最初に求めるのは何か?
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
ヘスティア王都正門横。
玄白とその仲間たちは、そこにある転移の魔法陣を使い迷いの街へと移動する。
転移先には小さな小屋が理路整然と立ち並び、そして目の前に伸びる街道の奥には教会が建っている。
ヘスティア王国王都へ向かうまでに通り抜けた街並みとは異なる、ヴェルディーナ王国風の石造りの教会。
その正門は大きく開き、大勢の人々が出入りしている姿が見えていた。
「おや、あなたたちはこの街に来たばかりのようですが。どちらの関係者ですか?」
転移門から出てきた玄白たちを見て、近くに建てられていた小屋から出てきた騎士が問いかけてくる。
すると玄白は頭を軽く下げてから、パルフェノンで入手した身分証明を取り出して提示する。
「元、ヴェルディーナ王国オリオーン領の治療師、ランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃ。この地にヴェルディーナから逃げ延びてきた病人がいると聞いて、やってきたのじゃが」
「同じく、冒険者のマクシミリアンです。彼女はミハル、俺たち二人はスギタ先生の護衛です」
「こちらがギルドパスです。チーム・深淵を狩るもののメンバーです」
玄白たちが身分証を取り出して提示すると、騎士はそれを見て小さく頷いている。
「ランガクイーノ先生の噂は、王都まで届いていました。もう少しで本日の避難民が到着することになっていますので、そちらの方々も一緒に見てもらえますか?」
「それは構わん。して、わしらはどこに泊まれば良いのじゃ?」
「宿があるのでしたら、そこまで案内して欲しいのですけど」
玄白とマクシミリアンが問いかけると、騎士は奥の小屋からもう一人の騎士を呼び、玄白たちを案内するように命じている。
「では、ここからは私がご案内します。ヘスティア王国第二騎士団所属の、サンゴ・サンダーバードと申します。この街には商店はありますが宿はありません。ですので、教会に向かって滞在許可をとり、それから空き家へとご案内します」
「それはかたじけない。しかし、これだけの人が逃げ延びていたとは……」
改めて街並みを眺める玄白に、サンゴはゆっくりと頷いている。
「私どもも詳しい話は聞いていませんけれど。ヴェルディーナ王国王都の大聖堂を中心に、魔族を退ける結界が発動しているそうで。そこに避難している人々が、毎日20人ずつこの街にやってきます。最初は聖女フィル・フラートさまがやってきて、トライアンフ王と何かの盟約を結んだとかで」
「毎日20人? 一体その聖堂には、どれだけの人が避難しているって言うんだ?」
「詳しくは存じません。ですが、1万人は超えているとか。ですから全ての人が避難してくるには、時間が足りないと言うことでして」
その説明の中で、玄白たちは教会へと辿り着く。
そして内部に入り正面の女神像の前で祈りを捧げている女性の元へと近寄ると、騎士が話を始めた。
「スカーレット枢機卿、ヘスティア王都からランガクイーノ・ゲンパク・スギタと護衛の二人をお連れしました」
「ご苦労様です。あとは私たちに任せて、門の警護へ戻って結構ですよ」
「かしこまりました」
一礼してから、ヨンゴは玄白たちにも頭を下げ、教会を後にする。
そしてスカーレット枢機卿と呼ばれた男性もゆっくりと振り向くと、玄白たちをマジマジと眺めている。
「なるほど、良き心をお持ちの方々で。貴方達からは、清純なる青の光魔力を感じます……と、失礼しました。私はキャプチャ・スカーレット。元ヴェルディーナ王国王都大聖堂に務める枢機卿です。ランガクイーノさんのお噂はかねがね聞いていました」
五十代ほどの男性。
かなり苦労したのか、苦労人のような落ち窪んだ目をしている。
「それはそれは。して、わしらはしばし、この場に逗留したいのじゃが、家は借りられるのか?」
「ええ。流石に一人一つとはできませんけれど、個室がしっかりとある家をご用意します。今でも毎日のように森を切り開き、家や施設の建築は行われていますから」
「それはすまない。あと、この地には逃げてきた難民達が住んでいると聞いた。中でも、病に倒れているものも多くいると聞いてな、少しでも手助けになれれば良いかと思ったのじゃが」
その玄白の言葉に、スカーレット枢機卿も二本指を立てて、胸元をなぞるように十字を切る。
