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商業ギルドは動かない

『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜』は毎週月曜日、木曜日の更新です。

──ダン!!!!

 オリオーン商業ギルド。

 その責任者室で、ギーレンは頑丈な机に向かって拳を叩きつけていた。


「これはどういうことだ!! 説明してもらおうか」


 目の前の席に座っている商業ギルド責任者のウォーレンに向かって、ギーレンが唾が飛ぶ勢いで怒鳴りつけている。

 机の上には一枚の地図があり、そこにはランガクイーノ・スギタの診療所の場所が記されている。

 なぜギーレンが怒鳴っているのか。

 それは、診療所の場所に問題があったから。

 地図に示されている場所は城塞北部に位置する地域であり、冒険者ギルドに程近い場所。

 以前、その場所には別の治療院があったのだが、収益その他の原因により治療院は閉院。

 そのあとは商業ギルドが物件を管理していた。


「如何にもこうにも。ランガクイーノ・スギタさまのご要望により、治療院を開設するのですが何か?」

「何か? じゃない。その場所には錬金術ギルド直営の治療院があったではないか?」

「ええ。治療費が高額過ぎて客足が途絶え、先月に閉院した場所ですよね? 夜逃げ同然で家賃も滞納、商業ギルドが今は管理していますが何か?」

「そ、そこには今月から、別の錬金術師が治療院をやる予定なんだ!! いきなり勝手なことをされては困る」


 ギーレンは玄白を締め出そうとやってきたのだが、まさか治療院の場所まで決定しているとは思わなかった。

 それも、彼女の腕を考えたら繁盛すること間違いなしの場所で。

 そんなところで開院されたら、錬金術ギルドにも大打撃。

 玄白の治療には、錬金術ギルドの魔法薬は必要としないから、どれだけ玄白が繁盛しても、錬金術ギルドにはバックマージンも何もない。


「はぁ。あの場所は、ギーレンさんが保証したから錬金術ギルド直営として貸し出したのですよ? それがわずか数ヶ月で閉院するなど、こちらとしても困ります。本来ならば、空き家状態での物件保証代を支払ってもらいたいところですが、まあ、ランガクイーノさんに貸し出すのでそれはなしということで」

「ぐぅぅぅぅ。どうしても、あの場所だけは小娘に渡したくはない。どうにかできないか」


 必死に食い下がるギーレンだが、ウォーレンは無表情に頭を左右に振る。

 それでギーレンも断念し、商業ギルドを後にした。



………

……


「ほう、ほうほう!!」


 ギーレンが必死に食い下がっていた時間。

 玄白は、商業ギルドの従業員に、治療院の予定地へ案内されていた。

 表通りに面した部分が治療院、その奥が住居。

 それほど大きくない作りではあるが、建物の基礎もしっかりしているし、なによりも椅子や机などがそのまま残されているのが、玄白にとってありがたかった。


「これはまた、至れり尽くせりじゃな。こんなに良い場所を貸してくれるのか?」

「はい。ここは以前も治療院だった場所です。諸般の事情により、前の経営者が手放したもので、設備はそのまま使えるようになっています」

「よし、ここに決めた。早速じゃが、手続きを頼みたい」

「ありがとうございます。では一旦、ギルドに戻ることにしましょう」


 そう促されて、玄白は商業ギルドに向かう。

 奇しくもギーレンが商業ギルドを出てきたところであるが、お互いの顔を知らずが故にすれ違っていく。

 そして玄白は一時間ほどで手続きを終え、一年分の家賃を前払いする。


「はい。これで手続きは完了です。これからも宜しくお願いします」

「こちらこそ。年次更新と税金を納めにくるときにまた来るぞ」

「はい、お待ちしています」


 腕利き治癒師の噂は商業ギルドにも届いている。

 それ故に、ギルド職員はランガクイーノに期待を寄せていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「これでよし!!」


 パンパンと手を叩き、玄白は満足そうに看板を見る。

 そこには【天真楼】と漢字で書かれており、その横には玄白の好きな言葉である【養生七不可】も記されていた。


1.昨日の非は悔恨すべからず。

2.明日の是は慮念すべからず

3.飲と食とは度を過ごすべからず。

4.正物に非ざれば、いやしくも食すべからず。

5.事なき時は薬を服すべからず。

6.壮実を頼んで房をすごすべからず。

7.動作を勧めて、安を好むべからず。


 こちらは、この世界の言葉に翻訳したものを横に添えてあり、興味を持った人々が立ち止まっては、それを眺めている。


「なあ、お嬢ちゃん。ここにまた治療院ができるのか?」

「うむ。わしがこの天真楼治療院の院長の……ランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃ。ゲンパク先生でも、スギタ先生でも、好きな方で呼ぶが良い」

