20話 残念ながら、肩慣らしにもならないようですよ?
「く、くるな!」
腰の入ってない兵士の攻撃を透真は軽々と避け、お返しとばかりに兵士の顎を殴る。
ーー拙いな。
それが一方的に兵士たちを蹂躙している透真の感想だった。
ーーもう少しくらいは、やるものだと思っていたが。
顎を撃ち抜かれ、もたれかかるように倒れてくる兵士をさらりと避ける。
状況は一方的だった。
多勢に無勢なのは透真たちの方なのに蹂躙しているのは透真たち、という意味不明な状況であるが、最も意味不明だと感じていたのは蹂躙されている兵士たちだった。
「な、何をしている!早く取り押さえんか!」
「しかし兵長!アイツらバケモンです!俺たちじゃ止められません!」
「何をいうか!1人は素手、もう1人に至っては腰に刀を指しているのに抜いてもおらんのだぞ!!」
人垣の向こうから先程透真と口論になった男の怒号が響く。
ーーあそこか。
声のした方へと、透真は歩みを進める。その間にも手足は常に動き、確実に兵士たちの意識を刈り取っていく。
「ひっ!こっちへ近づいて来ます!ご指示を!」
「わかっておる!個で勝てないのならば複数でやれ!囲んで確実に始末しろ!」
ーーあ、もう捕まえる気もないのか。
始末しろ、という単語に透真は思わず笑みを浮かべる。
その間にも兵士たちは透真やケントを仕留めんと、囲み込んでいた。
「お、連中もアホじゃないみたいだな。おいトウマ!手伝いはいるか!?」
「いらねーよ!こんくらい俺も素手で大丈夫だ!」
少し離れたところから聞こえてくるケントの声に叫び返す。
その間に包囲が完成したのか、兵士たちはジリジリと四方から透真への間合いを詰めていた。
「剣は使うな!槍で遠くから突け!剣を抜く暇を与えるな!!」
先程のものとはまた違う、指揮官と思しき兵士が指示を飛ばす。
それに従うように、槍を構えた兵士たちが今にも突き刺さんと、槍を突き出していた。
ーー2、3…5人か。
向けられる殺気の数から死角なども含め5人に狙われているのを察知する。
ジリジリと間合いが詰められ、いよいよ一斉に攻撃が始まるというその瞬間、僅かに先に動き出したのは透真だった。
「ッ!!」
「ヒィッ!」
正面の兵士に殺気混じりの睨みを効かせる。
真正面から透真の殺気を浴びた兵士は、体が強張り、足並み揃えて突き刺すはずだった槍の動きが鈍る。
「シッ!!」
透真はその僅かに動きの遅れた兵士の槍を掴み瞬時に背中を向ける。
もたれ掛かるように兵士に背中からぶつかると、視線の先には突き出された槍が4本、目の前で交差していた。
先程まで透真がいたところに突き刺された槍は空を切るだけに終わる。
それを兵士達が認識するころにはトウマの姿はそこにはなかった。
「「なっ!?」」
槍を突き出した4人の兵士の前にいるのは不格好な立ち姿で立ち尽くす仲間が1人だけ。
どこに逃げた、と透真を探そうとする4人だったが次の瞬間、立ち尽くしていたはずの男が4人目掛けて突っ込んでくる。
「「うおっ!」」
咄嗟に槍を上に立てる4人。
間一髪仲間を串刺しするところだったことに肝を冷やした4人はその事に集中しすぎて突き飛ばされたように突っ込んできた仲間に対する対応が遅れる。
「ッ!!………おい!」
何をやってるんだ、と言おうとするが言葉が出ない。
なぜなら言おうとしていた男の顔には、透真の膝がめり込んでいた。
「1人」
膝から伝わる柔らかい感触から、意識が完全に途切れる威力だったのを確信すると、透真はそのまま次へと狙いを変える。
大人の男の顔の高さまで跳躍した膝蹴り。そのまま気絶した兵士の、隣の兵士目掛けて、透真は足を伸ばした。
「へ?」
目の前で仲間がやられた状況に意味がわかっていない兵士の首に、引っ掛けるようにして透真は足を掛ける。
足がしっかりと首にかかったことを確認すると、透真はそのままその足をかかと落としの要領で地面に叩きつけた。
「2人」
2人目の意識も途切れたのを確認した透真は地面に叩きつけた足を横になぎ払う。
「ぎゃっ!」
