11話 なんだか休む暇もないようですよ?
「ハァ..ハァ..」
鬼が完全に事切れるのを確認した途端、全身から汗が噴き出す。
思ってた以上に体に負担がかかっていたようだ。息がし辛い。
「よかった...みんな..生きてるな...」
膝から力が抜け、思わず尻餅をつく。
するとすぐに、駆けてくる足音が聞こえた。
「トウマくん!!」
「え...セ.ごふっ!!!」
首だけで振り向こうとすると、何かがすごい速さで体当たりをしてきた。
「セラ...ぐるじい」
悶えるようにして、なんとかセラの肩をタップして降参の意思を伝える。
「あ..ごめんなさい」
セラがやっと気づいて離れる頃には、トウマの意識は半分朦朧としていた。
「いや、いいんだ。それよりケガはないか?」
ホントはよくないが、必死に平静を取り繕ってセラに問いかける。
「うん...わたしは大丈夫..それよりもトウマ君にケガは!?」
「俺も平気だよ。みんな無事だ、良かったな」
セラを安心させようと笑みを浮かべる。しかし、それを見たセラは徐々に目に涙を溜め始めた。
「え、ちょ!泣くなよ」
「ごめんね...わたしが勝手な行動したせいでトウマ君を危ない目にあわせて...」
ついに泣き出したセラにオロオロしてしまう。
「泣くなって、みんな無事だったんだし子供を助けようとしたんだろ?あの場で真っ先に動けたセラは立派だよ」
「でも...でも...」
なかなか泣き止まないセラに、思わずトウマは普段なら絶対言わないような言葉を口走る。
「わかった!なら今度から何かするときは俺に言え。俺も手伝うから」
「ふえ?」
「一人で勝手な行動をしてこうなったなら、今度からは二人で勝手をすれば、こうはならないだろ?だから、俺に言え」
言いながら、なんだかケントっぽいこと言ってんな。とトウマは思うが後の祭り。強引に押し通す。
同じことを思ったのか、しばらくポカンとしていたセラはクスクスと笑い出す。
「あはは、なんだかケント君っぽいね」
「うるさいな、俺も思ったけど、言われると恥ずかしいだろ」
二人して笑い合う。朗らかな雰囲気が二人の間に流れていた。
ーーよかった、泣き止んでくれた。
「イチャイチャする前に...いうことないの...?」
ーーいやよくなかった。
「いいいいいいイチャイチャなんてしてないぞ!!」
「うんうん!してないよ!!」
慌てて否定するが、ジト目のレイは揺るがない。
「イチャイチャしてる奴は...みんなそう言う...」
「じゃあなんて言えばいいの!?」
思わずセラが突っ込むがトウマにはわかっていた。
こういうのはツッコんだら負けだと。
「レイ、ナイスアシストだったぜ」
話を逸らす。
精一杯の作り笑いとハイタッチの姿勢とったトウマを、レイは不服そうに眺めていた。
「ノリ悪い....ムカつく」
言いながらもレイもハイタッチに応じてくれる。
それを見たセラも楽しそうに笑う
「やっぱり刀を持たせたら化け物だったな」
遅れて残りの3人が歩み寄ってくる。
「やっぱりってなんだよ」
「化け物って言い方はどうかと思うけど、すごかったわ」
「そんなことないよ」
キョウコにも褒められるが、トウマは否定する。
謙遜ではなく、心からそう思っていた。
「またまたー、楽勝に見えたけど?」
「いや、ホントにたまたまだよ」
ーーそう、たまたま全部がいい方に噛み合っただけだ。
子供の頃から命懸けの修行をさせられていたトウマは知っている。命のやり取りには絶対も、楽勝もないことを。
「はえー、謙虚なんだねー」
カオリの納得したのか、してないのか、なんとも言えない表情を見ながら、ふと思い出す。
「そういえば、セラが助けた子供たちは?」
「ああ、それなら」とキョウコが質問に答える。
「親も近くに隠れていたみたいで、トウマさんが鬼を倒してすぐに出てきたわ。ありがとうって伝えてくれって。何度も言われて困ったのよ?」
「そっか、良かった」
心から安堵する。
「よっしゃぁ!なら、逃げるか!!」
ケントが差し伸ばしてきた手を握り立ち上がる。
そしてそのままセラも立ち上がらせると、再び南門へ走りだした。
「あ、先に行っててくれ」
「なんだ、忘れもんか?」
「まぁ、そうだ」
鬼の死体に近付き、鬼の首から剣を引き抜く。
引き抜かれた剣は鬼の血で真っ赤に染まっていた。
「これがないと、役立たずだからな」
「確かにそうだな」
「おいっ」
「おめーが言ったんだろ!」
ケントと2人で小突き合う。
他の4人も楽しげにそれを見ていた。
「よし、じゃあ気を取り直して...」
言いかけて止める。生温い風が頬を撫でる、その風に乗って生臭いような独特な匂いがした。
ーーなんだこの匂い、どこかで嗅いだことがあるような....っ!!
