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12話 どうやら決着が着いたようですよ?

 

「オマエら!トウマを連れて逃げろ!」


 ケントが馬頭から視線を外さないまま叫ぶ。


 ーーダメだ!お前も逃げろ!


「に...ろ...」


 声が出ない。話そうとすればするほど喉から何かがこみ上げてくる。


 ーー鉄臭い、肺もやられたのか。


 込み上げてきたものが血だとわかると、視界までボヤけ始める。

 既に透真の身体は満身創痍だった。


「立て!立ってトウマを連れて行け!コイツはオレがなんとかする!」


 ボヤけた視界、遠くから響く音、そして薄れゆく意識の中でケントの声が反響する。


「ワタシも援護する...」


「ダメだ!レイ!オマエも逃げろ!」


「トウマがやられた...!1人で行くなんて無茶...!」


「ちっ...!じゃあサポートしろ、オレが突っ込む」


 2人のやりとりが遠くから聞こえる。


 ーーダメだ...みんな...頼むから...


 もう考える思考力も無くなってくる。

 背中がじわじわ濡れてくるのを感じる。


 ーーこれは血か?俺は出血してるのか?


 背中は燃えるように熱い。なのに、指先はどんどん熱を失ったように冷えていく。


 死が近づいている気がした。




 ーーここで、俺は死ぬのか...?




 何かに問いかける。




 ーーこんな、訳がわからない世界で...




 みんなを残したまま。




 ーーわけもわからないままで...?




 俺だけが先に。




 ーー嫌だ...俺は...俺の夢を.....!


 










 ーーーーーーーーーーーーー


 ーーこれは走馬灯?


 不思議な感覚だった。

 まるで頭の中で映画化した自分の人生をダイジェストで流しているような、あの頃の記憶を芝居にして再現しているような不思議な感覚。


 自分が演者なのか観客なのか、それすらも曖昧な世界。


 これが死ぬってことなのか、と透真は漠然と考える。


 走馬灯の記憶は思い出したくないものばかりだ。


 有無を言わさず興奮した猪や獣と戦わされたり、真剣での稽古。


 食べ物も待たされず山に置き去りにされたり、技を教えると言われ、真剣で斬りかかられたり嫌な記憶ばかりだ。


 ーー最悪の気分だ。


 憂鬱な気持ちでいた透真だったが、やがてその気持ちは終わりを迎える。


 その後に流れてくるのは忘れもしない。

 友達の家で生まれて初めてゲームをした記憶だ


 ーーそうだ、俺はゲームに出会ってーーー


 みんなが透真を祝福してくれる。

 おめでとう、すごいな、他人に自慢していいか、など自分もみんなも笑顔を浮かべている。


 ーー結局、夢は叶えられないのか....


 やがてその景色も過ぎ去り、この妙な世界へ来たときの風景に変わる。


『それもそうだな!...んじゃボチボチはじめっか?』


 ポキポキと指を鳴らしていたケントが右足を引き、半身の姿勢で構えをとる。


 ーーそうだ、この戦いの後、俺は妙な世界に来たんだ。



『ん?ここってのはこの牢屋のことか?それなら、時計がないから正確にはわからんが体感で2時間くらい前だな。最初に寝てた妙なところまで入れたらよくわかんねぇ、最初は夢かと思って2度寝したしな!』


