23話 目が覚めたら、ドキドキ展開のようですよ?
ーーなんだこの匂いは?
微睡の中にあった意識が、段々と覚醒する。
ーーいい香りだ。なんの匂いだろう?芳香剤なんて、寝室に置いていたか?
半覚醒と言えるほどの覚醒状態の中、透真は考える。
我が家には自分も含めて、芳香剤なんて洒落たものを置く人物はいないはずだ。
ーーじゃあ誰が?いや、待て。そもそもここは寝室ーー俺の部屋なのか?
徐々に意識がはっきりしてくる。
思い出されるのは、あまりに非日常な光景。
ーーあれは夢だったのか?いや、あんなリアルな夢はないだろう。待て、ということは!!
自分が今、どう言う状況にあるのかを思い出した透真は慌てて目を開く。
そこには見覚えのない天井が広がっていた。
「知らない天井だ……。」
誰に言うでもなく、ひとりごちる。もちろん返事はないし期待もしていない。
「ここは…一体どういう状況なんだ?」
ーー意味がわからない。
最後の記憶はアイリスと握手を繋いだところだ。そこからぷっつり意識が途絶えている。
そこから何が起きて、どれくらい時間が立っているのか、透真には検討もつかなかった。
ーーうん?
眠っていた時に気になった香りが再び鼻をつく。
視線を香りのする方へ向けると、そこには最近知り合いになった顔があった。
「!!セラ…!!」
仰向けになっている透真のすぐ横にある、セラの顔。
あまりの近さに透真は一瞬言葉に詰まった。
ーーなんでこんなところに!それより俺の独り言聞かれっ………寝ているのか?
初めは慌てて気づかなかったが冷静に見てみると瞼が落ちていて、規則正しい寝息を立てている。
「俺が倒れたから、様子を見ててくれたのか?」
小声で問いかけるが、もちろん返事はない。
透真は自分がした事を鼻で笑うと再び天井を見上げた。
ーーセラがこうしてうたた寝できるってことは、少なくとも敵地じゃないってことだな。
それがわかっただけでも収穫か。と、透真は深い息を吐く。
ーーはぁ、なら一安心だな。それにしてもこの香り、もしかしたらセラの……?
安心したところによからぬ考えが及ぶ。
別に気にしなくてもいい事だが気になったことは仕方がない。
寝ている女性の匂いを嗅ぐなんて、と透真が悶々としていると、そのシンキングタイムは唐突に終わりを告げられた。
「セラっちーー!」
「「ふぁ!?」」
「レイっちが目を覚ましたよーっ!ってセラっち、寝てた?あれ?てかトウマっちの方も目、覚ましてない?」
突然のカオリの襲来により、透真とセラは似たような驚き声を上げる。
「な、何が起きたの!?」
「だからレイっちが目を覚ましたんだよー!ついでにトウマっちも」
ーーおい、人をついでみたいに言うな。
あまりにぞんざいな扱いに透真はむっとする。
セラの方はまだ寝ぼけているのか、よくわかっていないようだ。
「なにいってるの?トウマくんはここで眠ってる……でしょ」
話しながらセラの視線がカオリからトウマへと移る。
先程透真が驚いたように、移した視線の先には驚くほど近くに透真の顔があったためセラの言葉は尻すぼみになっていく。
「お、おはよう?」
「ッ!〜〜〜〜ッ!」
誤魔化すように透真は挨拶するが、セラは声にならない声を上げるだけだった。
ーーーー
「いや〜ごめんねーお楽しみ中なところ」
「何見てたの?俺叫ばれてたんだけど」
目を覚ましたレイに会いに、3人は廊下を歩く。
どこの建物かは分からないが、石造のしっかりした建物だった。要塞か何かにも見える。
その長い石の廊下をかつかつと歩くが、セラは一言も話さない。
ーー照れてんのか、怒ってんのか分かんねーな、やっぱ謝るべきか?
一言も話さないレイを横目に見ながら透真は考える。それを見ていたカオリはニヤニヤとまた透真をからかう。
「セラっちは照れてるんだから、あんまり見ると可哀想だよー?」
「ちょっと!カオリちゃん!」
「そ、そうか。悪い」
ーーよかった、怒られてはいなかったのか。
透真は心底安堵した。
ーーーー
「お!トウマも起きたか!」
レイのいるという部屋へ向かうと残りのメンバーも揃っていたようで早速ケントに話しかけられる。
「ああ、心配かけてすまなかったな。レイ、調子はどうだ?」
「すこぶる……好調」
「そうか、よかった」
「トウマさん」
レイの体調を伺っているとキョウコに話しかけられる。
「なんだ?」
「差し支えなければ、どういう症状で意識を失ったのか教えてもらえないかしら?」
「ああ、それならーー」
透真は頭痛がしていた事、それが段々とひどくなってきていた事、それが限界まで酷くなった時に意識がなくなったことを説明した。
「そう、ならばレイと症状がほとんど同じね」
「同じ?」
キョウコへ聞きながらレイへ視線を投げかける。すると、コクリとレイも頷いた。
「牢屋での食い物か何かが原因か?」
「それなら同じものを食べた全員に症状が出るはずよ」
そこで一旦話を区切り、これは私の仮説だけれど、とキョウコは話を続ける。
「トウマさん。その頭痛は変身してしばらくしてから来たんじゃない?」
「え?」
言われて今の格好を見てみる。変身は解けて、元の服に戻っている。
「たしかに、言われてみればそうだったかもしれない」
「おそらく、その変身が原因だと思うわ。他に2人だけの共通点も特に考えられないし、あんな力を制限なしで使える方が不思議だもの」
「なるほどな……」
ーーだから俺とレイが倒れたのか。
