは両手の袋に一杯お菓子を持ってきたので、目当てはどちらかと言うと子どもたちらしい。


「どうもこうも簡単な事だ。アザレアも連れていけばいい」


 アルはアザレアの頭を撫でながら言った。


「それ大丈夫なのか?」

「前にも言ったが、テイマーという職業の冒険者は実際にいるし、アザレアを連れて迷宮を動いていても問題はない。むしろ街中やここに居るほうが問題になるんだ。目を離すより手元に置いておいた方がいい」


 アザレアは「そうだ!」と同意をするかのようにキュイと鳴いた。


「ほら見ろアザレアもこう言っているぞ」

「でも、危険だしなあ…」

「キューイ!」


 俺の発言に抗議するかのようにアザレアは翼をバタバタとはためかせた。そしてアルは困ったような表情をした。


「大変言い難いことなのだが、単純な戦闘能力だけで言うなら君よりアザレアの方が高い。君の懸念するような危険はアザレアには当てはまらないな」

「うぇ?マジ?」

「大真面目だよ、アザレアは小さくともドラゴンだ。君には見せていないだろうが、ドラゴンの使うブレス攻撃も確認できた。力も強く体も頑強で素早く動き回る運動性能も高い。そこらにいる有象無象の冒険者と戦っても勝つ」


 うんうんとアザレアは頷いている、その自慢げな表情を見るにアルの言っている事は本当らしい。


「という訳で君の懸念を一言で言うなら杞憂だ」


 アルの言葉に続いてアザレアもキュイと鳴いた。立つ瀬のない俺はため息をつくと両手を上に上げて言った。


「アルとアザレアの言う通りでーす。降参降参」


 アザレアはそれを聞くと嬉しそうに俺の頭上を旋回した。人の気も知らないでと思ったが、これだけ元気な姿を見ればまさに杞憂なのだろうなと思った。


 俺は手に入れておきたい物が出来たので街に買い物に行くことにした。アザレアと子どもたちの事を頼むとアルに言うと、足早に買い物に向かった。




 私は買い物に向かうグランの姿を見届けると、持ってきたお菓子を手に子どもたちの元に向かった。


「こんにちは諸君!元気でやっているかな?」

「あー!アル兄ちゃんじゃん!」

「本当だ!また来てくれたんだ!」


 子どもたちは私の周りを一斉に取り囲んだ。元気で無邪気でとても素晴らしい、人とはかくあるべきだと思わさせてくれる。


「今日は皆に世話になったお礼を持ってきたんだ。受け取ってくれないか?」


 私は袋を子どもたちに渡した。皆今度は渡した袋に一斉に飛びついた。まったくもって微笑ましい。


「すげーなにこれ!見たことないぞ」

「一杯あるじゃん!」

「アルお兄ちゃんこれ食べていいの?」


 一人の子が私に恐る恐る聞いてくる。


「勿論だとも、君たちに食べてもらいたくて持ってきたんだ。この前素敵な時間を過ごさせてもらったからね」


 子どもたちは顔を見合わせた。


「僕たちなんかしたっけ?」

「分かんないな、ずっと遊んでもらっただけだけど」

「これ貰っても大丈夫なのかな?何もしてないのに何か貰うのはよくないんじゃない?」

「そうだな、皆もそれでいいな」


 子どもたちは目の前でのひそひそとした会議を終えると、私が持ってきた袋を返してきた。


「アル兄ちゃん、僕たち気持ちだけ貰うよ。こんなに高そうなお菓子貰う程のことしてないから」


 私は言い知れない感動に襲われていた。子どもたちはこのお菓子を食べたかっただろう、小さい子の中には泣いてしまっている子もいる、他の子達も涙目になりながらも、誰一人として袋の中からお菓子を抜き出したり誤魔化したりせずに、そのまま私に返してきた。


「皆…。いいんだよ、それは皆にあげた物だから。皆で分け合って食べなさい」

「でも僕たちアル兄ちゃんに何もしてないよ?」

「そんなことはない、君たちと過ごした時間にはそれだけの価値があったんだよ。だからお礼として受け取って欲しいな」


 子どもたちは困ったように顔を見合わせると、私に向かって聞いた。


「本当にいいの?」

「いいに決まっている。受け取りなさい」


 私の言葉に、今度は子どもたちは跳びはねて喜んだ。皆でお菓子を取り出しどれが食べたいだとか、これは何だとか話し合いながら笑っている。


「おっと言い忘れていた。まずはアンナ殿に食べてもいい時間を聞いておいで、ご飯が食べられなくなってしまってはいけないからね」


 子どもたちは元気よく返事をすると、アンナ殿の名を叫びながら皆で走っていった。その姿がじつに微笑ましくて眺めていると、デイビッド神父が教会の方からやってきた。


「子どもたちが何やら騒がしいと思っていたらウィンダム様が来ておられましたか」

「ごきげんようデイビッド神父様、皆とてもいい子達ですな」

「おや、何かありましたか?」


 私は神父様に先程の顛末を語った。


「そんなお土産だなんて、気を使わせてしまって申し訳ありません」

「いやいや、頭をお上げください神父様。私がそうしたいと思ったから持ってきたのです。しかし子どもたちの情緒豊かさや利発さには感心させられるばかりです」


 私は心からそう思っていた。眼の前のお菓子に飛びついたっていいのに、自分たちがそれを受け取る理由や、その後も人の言う事をきちんと聞き分ける自制心もきちんとしている。


「これもひとえに神父様のお教えの賜ですかな?」

「そんな事はありませんよ。皆自分たちで考えて行動して助け合って成長しているのです。私に出来る事はあまりにも少ない。ここで生活する者、巣立った者、皆が協力してくれるから成り立っているのです」


 本当に立派な事だと思った。私はここの人たちが好きだ。グランだけではない、神父様もアンナ殿も子どもたちも、皆含めてここはとても心落ち着く場所だ。


「そうだ。神父様にはこれをお持ちしました」

「おや、紅茶の茶葉ですかな?」

「ええ、私のお気に入りなんです。どうですか一緒に」

「それはいい考えです。どうせなら皆でいただきましょう、その方がウィンダム様も楽しいでしょう?」


 神父様は穏やかな笑顔でそう言った。私の考えを見透かした神父様の言う通りに、ここの皆で優雅な茶会を開く事にしよう。それまでには我が友も戻ってくるはずだ。


 私はアンナ殿を手伝う為に厨房の方へと向かった。その足取りはいつもよりとても軽く感じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