 ーーあいつは、どこにいってもだな。


『私の名前は小野寺 京子。年はケントさんと同じ18歳だからトウマさんとも同じだと思うわ』


『ウチの名前は深谷 香織!よろしくね!あ!トウマっちって呼んでも良い??』


『水野 怜。同い年、よろしく』


 ーー3人ともいいやつだ、一緒にゲームしたかったな。


『セラっていいます。』


 ーー不思議な感じのする子だった。どこかであったような、そんなはずは ないのに。





『これって、もしかして「prayカード」か?』


『そうだ。なんでこんなもんがポケットに入ってんだろうな?』


 ーーあぁ、こんなこともあったな。


『prayユーザーが自分のアカウントを結びつけるために使う一番大切なものだろ。それが2枚もあるのか?』


 数時間前のことなのに、ひどく昔のことのように感じる。


「『食べ残しはちゃんと拭いてから』って書いてあった。...むぅ、いつもみんなに言われる...」


 ーーレイは、落ち着いて食べればいいのにな


  『ああ、おれのはこれだ』


「『試合のゴングは指から鳴る』?いったいどう言う意味なんだ?』


 ーー振るだけ振っておいて、あいつは考えないんだ。



『でもよ!prayカードにも『食べ残しはちゃんと拭いてから』って書いてあったのに、早速食べ残しが付いてたら突っ込むしかねーだろ!?なぁ!トウマ!?』


 ーー俺を巻き込みやがって、そんなことするから。


 ゆっくりと、レイの右手が上がってくる。

 たっぷり時間をかけて、口元に付いたパンくずを拭ったレイは、そのまま右手をピストルの形にして構える。

 その手はケントに照準を合わせるように止まると、地の底から這い上がってくるような声が喉元から発せられた。


『prayで、10回殺ス』


 ーーこうなるんだよな。


『わたしのやってたゲームと装備が一緒』


『一緒?似たような格好なだけじゃなくてか?』


『ううん、一緒...ワタシがやってたゲームは全身の装備の配置や中身を設定できた...ナイフの向きに至るまで全部一緒』


 ーーあぁ、この辺から深く考えることをやめたんだったな。


 記憶の濁流が移ろい、流れていく。


 濁流の最後にあったのは、あの醜悪な馬の顔。


 ーー最期がこれか、最悪だな。


 この後はどうなるんだろうと、呆然と考える。

 今の自分は死んでいるのか、生きているのか、ひどく曖昧だ。










『最悪なまま、終わってもいいの?』


 どこからか声が聞こえる。その声は男なのか女なのかわからない無機質な声だ。




 ーー良くねぇよ。でも、どうにもならないだろ。




『どうにもならないから、夢を諦めるの?』




 ーー.....。




『あなたの夢は、そんなに簡単に諦らめられるものなの?』




 ーー.....違う。




『あなたは、そんなによわいひとなの?』




 ーー違う!!




 誰かわからない声に、強く反発する。




 ーー俺は夢を叶えたい!こんなところで死にたくない!





『なら』




 無機質だった声にわずかに温もりが込められたような、そんな気がする。




『起きて。あなたならきっと出来る』


 声がだんだんと遠ざかっていく。




 ーー待ってくれ!一体どうすれば!


 声を追いかけようとするが、動けない。

 まるで、全身ボロボロだった最期の自分のように、左手しか動かすことが出来ずにいた。





『その手に在るものを、手放さないように』





 その言葉が反芻して頭に響く。


 そして透真は目を覚ました。






 走馬灯とは 人間が死の間際にその死を回避しようと、解決策を記憶の中から探す現象、と言うのが通説だ。


 透真という人間も死の間際に到り、その脳をフル回転させることで()()()()()()()



「......」


 かろうじて動く左手の掌を開いて閉じる。閉じた拳を眺めた透真は声も出ないのに笑う。


 ーー絶好調には、程遠いな。


「...プ...」


 出ない声を絞り出す。

 喉から血の味がするが、それでも構わず絞り出す。


「プ...レ"......イ"!!」


 言い切ると同時に体が光に包まれる。


 不思議な感覚に全身で浸っていると、またあの声がした。


『声紋認証....成功。アカウントリンク....ID No...0179261...成功。皆月透真のセーブデータを同期....成功。.....おかえりなさい透真くん』


 無機質だが、最後だけは人が話したような温もりを感じる。

 しかしやはりその声は、問いかけようとすると、遠くに消えていく。


「.....?」


 自分の体の変化に気づく、懐かしいような、嬉しいような。


 ーーあぁ、この感覚。俺も()()()()()()()


 自分の体に何が起きているのかを理解した透真は、奥歯に仕込んだ丸薬を噛み砕いた。




ーーーーー



「こいつ...ハンドガン程度じゃ...弾が通らない..!!」


 両手に一丁ずつ構えたハンドガンで、レイが何発も弾を打ち込む。

 しかし、まるで厚い鉄板でも仕込まれているように、やすやすと筋肉の鎧に弾かれる。


「そうか...なら、やっぱりオレ一人でやるしかねーみたいだな」


 ケントが半身になって構えをとる。

 ジリジリと距離を詰めるが、馬頭は直立したまま動こうとしなかった。両手もダラリと下げており、ケントたちを全く警戒していないのが雰囲気で分かる。


 ーーなめやがって....でも、弾丸も返す身体だ。オレの技が通用すんのか?


 大粒の汗が、ケントの頭から頬を伝い、顎からこぼれ落ちる。


 極限まで集中したケントは、その頭を全力で回転させた。


 ーー考えろ、トウマがやられるような相手だ。半端なことはできねぇ。


 いい案が浮かばない。何をしても返り討ちに遭うビジョンしか見えなかった。


「もうそろそろ、こっちから仕掛けてもいいんだな?」


 痺れを切らしたように、馬頭が包丁を肩にかける。

 またあの目にも留まらぬ速さで突っ込んでくるのかと、ケントは一層警戒した。


「行くんだな!」


「チィッ!!」


 馬頭が攻めてくるのを察し、腰を落とす。


 ーー全力で受け流す!!


 瞬きすら忘れ、集中したケントだったがその瞬間は訪れなかった。


「ぎゃッ!?」


 何かが飛んできたのか、今にも突っ込まんとしていた馬頭は鼻を押さえ、呻き声をあげる。


 ーーレイか!?チャンスだ!!


