2話 社会人としての一歩をスタートさせるようですよ?
「新入社員の皆さん、入社おめでとうございます。本日MFG社に入社し社会人としてスタートした皆さんを、心から歓迎いたします。皆さんは今日から私たちの仲間であり、家族で....」
何度かテレビで見たことがある人物が、広い会場全体を見渡せるようなステージで話している。
たしか、MFG社、正式名称[Make Fun Game]社の副社長だったはずだ。
テレビで見るような人物を生で見る機会なんて、そうそうあることでは無いので、じっくり見たいところだが、別のことが気になり、それどころじゃなかった。
ーー息苦しいなぁ
首元に手をやると、普段は絶対着ないような首元を締めるようなカッターシャツ、そしてそこにはネクタイがある。
ーー世の中のサラリーマンはみんなこんな物を毎日着てるのか?憂鬱だなぁ
明日からのことを思い、げんなりしながら皆月 透真は顔をしかめる。
まだ4月だけど、クールビズとか適当に理由をつけ、明日からネクタイなしで来ちゃダメかな?などと考えていた透真だったが、唐突に話しかける者がいた。
「なぁ、おまえ、例の大会優勝者のやつだろ?」
透真にしか聞こえないような小声が右隣から聞こえ、目線だけを右に移す。そこにはいかにもチャラそうな髪色をした男が手を口の横にあて、透真にしか声が届かないようにして話しかけていた。
「おーい、聞こえてる?そうなんだろ?」
「だったらどうしたんだよ」
無視しても話しかけてくる男に、じとりとした視線を向けながら返事をする。
「いやいや、あんた、ちょー有名人じゃん?ちょっと話してみたくなってね」
ニコニコしながら話しかける男に若干の不信感を抱きながらもある単語が気になり、思わず聞き返す。
「有名人?俺が?」
「え、それまじで言ってんの?」
ニコニコから一転、うわーそれひくわー的な視線で見られてしまう。だが、本当に意味がわからない透真は一言、「まじで言ってる」とだけ返した。
「あのな..世界中見渡してもトップのシェアを誇るMFG社!そこが主催で初めて開かれたゲームジャンル関係なしの異種格闘技戦!!こんなの、世界中から注目されるに決まってるでしょうが。わかる?」
「あ、ああ」
器用に小声で声を張り上げる、という意味不明な離れ業を魅せるチャラ男に、透真は若干引きながら首肯する。
「その大会は、規定では4人1組まではチームを組んでいいってなってたんだ。もちろん優勝を目指すガチな奴らは強いやつで固まって4人1組作るだろう?だがな、優勝した奴らは違ったんだ。」
段々熱を帯びてくる語り口調に自然、透真もゴクリと唾を飲む。心なしかチャラ男の周りの奴らも聞き耳を立てているように思えた。
「ソイツらはなんと、世界中の、ありとあらゆるゲームジャンルから集まってきた猛者達をたった2人で倒して優勝しちゃったんだよ!」
おお、なんだそれ、カッケーな。
社会人になっても、やっぱり男の子な透真もこの手の話は大好きだ。早く続き話せよ、と目で訴える。
「それがお前たち『阿吽』だ!!これで有名じゃないなんて、今更言わないよなぁ!?」
「あ、そうか、これ俺の話だったな」
急に冷静になっていく頭の中で、そう言われるとなかなかすごいことしたのかな?と透真は他人事のように考える。
「そうだ!最初からお前の話してんだよ!んで、なんで入社式出てんの?てっきりたんまり金でももらって、悠々自適な生活でもしてんのかと思ってたけど」
ーーグイグイくるなこいつ。初対面なのに。
馴れ馴れしい態度に、少し不快感を感じた透真だったが、態度には出さない。この場にいるということは、このチャラ男も今日から自分の同僚なのだろう。
なるべく悪い印象を持たれたくないのと、特に隠しているわけでもないので正直に話す。
「優勝の特典のことか?俺は金なんて貰ってないぞ?その特典を使って、ここにいるんだ」
「は?」
チャラ男が呆けた顔になる。
「大会優勝特典の、MFG社になんでもお願いできる権利の話だろ?なら答えは単純だ。おれはその権利を使って、ここにいる」
「いやいや、おかしいでしょ。普通大金せびるよね?」
