13話 昔を思い出してセンチメンタルな気分ですよ?
ーーー嫌な感触だ。
刀を鞘に収める。
曲がりはなかったのか、刀はスルスルと抵抗なく、鞘に収まった。
キン、と小気味いい音がなると透真は柄から右手を離す。
ーーあの、修行の時以来だな。
思い出すのは子供の頃の修行の記憶。
生きる力を付けさせると子供の俺を、あの糞親父は森の中に置き去りにしたのだ。
無我夢中になって野生の生き物を殺し、肉を喰らい、生き血を啜って生き延びたあの日の記憶。
その時生き物を斬った感触と今の感触が重なる。
ーー結局俺は糞親父に教わった技を使わないと何もできない。
自分を嘲るように空を見上げると、打って変わって星と月が夜空を覆い尽くすように輝いている。
「トウマ!」
呼ばれて視線を下ろすと、ケントがこちらへ近づいてきていた。
「おお、ケント。無事か?」
「それはこっちのセリフだ!オレはなんともねーよ。オメーはどーなんだ?」
「俺も大丈夫だ。ラッキーだったな」
「ラッキーていうか...まぁいい、それよりオメーその格好...」
「あぁ、これか」
言われて自分の格好を見る。
記憶が正しければこの格好は最後に自分がゲーム内でしていたアバターの格好だ。
大会優勝したときに、表彰式はゲームアバターで出るものだと勝手に勘違いして、課金して買ったスーツ姿のスキン。
ーーまぁ、結局現実で出る羽目になったんだけどな。
それはいまはいいかと、頭の隅へ追いやる。
ケントが聞きたいのはきっとそういうことじゃないんだろう。
「俺にもよくわからないんだ」
「は?」
「あの時の俺は、文字通り死にかけててな。意識が朦朧としててはっきり覚えていないんだよ」
「そうか...でもよく、その状態から回復できたな」
ーー確かにな。
さっきの動きを見てたなら心からそう思ったことだろう。
死にゲーという括りに入れられる理不尽なゲームにも一応レベルはあった。その恩恵か先程の動きは明らかに人間の動きではなかったはずだ。
「ゲームのステータスが反映されてるのもあるんだろうが...回復アイテムのおかげだな」
「回復アイテムまでゲーム通りなのか...ますます変なとこだな、ここは」
ーーまったくだ。
思ったが声には出さない。その変な世界のおかげで自分はみんなを助けられたのだから。
もっとも、その変な世界のせいでこんな目に合っているのかもしれないが。
「オレもその力が使えるのかな....」と珍しく思案を巡らせるケントの肩をポンポンと叩き、1番近くにいたレイの所まで行く。
「トウマ...ケガは?」
「俺は無傷だ。そっちは?」
「ワタシも...ない」
「そうか、よかった。この変な力のおかげだな」
わずかに刀を揺らしてレイの視線を誘導する。
それを見たレイは何かを察したような顔をした。
「トウマも...?」
「あぁ、原因はわかんないけどな。それより、ケガが無いならケントを見張っといてくれ。珍しく考え込んでてな、何するかわからないから」
「わかった」
とくに何も疑問に思わないあたり、レイもケントのキャラは大体掴めているのだろう。ケントにほんの少しだけ同情しながら残りの3人の元へ向かう。
「みんなケガはないか?」
3人は未だに腰を抜かしたように、3人固まって座り込んでいた。
ーーまぁ、あんなもん見せられればな。
チラリと馬頭の方へ視線を向けて苦笑いする。
明らかにゲームで言えばCEROレーティングZの光景だ。すなわち18禁。
そんなの見せられれば放心するのも仕方がないと言えるだろう。
ーーでも、いまはそういうわけにもいかないんだよな。
心中お察しするが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
透真はねこだましの要領で、3人の顔の前で柏手をうつ。
「はっ!」
「はにゃ!?」
「ふぇ!?」
三者三様な反応を見た後、3人の意識がはっきりしたのを確認する。
「ケガはないか?」
2度目の質問だが今度こそはっきり認識したのだろう。
それぞれが頷くのを確認して透真は安堵した。
「ごめんなさい、ちょっと混乱してしまって...」
「気にするな、それが正常な反応だと思うぞ」
「あの怪物は、ウチの見間違いじゃなければ...」
「死んでるぞ。俺が斬り殺した」
「それよりなんだかトウマくんの格好がさっきと違うような...」
「あーそれはなんというか...レイと同じことが俺にも起きたらしい」
一体彼女らはどこから放心状態になっていたのだろうかと、透真は疑問に思ったが、一旦そのことについては考えることを放棄する。
「聞きたいことは色々あると思うが、詳しいことは後で説明するから。それよりみんな、立てるか?」
手を差し出そうとすると横からスッと違う手が差し出された。
「だらしねーな。ほら、掴め」
「あんなの見たら普通はこうなるわよ...バカ」
めんどくさそうなケントがキョウコに向かって手を出す。
それを牢の時よりだいぶしおらしくなったキョウコが掴んで立ち上がる。
「....っ!!〜〜っ!!」
それを見たセラは悶えていた。
ーー元気そうだな、セラ。
「カオリも...早く立って...」
「う〜レイっち起こして〜」
「カオリ重いから...イヤ...」
「あー!言ったなー!」
飛び上がるようににしてカオリが立ち上がる。
カオリも元気のようだ。
「セラも...ほら」
残るセラに向かって、透真は手を差し出す。
「うん..ありがとう...あっ!」
手を掴んだセラを引き起こそうとする。
しかし、ゲームのステータスの影響か、思ったより強く引っ張ってしまったらしい。
勢い余って、セラは透真の胸に飛び込んでしまう。
「す、すまん!強く引っ張りすぎた!」
「ううん!わたしこそごめんね!もう1人で立てるから大丈夫だよ!」
「お、おう!そうか!」
慌てて手を離す。これではホントにナンパ師かなにかと勘違いされかねないと、透真は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
見ればセラも少し恥ずかしそうに俯いている。それを申し訳なく思っていると、唐突に耳元でボソリと呟く声が聞こえる。
「イチャイチャなら他所でやってくれないかな〜?」
「いっ!?」
慌てて振り向くと、カオリがジト目でこちらを見ていた。
「早く...逃げないと...でしょ?」
レイも似たようなジト目を...いや、デフォルトで眠そうな目でこちらを見てくる。レイの言う通りだった。
「その通りだ!みんな逃げるぞ!!」
後ろでカオリが「みんなラブコメしやがって...」という声を無視しながら声を張り上げる。
幸いカオリ以外は賛成なのか肯定的な反応を返してくれたのですぐに行動に移した。




