4話 どうやら妙な状況なのは自分だけじゃないようですよ?
「おら、とっとと歩け」
急かすように、後ろから突き飛ばされる。
かろうじて踏み止まれたが、突き飛ばされたのは気に食わない。
ーーいや、今は我慢だ。
湧き上がる怒りを抑える。
どうせ後で調べれば、俺と捕まっている者とは関わりがないことがわかるはずだ。
その時に、少しでもマイナスなイメージを持たれないよう、逆らわずにこうして静かに言いなりになっているのである。
ーー我慢だ。ここで心象を悪くすると後々面倒なことになる。
自分に言い聞かせながら歩く。
十数分歩いただろうか、木々が生い茂っていた森から、開けた道へとでる。
ーー思ったより小さい森だったんだな。
足元が悪かったにも関わらず、この程度の時間で森を抜けたということは、おそらく1キロほどしかない森だったのだろう。
役に立つかは分からないが、その情報を頭の隅に置いておく。
さらに歩くこと数分、ついに建物が見えてきた。
町、までとはいかないが、そこそこ大きな集落のようだ。
村というには規模が大きいような気がするが、パッと見、特に民家以外のものがあるようには見えない。
唯一、木でできたような民家の他に、石で作られた頑丈そうな建物があるくらいだ。
特になんの変哲もない集落、といっていいだろう。
強いて変わった点を挙げるなら、集落の周りを堀と柵が囲っていた。
ーー何かが襲ってくるのか?
「こっちだ」
男に背を押され、再び歩き出す。
どうやら、俺はその石の建物へと、向かわされているようだった。
石の建物の入り口へと到着する。
そこには全身に鎧を着込んだ男が1人、立っている。
「何者だ。そいつは。」
「また侵入者だ」
「なに?またか?今日だけで一体何人連行したと思ってる」
「俺が知るか。それよりこうも侵入者が多いと、聖地で何かが起きているのかもしれん。領主様に増援を上申してくれ」
「構わんが期待するなよ?今はどこも手一杯だと聞いているしな」
「ああ、それで構わんよ。ほら、歩け」
背中を押され、再び歩き出す。
歩きながら、先程の会話を思い出す。
ーーあの口ぶりからして、今日に限ってあの遺跡周辺で、この集落以外の人間が多くいたってことか。そいつらが俺をこんなとこに運び込んだのか?何のために?そういえば領主様とか言ってたな。領主って言い方を今どきするのか??
考えるが答えは出ない。分からないことが多すぎて謎が深まるばかりだった。
「ほら、ついたぞ。」
考え事をしている間に目的地へと到着したようだ。
みると、目の前に石でできた扉がある。
わずかに開かれたのぞき穴には鉄格子がはめ込まれてあった。
ーー牢屋か。
「あの、さっきも言ったんですけど、僕、迷っただけでこんなところに入れられるようなことをしてないです」
「その言葉をそのまま信用するわけにはいかない。その話がホントであれウソであれ、上から指示があるまではここでおとなしくしてもらう」
「そう...ですか。なるべく早くお願いします」
「それは上の者に言うんだな」
すげなくあしらわれ、扉の中へと促される。
ドアを開ける直前、男がドアに向かって「ドアから離れろ!」と叫んでいたのが少し気になった。
「夜に飯を持ってくる。それまでおとなしくしておけ」
その言葉を最後に扉を閉められる。
ーー何でこんなことになったんだ。
思わずうなだれていると、その背中に声がかけられた。
「よお、おめーもいつのまにかここに来てたのか?」
ーーなんでそれを。
思わず振り返り、「お前もか?」と問いただそうとするがその言葉は出なかった。
それはよく知る人物だった。
髪は短く切りそろえられ、黒髪はセットしているのか剛毛なのか、逆立っている。
アイドル、と言うよりはワイルド系の男前といった整った顔立ちは、中身を知らなければモテること間違いなしだ。
「おまえ...ケントか?」
「え?トウマじゃねーか!!」
振り返った先にいたのは先日、共にゲームをして夜更かしした阿吽の片割れ、井手口拳人だった。
「お前もここに来てたのか?」
「おう!それにしても、会うのは大会優勝の打ち上げぶりか?いやーあん時は楽しかったなぁ!!」
「は?」
ーーなにを言っているんだ、昨夜もゲームしたばかりじゃないか。
「おまえ、一体なにを言って...」
「それにしてもよ、ここは一体どこなんだ??自分ちの部屋で寝てたはずなのに、いつのまにか変な廃墟で寝ててよ、腹減ったからウロウロしてたらいきなり捕まっちまってここまで連れてこられたんだよ。そっちは?」
「あ、ああ。こっちも似たようなもんだ」
「そうなのか!ちなみにここがどこか見当はつくか??」
「いや、全然だ」
「そうか、お前がわかんないなら俺にわかるわけないわな!なら、なるようになるか!ガハハ!」
ーー適当だ。
昨日のことを問い直そうとしたがやめる。こいつはこういうやつだった。もしかしたら勘違いしてるかもしれない。
聞くだけめんどくさそうなので聞かないことにした。
それよりも今は現状の把握が先だ。ケントに話を聞いてみる。
「ケントはいつからここに来てるんだ?」
「ん?ここってのはこの牢屋のことか?それなら、時計がないから正確にはわからんが体感で2時間くらい前だな。最初に寝てた妙なところまで入れたらよくわかんねぇ、最初は夢かと思って2度寝したしな!」
ーーあそこでよく2度寝しようと思ったな。
ケントの適当さに思わず頭痛を覚え、こめかみを手で押さえる。
結局分かったのはこいつがどこでも寝れるほど図太いってことだけだった。
「そうか、困ったな。わからないことが多すぎてなにから考えればいいかわからん」
「いったろ?なるようになるって。その時考えればいいんだよ」
「普段はそれでもいいかもしれんが、俺たち、今牢屋にいるんだぞ?下手したら死刑、なんてこともあるかもしれないし...」
それを聞いてケントはニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。脅かすつもりで言ったのだが、逆効果だった。
「その時はもちろん抵抗するぜ、拳でな」
--なんかどっかで聞いたことあるな。
どことなく既視感を覚えるセリフだった。
それにしても、こいつはこういうやつだってことをすっかり忘れていた。
根っからの戦闘狂。こいつがもともといた格ゲー界隈では『狂戦士』なんて物騒なあだ名を付けられていたらしい。
本人は自慢げに語っていたが、それたぶん褒められてねえぞ。とトウマは心の中だけでツッコんでおいた。
「おまえはステゴロで抵抗できても、俺は出来ないんだよ」
「あぁ、おまえ丸腰だと大したことないもんな!」
ーーこのやろう。
ムカつくが事実なので反論できない。
「悔しいがそうだ。獲物があれば多少は抵抗出来るんだけどな」
「多少なんてもんかよ、俺よりよっぽど、刀持ったおまえの方が恐ろしいぜ」
「そりゃゲームの世界の話だろ」
「おまえのやってるゲームはリアルさが売りのしにげーだろ。あれで化け物なら現実でも化け物だよ」
「化け物はやめろよ」
2人して笑い合う。
この明るさはコイツの長所だ。人を笑顔にする才能がある。俺にもこんな才能があればな、などと考えていた透真だったが、その考えは予想外の第三者の声でかき消された。
「ねぇケントさん。そろそろこちらの紹介もしてくれないかしら?」