いやいやいや、と顔の前で手を振りながら、チャラ男は呆れたような反応をする。どうでもいいがそろそろこいつ、誰かしらに怒られるんじゃないかと心配になる。
「あんな全世界に顔と名前が配信されてるのに大金なんてもらったら、盗って下さいって言ってるようなものだろ?」
「まぁ、それもそうだな、でもなんでまたおれらと同じ新入社員なんだ?お願いすれば専属ゲーマーとかで契約してもらえたんじゃないのか?ゲームの腕前も凄いんだし、プロゲーマーで雇って貰えばどちらにしろ大金持ちだぜ?」
「金が目的じゃないからな」
それを最後に、もう話すことはないと言わんばかりに、透真はステージの方を見据える。それを見たチャラ男もまた、雰囲気を察したのか、さっきほどグイグイとは話しかけて来ない。
「ふーん、金が目的じゃない、ねぇ。ほとんどの奴らは金をもらうために働いてるんだと思うけど。あんた、変わってんね」
ほっとけ。と思ったが返事はしない。チャラ男も返事を期待しないで独り言ぐらいのつもりで言ったのかそれっきり話しかけてくることは無かった。
ーーーーーー
「てことがあったんだ」
「ワハハ!まぁ普通はそう思うわな!」
軽快な笑い声が室内に響く。
今、透真は1人の男と向かい合っていた。
「お前もそう思うか?ケント?」
ケントと呼ばれた男は笑顔のまま首を横に振る。
「いんや、お前の夢を聞いた後だしな。んなことおもわねぇよ。ただまぁ、普通じゃないわな!」
「普通じゃない、か。普通になりたいんだけどな、俺は。」
それを聞いてまたケントはケラケラ笑い出す。
「何言ってんだ。俺たちチャンピオンだぜ?普通じゃねーの、最強なの!」
「そうか、最強か。ハハッ、ならそれもいいかな。それより今日の入社式、会わなかったな。ちゃんときてたのか??」
その質問を受けた途端、笑顔だったケントの顔は憮然としたものに変わる。
「どういう意味だそれ。入社式くらいちゃんと出るわ!人が多かったから会わなかったんだろ!そういやオレ、なんでも新しく作られた部署に配属されそうなんだがそっちはどうなんだ?」
言われて、透真も今日あった出来事を思い出す。そういえば、と口を開いた。
「俺も似たようなことを言われたな。ゲーム作るためにこの会社に入ったのに、どこに飛ばされるんだかな」
言いながら、言われたときのことを思い出し、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。透真の怒りを察したのか、ケントは笑いながら、まぁまぁ、ととりなす。
「まぁ、全部は思い通りにはならないだろうからな、気長にいこうぜ!てか、お互い新しい部署なら、同じかもな!また連つるめるぜ?」
心から嬉しそうに笑うケントに少し透真の溜飲も下がる。
朗らかな雰囲気が流れたのも束の間、何かを思い出したような顔をしたケントは、途端に先ほどとは打って変わって獰猛な笑みを浮かべた。
「告知みたか?」
それだけでなんの意味かわかってしまい、思わず鼻で軽く笑ってしまう。
「もちろん。また一緒に出るだろ?」
「当たり前だ!そのためにここにいるんだしな。」
そう言いながら、ケントは軽やかにその場でステップを踏む。
「第一回大会の名前が『MFGスーパースターバトル』で次に行われるのが『MFGアルティメットスターバトル』だっけ?次は何になるんだろうな!?」
「第二回の受付が始まったばかりなのに、もう第三回の話か?」
笑いながら指摘するが、ケントは別段、腹を立てるでもなくニシシと笑っていた。
「それもそうだな!...んじゃボチボチはじめっか?」
ポキポキと指を鳴らしていたケントが右足を引き、半身の姿勢で構えをとる。
それを眺めながら、透真は掌を開いたり閉じたりする。
ーーラグ無し。調子も良し。後は勝つだけ。
「あぁ...そうだな」
それに、合わせるように、透真もまた、腰にさした刀を抜き、中段に構えた。
「リベンジといかせてもらうぜ!!」
「稽古をつけてやるよ!」
そして
2人は試合開始の合言葉を叫ぶ。
「「pray!!」」
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