匂いの原因を思い出し、視線を四方にめぐらす。
間一髪、透真はソレに気付くことが出来た。
「伏せろ!!!!!!!!」
全力で叫ぶ。
その声に反応出来たのは、ケントとレイの2人だけ。
「くっ...!!」
反応出来なかった3人を庇うように間に入る。
かろうじて視認できたソレに透真は剣を当てた。
かろうじて視認できたそれは大きな中華包丁。咄嗟だった為、横薙ぎに払われたソレを受け流すこともできず、透真は垂直に受けてしまう。
「...!!」
遅れることコンマ数秒、残りの3人も伏せる。
その1秒にも満たない時間を、透真はなんとか稼ぎ、次の瞬間には吹き飛ばされていた。
「ぐっ...がっ...」
ゴロゴロとまるでボールのように転がる。
一体どれだけの距離を飛ばされたのだろうか、一瞬意識を失っていたような気もする。
やっとどこが上でどこが下か理解し、立ち上がろうとするが体が動かない。
ーー体が...折れてるのか...ッ!?
攻撃を受けた方ーーー右半身が痺れて動かない。
いや、下半身は全く反応しなくなった。
ーー脊髄もやられたのか....
辛うじて動くのは左手のみ。
その左手でなんとかうつ伏せになった体を起こし、吹き飛ばされた方向を見やるとソイツはいた。
「う〜ん?6つ纏めて斬ったつもりだったけど、一つも斬れなかったな〜?もしかして見えてた?」
鼻がねじ曲がるほどの悪臭を漂わせながら、透真の顔を覗き込むソイツは醜悪な馬の顔をしていた。
馬頭。ーーー透真がやり込んでいた死にゲーに出てくる最初のボスだ。
基本的に理不尽な仕様になっている透真の死にゲーはボスが不規則に出てくる。
出てくる順番やステージこそ決まっているがタイミングだけは不規則なのだ。それがただでさえ緊張感漂う死にゲーにさらに緊張感を与える。
馬頭だけは最初のボスなので接近に気付けるよう、救済措置があった。
それがあの独特な悪臭だ。
バーチャル世界のあの匂いが忠実に再現されていたおかげで、透真は反応出来たのだった。
ーーなんで、ゲームのエネミーがいんだよ。
ここはゲームの中なのかと一瞬疑ってしまうが痛みがその考えを否定する。
いくらリアルさが売りの死にゲーでも、痛みだけは大幅に緩和、もしくは無しに設定されていたはずだ。
ーークソッ!そんなこと考えてる場合じゃないッ!!
必死に体を起こし、馬頭を睨みつける。
「う〜ん?オマエ、一番に反応してたよな〜?オマエか?見えてたの?」
黙れ、言おうとするが声が出ない。
「う〜ん?声も出ないのか〜?期待したんだけどな〜」
もはや興味もなくなったのか、馬頭は透真から視線を外す。
「オマエたちは、コイツより動けるか〜?」
馬頭は5人を見据える。
一瞬で透真が戦闘不能に陥ったのを見て、ケント以外は立ち上がることすらできないようだ。
ケントだけは立ち上がって、馬頭を挑発していた。
「おう!やるならオレが相手してやる!だからコイツらには手を出すな!」
ーーバカッ!お前も逃げろ!
「バ.......に...ろ!」
声が出ない。
状況は絶望的だった。