また1人、隣にいた兵士が足を払われ転倒する。
「クソッ!ガキが………!?」
転倒して頭は打ったが意識は失わなかった兵士が顔を上げる。そこにはまるでギロチンのように落ちてくる肘が見えた。
「3人」
「ヒッ!」
残すはあと2人。しかし透真を突き刺す時に怖気つき、それだけでなく突き飛ばされ、オトリに使われた兵士は完全に戦意を既に失っていた。
「この!!」
もう1人の兵士が、仲間に肘打ちを落としたまま、地面に横になっている透真目掛けて槍を突き出す。
しかしそれすらもヒラリと華麗に避けた透真はそのまま中腰になり、男の股間に拳を叩き込む。
「〜〜〜〜〜!!」
悶絶する様に膝をつく男、もはや戦いどころではない男だったが、透真はそれにも容赦せずに、まるでサッカーボールを蹴るように顔を蹴り飛ばした。
「4人」
「ひ、ど、どうか命だけは!」
まるで懇願するように頭を地面につける男、透真はその男の戦意が完全に喪失しているのを確認すると視線を外し、完全に意識の外へ追いやった。
ズキリ、とまた頭痛が走る。
ーーさて、俺のほうは片付いたがケントは……心配いらなかったな。
視線をケントへ向けると、そこには大勢の兵士たちが力なく倒れている。
死屍累々な光景の中に唯一立っていたケントは、場違いな程に清々しい表情を浮かべていた。
「おめーら!いい喧嘩だったぜ!またやろうな!」
聞こえているか分からない兵士たちに向かって、ケントは話しかけている。
ーー俺より大勢に囲まれてた気がするが、ケントには相手にもならなかったか。
相棒の強さに感心した透真は再び前へ向き直る。
視線の先には先程、透真と口論になった男と僅かばかりの兵士が青い顔をして、こちらを見ていた。
「さて、お待たせしました。始めましょうか」
「な、何を言っている」
透真の言葉に、指示を飛ばしていた男は意味がわからない、といった反応をする。
「俺たちを捕らえるんでしょう?こちらも黙って捕まるわけにはいかないので少し抵抗させていただきました。」
「少し…?」
後ろから声が聞こえてくるが透真はきこえなかったふりをする。
「残念ながらおたくの部下たちでは俺たちを捉えられなかったようです。となればもちろんあなたが出てこられるんですよね?こちらの準備は万全ですのでいつでもどうぞ」
言いながら透真はすらりと刀を鞘から抜く。
今まで素手で大勢の兵士たちを圧倒していた透真が抜刀した事実に、ゴクリと男は唾を飲み込む。
「ま、待て!貴様らの強さは十分にわかった!貴様の言う通りだ!いやはや耳が痛い。これからは更に兵の練度が上がるよう精進していこう!」
男が必死に言い募る。
それを冷たい視線で見ていた透真は、視線と同じ絶対零度の声で話す。
「それはよかった。個々人の力量が上がるのは結果的には全体の死亡率にも関わるでしょう、いい心がけだと思います。」
「ならば…「しかし」」
言いかけた言葉を透真は断ち切る。
そのまま男が口を開く前に透真は言葉を続ける。
「今の問題はそれではありません。あなたは部下に命令して抜剣させた。あまつさえ相手の命まで奪おうとした。剣を向けるということは向けられるリスクもあるということだ。あなたはそれを承知で命令をしましたか?」
男は何も言わない。
「そこはもう追求しません。しかし斬りつけるよう命令した大将が戦いもせずに降参は、部下に示しがつかんでしょう」
言われて男はハッとした表情で辺りを見渡す。
男のそばに控えていた兵士や、透真たちにやられたが意識ははっきりしている一部の兵士たちの非難めいた視線が男に集まっていた。
「ぐ、ぐっ」
渋々、といった様子で男が剣を抜く。
剣を抜いたのを確認した透真は僅かに刀を揺らしながら一歩踏み出した。
「ウヒィ!」
それだけのことで男は勝手に怖気付き、尻餅をつく。
それを呆れたように透真は見つめると、ゆっくり刀を振り上げる。
「ま、待て!待ってくれ!」
透真は男の言葉に耳を貸さない。
そして振り上げた刀を鋭く振り下げーーー
「待ちなさい!!」