「また変身出来るのか分からないけれど、次する機会があれば早めに変身を解除した方がいいわ。痛みで気絶なんて、尋常じゃない痛みじゃないと起きないのよ。ましてや頭なんて、後遺症か何かが起きるかもしれないし、ホントは変身もしない方がいいんだろうけど…」
そこで言い淀むキョウコ。
言い淀んだ訳に気付いた透真は苦笑いを浮かべる。
「あんな化け物がいるんじゃな。そういや俺たちはどれくらい気を失っていたんだ?」
「丸一日よ。ここは私たちが捕まっていた砦。どうして捕まっていたはずの私たちが客人扱いになっているのかはよくわからないんだけど、それはトウマさんが説明してくれるんでしょう?」
「ああ」
言われて思い出す。
アイリスと結んだ契約の話をせねばと口を開きかけたところにケントが話を遮る。
「おいおいキョウコ!それより言うことがあるだろ!」
「え?」
「ケントさんその話は後でもいいでしょう」
「な訳あるか!聞けよトウマ!キョウコの話が本当なら、俺たち全員変身出来……「揃っているな!」」
今度はケントがアイリスに話を遮られる。
ケントは憮然とした表情を浮かべるが、流石にアイリスに突っかかることはしなかった。
「トウマ殿目覚めたか、よかった。目の前でいきなり倒れるものだから心配したんだぞ?」
「ご心配をおかけしました」
アイリスに向かって透真は頭を下げる。
それをうむ、と鷹揚に頷くと、アイリスは再び口を開いた。
「トウマ殿が目覚めたのなら話が早い。私が来たのは契約の内容について話に来たのだ」
「契約?」
「うん?まだ聞いていないのか?」
トウマ以外の全員が頭の上に疑問符を浮かべる。
その反応をみて、透真は頭を抱えるしかなかった。
「今からいうところでした……」
「なんと!私は毎回タイミングが悪いらしい!では、契約内容の確認も含めてみんなで話し合おうじゃないか」
レイも歩けると言うので、一同は応接間のような部屋へ場所を移す。
廊下は無骨な石造であったが、応接間はアイリスのような位の高い人物が使うからなのか見事な装飾が施されていた。
「はえー綺麗な部屋ー」
「さぁ、皆座りたまえ」
アイリスに促されて全員がソファのような椅子に座る。
座るとどこかでそれを見ていたのかと問いかけたくなるほどのタイミングで使用人と思われる女性が数人入ってきた。
「飲み物は紅茶でも?」
「大丈夫です」
「オレは水で!」
「私も紅茶で大丈夫です」
「ワタシも……」
「うちもー!」
「わたしも大丈夫です」
約一名を除いて全員が紅茶を啜る。
一息ついたのを確認してから、アイリスが口を開いた。
「まずはトウマ殿も知っている内容から話そう。我々に協力してくれれば対価として、他所の国の聖域の場所とその国の領主クラスの人間に貴方方が聖域に入れるよう、話をしてみます」
「え!?聖域って他にもあるの!?」
「そうらしい」
「てことは、もっと情報が得られるかもだねー」
透真以外の面々にも、この条件がどれだけ自分たちが求めていた情報が察しがついたようだ。
しかし、全員がそれだけで首を縦に振るわけではない。
「アイリス様の言い方では、話をするだけで聖域に入れる許可までは確証出来ない、という言い方に聞こえますが?」
「その通りだ。えぇっと…」
「キョウコと申します」
「すまないキョウコ殿。その通りだ。私から話を通すことは出来るがその国の裁量権はその国の領主にある。加えて他国の領主は私たちと対等な存在でね、無理やりうんと言わせることはできないんだ」
「でもアンタなら面倒な手続きすっ飛ばして頭の奴と話つけてくれんだろ?」
「そうだな、そのくらいなら私にも出来る」
「なるほど……」
各々、思考に耽る。
それをしばらく静観している透真はやがて、口を開いた。
「俺はこの話に乗るべきだと思った。他に情報もないし、いちいち捕まったり、追われるのは面倒だしな」
「確かにそうね、これが一番可能性が高いかもしれない」
他の面々も賛成なようで、透真は内心でホッとする。
それはアイリスも同じなようだった。
「よかった。しかし、我々が出す条件は聞かなくてもいいのか?」
「どっちみち、他に選択肢はありません。乗るだけです」
「気持ちのいい男だな君は。さて、では私からの条件だ。私の頼みはーーーーー」
分け与えられた客室の窓を開ける。
そこからは砦がよく、見渡せた。
ーー以外に、広いんだな。
牢屋や逃げる時には気にしなかったが、案外この砦は広いようだ。それだけ重要な拠点なのだろう。
ーーだからあんな条件を出してきたんだろうな。
思い出すのはアイリスが提案してきた条件だ。
一筋縄ではいかないだろう。しかし見返りが大きいのもたしかだ。
ーー簡単な事じゃない。でも俺は、絶対全員であの世界に帰る。
透真は1人で開け放たれた窓から空を見上げながら決意を固める。
「おーい!トウマくーん!アイリスさんが、食事でもどうかだってー!」
下の階からセラの透真を呼ぶ声がする。
「今行くよ」
その声に透真は返事をして、窓を閉めようとする。
しかしふと気になり、透真は再び窓から空を見た。
既に日はどっぷりと浸かり、星空が見えている。
ーーそういや、あっちの世界ではどれくらいの月日が経ってるんだろう。
まさか、クビになってたりしないよな。と一瞬の不安に駆られたがその思考は窓の外に追いやる。
ーー今はそんな事気にしてる場合じゃないしな。
余計な不安を窓の外に追いやって、透真は今度こそ窓を閉めた。
きょうぐんこしん ゲーマーズ
第一部 不思議の国のゲーマーズ 了




