15話 なんだか映画ような展開になってきましたよ?
「着いたな」
暗い森、といっても月明かりのおかげで足元くらいなら見えるほどの森を歩き、現地の者たちに聖域と呼ばれていた場所へと到着する。
「ホントに着いた。適当に歩いてる訳じゃなかったんだな」
ーー失礼な。
ケントの言い草に、透真はムッとする。
「あてもなく闇雲に夜の森を歩くか。覚えてたんだよ」
「へー、すごいね透真くん」
ケントに向けて言ったつもりだったが反応したのはセラだった。
ケントではなく別方向から肯定的な反応が来ると思わなかった透真は、それに対する反応が遅れる。
「ま、まぁ 癖なんだよ。周りを観察するのっていうか、キョロキョロするのが」
「あ、トウマっちってもしかして落ち着きがない子供だったの?」
「ちげーよ。おれは昔からクールだったわ」
「クールな人は...そんなこと言わない…」
今度はセラに返事したつもりがカオリやレイが反応してくる。
学校でも最低限の友人しか作ってこなかった透真はこういった複数の会話に慣れていなかった。
「俺の事はいいから、中入ろうぜ?」
「というか、ケントさんがもう中に入って行こうとしてるわよ」
「え!?おいケント!!勝手に行くな!!」
あわててケントを止める。
この話題のきっかけになったはずの当人なのに、本人は「無駄話してねーで、早く入ろうぜ」なんて言っている。
「ふんっ」
「ぐげっ」
思わず透真は腰にさしていた刀の柄でトウマの鳩尾を突く。
鳩尾を押さえ、うずくまるケントをよそに透真は建物は足を踏み入れるのだった。
「いってー、おいトウマ、アザになったらどーすんだよ」
「ケントさんが怒らせるような事言うからでしょ」
「ーーっ!!ーーっ!!」
聖域と呼ばれていた廃墟の中、長い廊下を6人で歩く。
ケントとキョウコは2人で口喧嘩のような痴話喧嘩のような会話を2人で繰り広げ、セラはそれをまたもや、によによとした顔で眺めている。
ーーそういえば。
ふと、透真は会話に参加せずに自分の前を歩いていた2人に気になったことを聞いてみる。
「そういえばよくあの扉を開けられたな?」
「うんー?ウチに言ってるの?」
カオリが振り向きながら自分を指差す。
「ああ、カオリにもだがレイにも聞いてる」
「扉って…?」
名前を呼ばれて自分も質問されていることに気づいたレイが顔を半分だけこちらに向け、聞き返してくる。
「ほら、最初目覚めた部屋から廊下みたいなところに出るのに扉があったろ。男の俺でもやっとでこじ開けられたのに2人はどうやって開けたのかなと思ってな」
ここに来て疑問に思ったことだ。
性別だけの問題ではなく、透真は昔からの癖で体は鍛えていた。そんな透真でもやっとのことでこじ開けられた扉を、明らかに女子の中でもか弱い部類に入りそうなカオリやレイが開けられたのかと透真は疑問に思って仕方がなかったのだ。
どうやって開けたのだろう、と考えているとカオリとレイはお互いに顔を見合わせ、首をひねる。
「どうったってあんなの」
「ボタン押したら開いた…」
「え?」
どうしてそんなこと聞くの?と言わんばかりの視線に、透真は声が詰まる。
「扉の横にボタンがあったでしょ?」
「それ押したら開いた…」
「ええ」
ーーそんなのあったのかよ。
もう少し、周りの雑草も剥がしてよく見るべきだったな、と透真は後悔する。
「トウマっちも案外、脳筋なんだね」
「たまたまだ!」
「脳筋ゴリラ…」
「余計なのを足すな!!」
なんだかんだ、透真達も会話が弾むのだった。
「この扉から、ウチは出てきたんだよー!」
しばらく直線の廊下を歩き、円形の廊下があったところに到着する。
カオリは直線の廊下から円形の廊下に突き当たって時計回りに一つ目の扉を指差していた。
「ここでカオリは眠っていたのね?」
「そうそう!」
「中には入れる?俺が眠ってた部屋と違いがないか見てみたいんだけど」
「え…トウマくん、女の子の寝室に入るのはまずいよ」
「トウマそれはやめとけって」
「寝室とは言わないだろここは」
「私も見たいから……開けて」
「ちょっと待ってね………うーん、ボタンがないから開けられないや」
ペタペタと扉の周りを触っていたカオリは、やがて諦めたように肩を落とす。
「さっき言ってた扉を開くためのボタンか?」
「そうそう、一方通行だったみたい……そうだ!トウマっち開けてみてよ!自分の時みたいに!」
語尾に(笑)がつきそうな言い方だったが、最初に頼んだのは自分だったので、透真はグッと堪える。
「……わかった。ケント手伝ってくれ」
「まかしとけ!」
「いくぞ!せーのっ!」
「「ぐおおおおおおおおおお!!」」
2人で精一杯押すが、扉はびくともしない。
「あかねーな」
「おかしいな。俺の時は開いたのに」
「やっぱりゴリラ…」
「ゴリラ言うな!」
透真が怒るとレイはすかさずセラの後ろに隠れる。
盾にされたセラは苦笑いを浮かべると、ふと何か思いついたように指を立てた。
「ボタンがなくて、出る時は開けられたドアが開かないんなら、やっぱり一方通行なんじゃないかな?向こうには開かないように作られてるのかも?」