「これもまた、神の思し召し。今、私たちでは癒すことのできない方が数名いらっしゃいます。魔法による結界で時間の流れを抑え、病が進行しないように努めているのですが。そのような方も見て頂けますか?」
「それを先に言って欲しかったのう。マクシミリアンさん、ミハルさん、済まないが家に向かうのは少し後になりそうじゃが」
今、苦しんでいる患者がいる。
それも、王都の大聖堂に勤めていた司祭や枢機卿でさえも癒すことが出来ない患者が。
恐らくは聖女でさえ治癒することかなわずと言うところなのだろうと思いつつ、すぐにでも患者の元へと向かいたくなる玄白。
「構いませんよ。ミハルは先に家の場所を聞いて向かってくれるか? あとで迷わないようにしたいから」
「了解。では、私は家の方へ」
シュタタと案内人に連れられて、ミハルは教会の外へ。
「では、こちらへ。教会の中にある神域、そこで時間をゆっくりと流れるようにした部屋がありますので」
「うむ」
言われるがままに案内され、玄白たちは教会の奥にある部屋へと案内される。
その扉にも細かな魔術式が刻み込まれてあり、これを施した魔術師の腕の良さを物語っていた。
「失礼します」
スカーレット枢機卿が声をかけてから扉を開く。
部屋の中へと進む枢機卿の後ろをついていくように室内に入り、奥に並んでいる四つのベッドへと近寄った時。
「こ、国王陛下!!」
マクシミリアンが声を上げてから背筋を伸ばし、胸元に手を当てる。
だが、国王と呼ばれた男性は返答を返すことなく、ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返していた。
「ベッドそのものにも、呪いの遅延効果を高める術式が刻み込まれています。それで、ランガクイーノさんの見立てでは、どのような感じでしょうか?」
「待て待て。この症状には見覚えがあるからな」
そう告げつつ、解体新書を取り出してから患者の手を軽く握る。
──ピリッ
すると、握った手から稲妻のような痺れが体に抜けていく。
「魔族化の呪詛、それもマスカラス領のお嬢ちゃんのものとは比べ物にならぬぐらいの進行度合いじゃなぁ……ほぼ、魔族化しているので、治療方法は……と、こりゃあ参った」
解体新書の中の、国王のページ。
そこに記されてあるのは、希釈したエリクシールを毎日投薬すること。
普段使っているエリクシールそのものを与えた場合、急激な治癒能力と呪詛解呪効果により国王の体が持たない可能性があるという。
たとえ霊薬であろうと、無理なものは無理。
エリクシールが死者蘇生を行えないように、このような重度の呪詛病に対しては、時間をかける必要があると解体新書が判断した。
「ふぅむ。毎日、希釈したエリクシールを与えなくてはならぬか」
「エリクシール!! そのような神の薬など、ここにはありません」
「いや、それはわしが毎日作れるから問題はないし、一瓶なら五日分は取れるから量についても心配せんでええ」
「ひいふうみぃ……と、陛下の呪いが解かれるまでは何日ぐらい必要なんだ?」
「ざっと計算しても一ヶ月。30日は毎日投薬せねばならん」
そう告げてから、玄白は解体新書からエリクシールを取り出し、ついでに水差しと蒸留した水も出してみせる。
それを素早く希釈して水差しに移すと、それをスカーレット枢機卿に差し出す。
「希釈したエリクシールじゃよ。毒が混ざっていないか鑑定するが良い。その上で、問題がなければ投薬するが、構わぬな」
「ええ……万物の知識の神セラエノよ。かのものの真贋を写し出し、我が前に捧げたまえ」
──スッ
スカーレットの詠唱ののち、彼の手元に小さな羊皮紙が生み出される。
それを読み取ってから頷くと、スカーレットは国王の口元に水指を持っていく。そして魔法による水流操作を用いて誤嚥を防ぎつつ国王に希釈したエリクシールを飲ませている。
「これで宜しいのですか?」
空になった水指を玄白に戻し、スカーレットが改めて問いかける。
「うむ。これから毎日、同じ時間にやってくるから、その時にはスカーレットさんが飲ませるようにしてくれると助かる。この薬はな、特殊な瓶でなくては保存が効かず、わしのアイテムボックスでなくては時間を止めることもできぬのじゃよ」
神の奇跡は、時間に縛られない。
唯一、それを行うのもまた神の神技なれど。
その玄白の説明に頷くと、あまり騒がしくしてはまずいと言うことで、残り三人の容態も確認し、同じように希釈エリクシールを飲ませてから部屋を出ることにした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




