りんご農園からの手紙
皆様の歴史認識の一部になれば幸いです。
「Hey Cathy, what made you study Japanese?」
(ねぇキャシー、なんで日本語を勉強しようと思ったの?)
日本に留学に来てもう三ヶ月。新しく出逢った友人にいつも聞かれるこの質問。
キャサリンは鞄をぎゅっと優しく抱きしめる。そこには、グレイトグランマが、従姉妹のデイジー叔母さんに宛てた手紙が入っている。デイジー叔母さんが亡くなった時に、母親が譲り受けた大事なもの。
それまでは、全く自分のルーツなんて興味がなかった。だってずっと昔のことだし、金髪にブルーの瞳という典型的なカルフォルニアガールの顔だから、アジアの血がミックスされてるって俄に信じられなかったから。
だけどこの手紙を読んで、自分のルーツの一つである、この日本という国を知りたくなって来たの…。
—————
大好きなデイジーへ
率直に言うけど、助けてほしいの。
ここは本当に地獄の農園だわ。
沢山の兵士はね、私を見て、『お前はアップルパイより泥水のスープが好きなんだろ?』って笑うの。
確かに私のマミーのアップルパイは美味しくないから、私もそこまで好きでないわ。でもそれはしょうがないと思わない?マミーは日本では食べたことなかったって言ってたもの。
デイジーもそうでしょ?私もそう。
味噌スープなんて食べたことないから、『泥水のスープ作って』なんて言われても出来っこしやしないわ。それと一緒。
後ね、ここではトイレもシャワーもまるで見せ物のようなのよ?
透明な檻の中で、皆んなに見られてしなくてはいけないの。
まだボーイフレンドにも見せたことない私の全てを、知らない兵士や同じ捕虜の男の子やおじさんまでに見られるの。
恥ずかしくって、恥ずかしくって…。本当に辛いの。
ねぇ、デイジー。私、家が、ふかふかのベットが、温かい皆んなの笑顔が恋しいわ。早く帰りたいといつも願ってる。
ねぇ?私が一体何をしたの?誰も答えを教えてくれないの。
マミーに聞いても、今はまだ我慢の時だって…。
他の皆んなも私に言うの。もう少しの辛抱だって…。
私は文句を言わず、この理不尽な状況を黙って“我慢”しなければならないの。
だからね、私が覚えた最初の日本語って、“おはよう”、でも、“ありがとう”、でもないの。“我慢”なのよ…。きっとデイジーは笑うでしょうね。
私、マミーが好き。ダディーも大好き。
だけど冷たい床で夜を過ごす時に、泥色のスープを飲んでいる時に、兵士に銃を突きつけられる度にね、いつも思うの。
私のマミーもデイジーのマミーみたいにアメリカ人だったら良かったって…。生粋のアメリカ人だったら、こんな思いすることなかったって…。
一体私が何をしたの?
ただ日本人の母親から生まれただけよ?
アメリカで育ったから英語しか分からないし、マミーは兵士でも日本のスパイでもないわ。ただ、アップルパイが上手に焼けないだけの普通の母親よ?
ねえ、デイジー。
私を助けて。私をこの農園から救い出して。
あぁ。早く戦争がおわりますように…。
ミカより
—————
ただミックスなだけで、なぜ強制収容所に監禁されたのか。なぜ同じ血の流れるアメリカ人に対してこんな酷いことがをできたのか…。ただそれを知りたくて、歴史を、日本という国を勉強してただけ。
だけど、アメリカでは満足のいく答えを見つけられなかった。だから、この国にまで学びにきたのよ?
でも、この国の人たちは変なのよね…。誰も自国の歴史について詳しくないし、この農園の存在すら知らない人が多いの。もう疲れちゃったわ…。
だから私はいつも皮肉を込めてこう返すのよ。
「To know the meaning, Gaman」
あなたたちの言う“我慢”の意味を知るため、って。
MANZANA(満座那)
西語:マンサーナ 意味:りんご農園
英語:マンザナー 意味:強制収容所
1942年〜1945年に存在した
日本人、並びに日系人に対する強制収容所。
カルフォルニア州に存在した収容所の一つ。