「かもな、押した感触からして、びくともしねーし」
ならしょうがない、と言うふうに全員意識を切り替え、隣の扉へ向かう。
「ここは私がいたわ」
「キョウコか。ここも見た感じはカオリの部屋と同じみたいだな。ケント!動くか?」
言う前から扉を力一杯こじ開けようとしていたケントに問いかける。
「ぐっ……!くっ……!たはぁ!無理だ。あかねー」
「ここもか、なら次に行くか。」
キョウコの部屋もとりあえず放置して次の部屋へ向かう。
次の扉も作りこそ同じであったが、その扉は人1人分は倒れそうなくらいには隙間が空いていた。
「ここがトウマっちの部屋だね」
「ホントにむりやりこじ開けてる…」
「もういいだろそのくだりは。それより中を見てみてくれ」
透真の言葉を皮切りに、次々扉の隙間から中に入る。
中の景色は来た時と変わらず何もない部屋に、透真が眠っていた箱と、服が入っていた箱があるだけだった。
「何かみんなの部屋と違う部分はあるか?」
周りを見渡しながら、透真は問いかける。
「いや、ほぼ同じだ。まぁオレんとこの方がキレイだったけどな」
「私のところも似たような感じだったわ。ここまで荒れてはいなかったけど」
「うちもこんな感じだったよー」
レイとセラも概ね似たような構造だと答えたので皆同じ部屋だったのかもしれない。そう考えた透真は「じゃあ出るか」と、足早に自分が眠っていた部屋を後にした。
「ここで一周したみたいだね」
セラが指差した方向を見ると自分たちが歩いてきた外へと続く廊下が見える。
ざっと歩いた感じ特に不審な点は見つけることが出来なかった。
「特に不思議なことはなかったわね」
「だな、強いて言えば扉の数が俺たちより一つ多いってことくらいか?」
「あそこの部屋にも、誰かいるのかなー?」
「まだ眠っていて、中にいる可能性もあるが、外からは開かないもんな」
透真は別の可能性も考えたがそれはあえて口に出さず、まだ中の人間が眠っている可能性について語る。
しかし他に勘が鋭い人間がいたようで、「…中で死んでたりして…」などとレイがボソリと呟く。
ーー言うなよそれを。
目線だけでレイを非難するがレイはそれを受け流す。
レイの背筋が凍るような発言に、カオリとセラは2人で手を握り合っていた。
「どちらにしても、こちらからは開けられないんだし、気にするだけ無駄よ。シュレーディンガーの猫とでも思っておけばいいわ」
「あ、なんかそれ聞いたことある!」
「観測するまでは箱の中の猫は生きているとも言えるし、死んでいるとも言えるってやつだったか?」
「そうよ。意外に博識なのね、トウマさん」
「ホント、よく知ってるね」
「いや、たまたまだよ、それにそれを言うなら、それをポンと口に出したキョウコの方が博識だと思うけどな」
「私のはただの雑学的な知識よ」
見覚えのある場所に戻り、大したものも見つからなかったので弛緩した空気が流れる。
しかしその中で唯一、会話に参加しない者がいた。
「ケント…なにしてるの?…」
レイの言葉に、全員の注目がケントに集中する。
ケントは丸廊下の内壁、円柱になっている部分を凝視していた。
「……ここ、くぼんでねぇか?」
「え?」
ーーたしかに。
言われて円柱の内壁の部分を見てみると僅かに窪みがある。その窪みは、入り口から続く直線の廊下と円形廊下の突き当たりにあった。
「ただの窪みには見えないわね」
おなじく覗き込んできたキョウコがぽそりと呟く。
たしかに、と考えていると少し離れたところから窪みを眺めていたセラが、ふと言葉を溢す。
「なんか、大きさ的にカードくらいのくぼみだね?」
ーーたしかに。
トウマが納得したように、他のものにも腑に落ちたのか納得した表情を浮かべる。
「ハイテク映画によくある、カードキーをかざしてねってやつかなー?」
「でも、だれもカードキーなんて……」
「これでなんとかなんねーか?」
ケントがおもむろにポケットからカードを取り出す。
それは全員の着る服になぜか入っていた『prayカード』だった。
「ゲームとかだと、こういう手持ちにあるアイテムでなんとかなるんだけどな」
などと言いながらprayカードを窪みに押し当てる。
正直だれも期待していなかったが、その予想は見事に裏切られる。
「うおっ!!」
ケントが短い悲鳴を上げてわずかに後ろに飛び退く。
何事かと視線を向けてみると、窪みがあった場所が何やら騒がしく振動していた。
「ケントっち!何したの!!」
「なんもしてねーよ!カード押し当てただけだ!」
焦った様子のカオリにそれ以上に焦った様子のケントが答える。嘘をついてるようには見えない。
「見て。」
レイの言葉に再び円柱へと視線を戻す、すると先ほどまで振動だけだった円柱はじわじわと回転をしだした。
「一体何が」
グルグルと重たいものが動く音と回転する円柱を眺めること数分。
今まで円柱があったところには、地下へと続く螺旋状の階段が出来上がっていた。
ーーすごいな、隠し扉ってやつか?
