第二話(修正版)
誰もいないトイレ。
段々と陽が落ちかけているのが入り口の真正面の窓から伺える。
ふと、そこで母に何も言っていなかったことを思い出す。
スマホの時計を見ると既に五時半を回っていて、そろそろ部活をやっている生徒も活動を切り上げる時間帯だ。
そして私は普段なら今頃風呂に入っている時間帯である。いつもすぐ一直線に家へ帰る為今日のような事は比較的珍しいだろう。
(お母さん心配しちゃってるかな…)
少し申し訳なく思った彼女は早めに用を足そうと個室トイレのドアへと手を掛けた。
その瞬間、彼女の視界の隅に何かチカチカとしたものが映る。
気のせいかと一度は無視しようとしたが、何度もチラついた為流石にそれを無視する事はできなかった。
「な…何かな…?」
その正体を首をキョロキョロして探す彼女はようやくそれを突き止める。
鏡だった。四個並んでいる洗面台のうちの一番手前側のA3サイズぐらいのよくある鏡だ。
どこからか、光を当てられている。悪戯でもされているのだろうか。
そう思った彼女は恐る恐る窓から周りを見渡してみたものの、この階は四階。ここは田舎でこの校舎自体もかなり高い位置に座している上に、この学校と同じ、あるいはこの学校よりも高い建造物は他にない。
光を当てるには宙に浮きでもしない限り出来なさそうだった。
(なんだろう…)
少し不気味さを感じて怖くなった。
が、不自然に光を反射させているその鏡に私はふと興味を覚えた。
ドアノブへと触れていた手は気づけばその鏡の方へと伸びていた。そして、吸い込まれるように彼女は一歩一歩、この小さな歩幅で近づいていく。
どこか別世界に繋がる入り口が現れた、そんなファンタジーチックな事は心では『無い』と分かりつつも色々と想像してしまい、少しだけ胸が躍った。
____ここじゃない場所に行けたら、いつも僕はそんな事を考えている。自分を必要としてくれる人の場所だったら、僕はきっと輝ける。
そうすれば自分を追い詰めることも、過去に苦しむ事も無く、僕は僕ででいられると思う。
生きていていいんだって、誰かに言ってもらいたい。感謝をされたい、こんな歪んだ僕でも何かを成せるって自信をつけたい。
私の好きなライトノベル。平凡な男子高校生が異世界へ行って魔王を倒しにいく冒険ファンタジー、ありきたりで、擦りに擦られたどこにでもあるような内容だ。
その中で、主人公が物語の冒頭で心情を吐露する場面で出てきた言葉がこれだった。
このフレーズは妙に自分の中でしっくりきていて、疲れた時、ふとした時にこの言葉が蘇る。
自身が抱いていた言語化するのが難しかった心情をそのまま代弁してくれたかのような、そんな感覚。
鏡へと一歩一歩近づいていく鏡原。
視界の先では、反射光のようなものがチカチカと点滅している。例えるのであれば壊れかけの蛍光灯が近いかもしれない。
やがて、鏡と彼女の指先との距離が拳一個分程になった時、その光は急に途絶えた。
「あれ…?」
センサーにでも反応したかのように、彼女が近づくとその光が唐突に消えたのだ。
先程までとは打って変わり、それはなんの変哲もない鏡へと成り下がった。
鏡原は少しだけ、夢を奪われた少女のように悲しい表情を見せた。
「まあ…悪戯だよね。何してるのかな…私…」
僅かな期待をした私がおかしかったのだ、と伸ばした腕を下ろす。
そんな時、初めて自分の容姿に意識がいった。
手入れのしていない腰まで伸びた散らかった髪。前髪は目を覆い隠すぐらい伸びきっていて、顔は目の下のクマが酷い。
それとは反対に、身に纏っている黒いセーラー服はまだ入学して二ヶ月ということもあり、新品に近い仕上がりだ。
馬子にも衣装___
(…ちょっと違うか)
自身の姿を見るのが嫌になった彼女は目を逸らそうとして視線を泳がすが、その時___
鏡の隅に映っていた景色に違和感を覚えた。
ほんの少しだけ、赤い何かが。赤いペンキのようなものが壁に飛び散っているかのような、そんな気がした彼女はもう一度その箇所へと視線を向けた。
「…ッ…!!!!!」