「……ひぁ? お嬢ちゃんが治癒師なのか? おいおい、本気なのかよ」

「最近、噂になっている治癒師が、こんな子供とは……所詮は噂だったのかよ」


 新しい治療院ができた喜びと、そこが年端もいかない女の子が経営しているという落胆で、看板を見ていた人たちも離れ始めるのだが。


「ランガさん。開院おめでとう」

「早速で悪いんだが、こいつらを見てやってくれるか? さっき戻ってきたばかりらしいんだけど、どうも顔色が悪くてな」

「本人は酒でも飲んだら治るって話してあるんだけど、ほら、マチルダさんの件もあるから」


 マチルダとスターク、ミハルが酒瓶やら果物の入った籠を持ってやってくる。

 そして、その背後では顔色の悪い男性と、それを支える女性の姿もある。


「ふむ。どれ……」


 右手に解体新書(ターヘル・アナトミア)を呼び出し、男性に手をかざす。


「……これは不味いな。折れた肋骨が内臓を傷つけているかもしれん。すぐに手術式を行うから、其奴を中に連れてくるのじゃ!!」


 そう叫んで治療院の扉を開く。

 そして玄白は治療室に男を連れてくるように告げると、早速手術式を開始する。


「……折れた骨が脾臓を掠めておる。なにものに攻撃されたら、このような怪我をするのじゃな」


 男の傍らで心配そうな女性に尋ねる。


「冒険者ギルドの依頼で、フォーファングボアの討伐依頼があったのよ。そこで森の近くまで向かったら、いきなり茂みからフォーファングボアが飛び出してきて……」

「それで慌てて逃げてきたらしくてな。俺たちが森に入るときにちょうど奥から飛び出してきたので、これはやばいと思ってここに連れてきた」

「万能魔法薬は持ってなかったのよ。それでも、酒を飲んだら痛みぐらいは引くって」


 説明を受けるたびに、玄白は頭を振る。


「はぁ。この世界の医学知識はわしのいた時代にも劣るのか。とにかく手術式を始めるから、関係者以外は部屋から出るように!!」

「わ.私は彼の付き添いを」

「まあ、一人ぐらいは構わんが、わしのやることに手出しはするなよ」


 そうでも告げておかないと、いきなり開腹手術を行うのだから止められたり妨害される可能性もある。

 まだこの世界では、玄白のような手術を行う医者は存在しないのだから。


「は、はい!!」

「よろしい。では始める……」


 玄白の言葉に呼応するように、解体新書が輝く。

 患者の男性と玄白を中心にではなく、部屋全体を包むかのように魔法陣が生み出されると、その部屋全体が浄化の術式によって除菌される。

 そして解体新書から手術道具を取り出し、麻酔を行う。

 麻酔が効いたのを確認すると、手術刀で腹部を切開。

 折れた肋骨を魔法により接合し、傷ついた脾臓には魔法薬を塗り傷を塞ぐ。

 一通りの手順は解体新書(ターヘル・アナトミア)から玄白の頭の中に流れてくるので、それを疑うことなくゆっくりと、そして確実に手術を続ける。

 最初は男性の腹部を切り裂かれて動揺していた女性だが、やがて玄白のしっかりとした手技をみて覚悟を決めた。

 

「……これでよし。脾臓が破れていなかったのが幸いじゃったな。あとは傷を縫合して……」


 最後に傷口を縫い合わせると、最後は玄白が右手を翳して腹部の傷を消し去る。

 やがて男性も微睡の中から帰ってくる。


「お、おう? 何が起こったんだ? なあフォウ、俺は確かここに横になって」

「もう大丈夫よ。ゲンパク先生が、手術式というのでグラミーの傷を治してくれたのよ」

「そういうことじゃから、これを飲め。手術式で失った血や疲労、体力を取り戻してくれる」


 解体新書(ターヘル・アナトミア)からエリクシールを取り出して手渡す。

 それをグラミーと呼ばれた男性が一気に飲み干すと、全身がゆっくりと輝く。

 疲労も何もかもがスッキリと消え去り、すぐにでも冒険を再開できるレベルで回復したのである。


「あ、ありがとう!! もしもゲンパク先生が治してくれなかったら」

「まあ、数日で死んでいたかもしれんな。折れた肋骨が脾臓を破って。でももう大丈夫じゃな」

「ありがとうございます!!」


 必死に頭を下げる二人。

 そして治療費として金貨一枚を受け取る。


「はぁ……また稼がないと」

「でも、無理をしたらダメだからね」


 そんなやりとりをしつつ、二人が診察室から出て行く。

 その外では、野次馬のように『深淵をかるもの』の三人と近所の人たちが集まって話をしていた。


「よ、よお、どうだった?」

「お陰様で、痛みも何もありませんよ。すぐにでも山の中を走り回れるぐらいですから」

「ゲンパク先生がいなかったらグラミーは死んでいたかもね」


 少し大袈裟に説明する二人だが、マチルダの件を知っているスタークたちには当然のように聞こえている。

 そして、新しい治療院の治癒師の実力を垣間見た近所の人たちは、我先にと玄白の前に並ぶ。

 まあ、その大半が疲労やら食い過ぎ、飲み過ぎで体を壊していただけなので、玄白も苦笑いするしかなかったが。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。

誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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