映画やゲームのようなギミックに、少なからず透真は興奮する。
「おいおい!オレのお手柄だな!?絶対この下なんかあるぜ!」
おなじく興奮したような様子のケントも鼻息荒く、まくし立てていた。
「この先になにかあるかもしれないって部分には賛成ね。手柄についてはただの偶然だし、賛同しかねるけど」
「なんだと!」
「まぁまあ2人とも、今はそれどころじゃないよー」
「うんうん!2人仲良くね!」
セラの2人仲良くの部分に微妙に違和感を感じた透真だったがなにも言わないでおく。
「どうするよ?おりてみっか?」
「何があるのかは気になるな」
男2人組は探検気分で乗り気だったが、女性陣の反応は芳しくない。
「危なくないかしら?外にあんな化け物がいる世界よ?」
「そうだねー、てか遺跡って言われてるくらいなんだから建物も古くなってるんじゃない?崩れるかもよー」
「うんうん、やめとこう?」
もっともらしいことを言っている3人だが顔を見ればその真意が見て取れた。
ーー怖いんだな。
といっても透真も全く怖くない訳ではなかったので茶化しはしない。
そのかわり、残る1人に意見を求めた。
ーー多数決ではないけど、レイも嫌がればやめとくか。
「レイはどうおもう?」
レイに問いかける。
「ワタシは…行った方がいいと思う…」
「「「え!?」」」
予想外の意見に戸惑う女性陣。
「レ、レイ?なかは危険よ?わざわざそんな冒険をする必要もないんじゃないかしら?考え直してみて?」
「なかは危ないよー!レイっちなんておっちょこちょいなんだからすぐ怪我するよ!」
「レイちゃんお化けとか信じてない?」
3人がものすごい勢いで説得にかかる。しかしながらレイは一言、返すだけだった。
「でも…ここいま……囲まれてるよ…」
ピシャリと静かになる室内。
ーー気づかなかった。気配には敏感な方だが、俺もまだまだ未熟者ってことだな。
全く気づくことができなかった透真は自分を戒める。
「どっちに囲まれてんだ?」
「音的に……蹄?…大勢の人が馬に乗ってるみたいだから人間だとは思う…」
ゲームのアバターに変身しているからなのか、聴覚が鋭くなったレイは淡々と告げた。
「そうだ、レイ。心音レーダー?もってたよな?」
「心音センター……はい。」
レイから心音センターを受け取り、透真は画面を眺める。
そこにはたしかにこの建物の周りに大勢の生き物がいることを示していた。
「馬に乗ってるってことは兵士とかじゃないー?」
「な、なら!保護してもらおうよ!」
カオリとセラが安堵したように話し出す。
「でも、私達その兵士達に捕まっていたのよね」
呟くキョウコの言葉がやけに響く。もう行き先は決定したようなものだ。
「んじゃ降りようぜ。もしかしたら隠し通路とかで違うとこに出れるかもよ」
「そうだな、連中はここのことを聖域って言ってたし、大勢では押しかけてこないだろうからな、下に降りてみよう」
ケントを先頭に階段を下っていく。
カオリの言っていた耐久面が恐ろしかったが、建物はしっかりとしておりなんの問題もなく6人は下へ下へと向かっていく。
「お、終わったな」
ケントの言葉通り、しばらくすると階段に終わりが見えてくる。
階段から続く通路の先にはうっすら光る、何かがあった。




