聖域を侵すもの
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
天翔族の流行り病を癒した翌日。
玄白は、セッセリの案内で村長の元に案内された。
今回のサーコウィルスによる脱羽、この原因がはっきりしないことには、同じようなことがまた起こる可能性がある。
そうなると、すぐに玄白の治療を必要としてしまうが、彼女もいつまでもこの地に留まっていることはない。
何日か体を休めてから、また自由貿易国家に戻る必要がある。
今回は、少し遠出の往診。
そう考えていた玄白だからこそ、今回の一回のみで全てを終わらせる必要もあった。
「実は、心当たりがないわけではない……」
「ほう? 流行病の原因が何か、長老どのはご存知なのか?」
「断定は出来ないが……スギタ先生は、カースドラゴンというものをご存知かな?」
「カースドラゴン?」
この世界にきてから、玄白はさまざまな旅を繰り返している。
その際に、いろいろな生物に触れる機会もあり、その全てのデータが解体新書に納められている。
その中でも、カースドラゴンという名の魔物のデータは存在しない。
つまり、まだ出会ってもいない。
「ええ。古き呪詛により、その身体にさまざまな疫病を宿しているドラゴンです。魔王軍が使う尖兵のようなものでして、敵陣に向かってカースドラゴンを放ち、兵糧を腐らせたり兵士たちを病に罹患させたりするのです」
「そのカースドラゴンが、天翔族の流行病のウイルスを媒介した可能性があると?」
玄白のその問いに、長老も頭を縦に振る。
白い髭を撫でながら、長老は再び口を開いた。
「うむ。尤も、わしがカースドラゴンを見たのは、今から半年ほど前。この集落の裏手の霊峰の峰を進んだ先、火口付近に洞窟がありまして。そこを根城にしていたドラゴンの姿が見えなくなったと思ってら、カースドラゴンがそこに向かって飛んでいくのを見た村人がおります」
「カースドラゴンか……其奴が、洞窟から離れて別の場所に住み着けば、おそらくは問題は解決するじゃろうな」
玄白はそう告げるが、それは並大抵の難易度ではない。
話によると、カースドラゴンは体の周囲に特殊なガスを身に纏う事があるらしく、それに触れたものは皮膚が爛れ、さまざまな病気を引き起こすらしい。
そんな危険なガスを噴出して自分自身も病や毒に冒されないのかと考える冒険者や学者もいるらしいが、そもそもカースドラゴンは呪詛により体が変質しているのと同時に、その呪詛が放つ中和の術式により自らの体が侵食されないようにしているらしい。
自然繁殖することがなく、普通のドラゴンを捕獲して呪詛を組み込んで作られるらしく、その母体となったドラゴンの種類によって性格もさまざまであるらしい。
「ですが、相手は戦闘狂のカースドラゴン。皮膚の色から母体だったドラゴンはブラックフェザードラゴンかと思われます」
「ほう、蝙蝠のような翼ではなく、鳥のような羽毛に覆われたドラゴンじゃな。触れることは叶わなかったが、見たことはあるぞ」
「それです。その習性ゆえに、気に入った巣から離れることはなく、もしも火口の洞窟に住み着いてしまったとしたら、それこそ危険なのです」
ドラゴンは悪食が多く、目に入った生き物は全て食料として喰らい尽くす。
フェアリードラゴンのような草食性ドラゴン、シルバードラゴンのように魔力を喰らうドラゴンなら、まだ話し合いで解決できる余地はあったのだが、今回は悪食で戦闘狂。迂闊に近寄るとガスにより病を引き起こしかねないという三重苦が待っている。
「ふむ。しかし、もしもカースドラゴンが洞窟をねじろとしているのなら、どのような対応をするつもりなのじゃ?」
そう玄白が問いかけると、長老は腕を組んで考え込む。
「この地は、我らが代々住み着いていた聖地。ここを出て行くことはできず、だからと言ってカースドラゴンの脅威に怯えつつ生きるのも耐えられない……おそらくは、天翔族全てで討伐に向かうことになります」
「勝機は?」
玄白の言葉に、長老は頭を左右に振る。
「ほとんど、ありません。カースドラゴンを討伐するには、上位のドラゴンスレイヤーの称号持ち冒険者が十人は必要。その称号は、ドラゴンを相手に戦う時には対ブレス抵抗とダメージ軽減、そしてドラゴンに対して二倍の攻撃力を持つようになると聞いています」
チラリと傍で話を聞いているマクシミリアンを見る。
すると、彼も頷いて玄白に一言。
「ドラゴンスレイヤーの称号持ち冒険者は、西方諸国にはいないはずです。東方及び北方諸国、それも勇者召喚を成してだ国でなくては、その力を持つものはいないかと思います」
「勇者だけが、対ブレス属性を持ち得るの。その子孫なら、持っている人はいるかもしれないし、それに……精霊魔法の秘奥義、【エレメンタルブラスト】っていう伝承級の魔術がないと、まず勝てない」
「エレメンタルブラスト? それは誰が使えるのじゃ?」
「今、それを使える人は聞いたことがない。【精霊の加護】を持ち、大賢者の血を受け継ぐ存在……東方諸国のハーバリオス王国には、かつて精霊魔法の賢者と呼ばれた『アーレスト家』があるって聞いたことがあるけど……」
それも、商人から聞いた話。
確かにハーバリオス王国には、勇者の末裔であるアーレスト家が存在する。だが、今のアーレスト家は十商家のトップであり侯爵家。
商人の血筋として今は残っている程度に過ぎず、二人の息子と一人の娘が勇者の加護を受け継いでいるとは考えにくい。
「ふむう。これは絶体絶命じゃな。逃げる方向で考えたほうが良いのか」
「……天翔族は、聖地を離れるぐらいならこの地で死ぬ事を望みます」
長老の決意は固い。
これが天翔族の生き方であり常識であるのだが、人間である玄白たちには到底、理解できるものではない。
「命より、誇りを護るために……わからん」
それ以上の話し合いは行われず、玄白たちは一旦、宿に戻ることにした。
まだ、カースドラゴンが住み着いていると言う確証があるわけではないのだから。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