 攻め手に転じようと、ケントは腰を浮かす。


 しかしそれを遮るようにして、透真が馬頭と2人の間に瞬時に回り込んでいた。




ーーーーー


「と、とうま...?」


「おまえっ..!!!」


 2人の表情がまるで鳩が豆鉄砲をくらったような、そんな顔になる。


 さっきまで禄に息も出来ず、芋虫のように転がっていた奴が次の瞬間には目にも留まらぬ速さで自分の前にくれば誰でもそうなるだろう。


「心配させたか?」


 戯けて言うが、2人の表情は変わらない。


「動いて大丈夫なのか!?いや、それよりその格好...」


「この格好か?俺もなんでこの格好かわからないんだ」


 見せびらかすように両手を開く。

 透真は漆黒のスーツ姿になっていた。


「多分、大会に優勝したときに、インタビューされるからって課金して買ったスーツだと思うぞ」


「いや、そうじゃなくて!」


「なんで、ゲームの格好なのか?ってか?俺にもよくわからないんだ」


「なんだよそれ...いや、それはまぁいい...やる気なのか?」


 俺の様子を見て、ケントが言う。

 流石に親友なだけあって、みなまで言わずとも伝わったようだ。


「あぁ、リベンジしねーとな。俺、チャンピオンだから」


「かっこつけんな。オレもチャンピオンだ」


「だな」


 ケントと、唖然としたままのレイから視線を外す。

 セラたちの方をみると、未だに腰が抜けているようで、座りこんだまま、唖然としてこちらを見ている。


 ーーあそこなら、巻き込まないだろ。


 安堵して、馬頭の方は向き直る。


「おかしいんだな?オマエ、さっきまで死にかけていたんだな。もしかしてオレを騙したのかな?」


「騙してたわけじゃない。実際さっきまで死にかけてたしな」


「嘘なんだな。ピンピンしてるんだな」


「嘘じゃないって、一個しか持てない全回復する「仙人の秘薬」使ったんだぞ?ラスボス以来だぞ」


 ノーダメノーミスを信条にしている廃ゲーマーの透真にとっては前代未聞の大事件だ。

 しかし、馬頭はいまいち理解していないのか、頭をひねる。


「意味がわからないんだな。とりあえず、オマエがオレとやるんだな?」


「そう言うことだ、一発喰らったしな。リベンジさせてもらう」


「バヒヒ!面白いことを言う奴だな!まるでやり返せるとでも思っているように聞こえるんだな!」


「そう言ったんだよ。.....ほら、口喧嘩でやり返すつもりはないから、早く来いよ」


「オマエ...ムカつくんだな!!!」


 馬頭が目にも止まらない速さで突撃してくる。


 しかし透真は、


「やっぱスーツって首元が窮屈なんだよな」


 ネクタイと首元のボタンを緩めていた。


 馬頭と巨大な中華包丁が透真の眼前に迫る。

 先程は辛うじて視認できたソレ。しかし今の透真には余裕で見えるソレを、難なく屈んで避ける。

 それどころか、すれ違い様に馬頭の右足と左足が交差しないよう、足を引っ掛けるように洋剣まで差し込まれていた。


「バヒィ!?」


 独特な鳴き声を上げながら馬頭が転倒する。

 その姿を、透真は余裕綽々といった様子で眺めていた。


「これでおあいこだな」


「オマエェ!オマエエエエエエエエエエエエ!」


 起き上がった馬頭が、張り裂けんばかりに絶叫する。

 それさえも、透真は悠然と聞き流していた。


「なんなんだな、オマエは!!」


「ゲーマーだよ、ちょっと廃人気質のな」


 ニヒルな笑みを浮かべて答える。


 それを理解したのかしてないのか、馬頭は先ほどよりさらに早い速度で突っ込んでくる。


 ーーお前のその攻撃は、たしか直線上しか動けないんだったよな?


 記憶の中の馬頭の行動パターンを思い出しながら、誰に問いかけるでもなく、透真は腰に挿した刀の鞘に左手を掛けた。


「オオオオオオオ!!!!」


 常人なら目で追うことすらできない動きを、完全に見切る。


 お互いの距離が目測で5メートル程まで迫ったところで、透真は右手を柄へと持っていく。


 ーー皆月一刀流。


 わずかに腰を沈める。


 お互いの距離が3メートルになる。


 ーー居合の型。


 左手の親指で鯉口を切る。


「シネェエエエエエエエエエエ!!!!」


 馬頭が横薙ぎに包丁を振る。


 誰が見ても馬頭の攻撃は透真切り伏せたように見えた。

 しかし、馬頭の中華包丁は予想に反して虚しく空を切った。


 なぜ斬り損ねた?馬頭がその考えと同時に透真の居場所を見失った次の瞬間、馬頭の懐深くに潜り込んでいた透真はともすればまるで気でも抜けたように、慣れた手つきで必殺の一刀を抜いた。


 ーー零閃(ゼロセン)


 斜め前に一歩踏み込む。


 透真が動いたのは一歩だけだが、勢いをつけて突進してきた馬頭はそのまま走り抜ける。


 やがて立ち止まると、馬頭の腰から上がゆっくりと地面におちた。



「ふう」


 残心を取り、刃に血が付いてないことを確認すると、ゆっくりと刀を鞘に収める。


 辺りは不気味なほどに鎮まりかえっていた。









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