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森を抜けて、街へ向かえ!!

──パチパチパチパチ

 薪が爆ぜる音がする。

 異世界で始めての魔導手術式を終えた玄白は、彼女の仲間たちに呼ばれ、焚き火にあたる。


「いや、本当に助かった!! 改めて礼を言わせてもらう」


 スタークが頭を下げると、その後ろの男たちも次々と頭を下げた。


「俺の名前はスターク。この冒険者クラン『深淵を狩るもの』の代表を務めている」

「俺はマクスウェル。クランでは重戦士ヘビーファイターを担当している。マチルダを助けてくれてありがとう」

「サフトだ。盾戦士シールダーを担当している」

「そして、あの子がミハルだ。狩人レンジャーで、マチルダは彼女の姉になる」


 淡々と説明を聞いている中で、ミハルが笑顔で歩いてくるのが見える。

 その様子だとマチルダの容態も安定しているのだろうと、玄白もほっと一安心。

 

「いや、医者として当然の勤めじゃよ」

「イシャというのがよくわからないが、ランガ殿が高名な錬金術師なのは理解できました」

「錬金術師? 医者はおらんのか?」

「そのイシャってなんだ? ミハル、ランガ殿は錬金術師なのだろう? あの病気を治すなど、かなり高価な魔法薬でなくては不可能だろう?」


 スタークがミハルに問いかけるが、そのミハルは頭を左右に振る。


「たしかに、すごい薬を何もないところから出したのは見たけれど。それよりも、彼女はマチルダの身体をナイフで切り開いて、内臓を修復してからまた元に戻したのよ?」


──ザワッ

 ミハルの言葉に、空気の質が変わる。

 明らかに警戒色が強くなったのを、玄白も理解できた。


「まあ、そう警戒するでない。人体解剖学というものを理解できるのなら、わしが何をしたのか理解できるはずなのじゃが……簡単に説明するとじゃな」


 淡々と玄白が行った魔導手術式についての説明を始める。

 最初は警戒していた一行だが、彼が行った手術がしっかりとした知識と経験に紐づかれてあるものだということは理解でき、さらにマチルダの病気も完治したという事実が、それまでの緊張感を消し去った。


「……それが、ランガ殿の話していた医者というもののスキルなのですか」

「スキル? ああ、経験に基づいた技術のことか。そうじゃな、ワシはこの世界でも医者として、大勢の人の病や怪我を癒したいと思っておる」


 そう告げる玄白に、スタークたちはやや渋い顔。


「ん? 何か問題でも?」

「問題? いや、問題にもならないのかも……いや、しかし」

「ランガさん、私たちの世界にはあなたのいう医者は存在しないの。病気や怪我を治すのは『治療院』で、錬金術師の調合する魔法薬を使うのが普通なのよ」

「もしくは教会に寄付をすることで、『神の雫』っていう薬を貰うか。人の体を切り開くことなんてあり得ないし、そもそもランガさんの使った魔法薬なんて存在しないのよ」

「わし、ランガじゃなくて玄白なのじゃが……まあいいわ、ワシが使っていた魔法薬が使い物にならないほど質が悪いのなら、それは仕方あるまい」

「逆!! 傷口を一瞬で塞いだり、再生する薬なんてないの!! それこそ伝説の霊薬『エリクシール』でもない限りは不可能なのよ!!」


 そのミハルの説明を受けて、玄白はさらに腕を組んで考え込む。


「ちなみにじゃが、街の中で医者として開業する場合は、どこかに届け出をせねばならぬのか?」

「まあ、治療院を開くのなら特に……商業ギルドに登録するだけで良いはずだけど」

「でも、ランガさんほどの腕なら、街で治療院を開くよりは冒険者登録して治癒師として旅に出た方が稼げるよなぁ」


 治癒師???

 サフトが告げた聞き慣れない言葉に、玄白は興味津々。


「その、治癒師とはなんじゃ?」

「まあ、一般的には教会から派遣される高位の聖職者ですね。彼らは神の声を聞き、神の神技である『神聖魔法』が使えます」

「魔法か。そんなのがあるのなら、ワシが医者をやる理由などないではないか」

「いや、神聖魔法が使える聖職者なんて、この国にも二人しかいない。大抵は『神の雫』の扱いができる司祭や助祭が治癒師として冒険者登録されている」


 細かい話を聞いてみると、教会は『神の雫』が扱える司祭や助祭を冒険者ギルドに派遣という理由で登録し、怪我人を癒す代わりに寄付を得ているらしい。

 また、治療系魔法薬の取り扱いができる錬金術師も、冒険者登録の際には治癒師という形となるとのこと。

 大抵は安い魔法薬を買っていくのが大半なのだが、長期間にわたる依頼や任務では、治癒師を雇っていく方が安くつく場合がある。

 もっとも、戦闘力のない治癒師は冒険者たちからみるとお荷物扱いの場合もあり、冒険者として一人前とは認められていない。

 

「ふうむ。ワシの求めるものとは少し違うようじゃが、まあ、冒険者登録とやらは無しじゃな。商業ギルドにのみ絞っていくとしようか」

「その方がよろしいかと。それよりも、これを納めてください」


──ズシッ

 スタークが玄白に手渡した小さな袋。

 その中には、金貨が五十枚ほど入っている。


「これは?」

「マチルダを助けてくれた礼です。人の命に金額をつけるのは良くないことですが、これは仲間を助けてくれた礼だと思ってください」

「それは構わぬので、ありがたく受け取るが。この国では、この金貨一枚で、何が買える?」

「そうですね。異邦人フォーリナーのランガ殿にわかりやすく説明するとですね……」


 そのまま国の物価についての説明を受ける玄白。

 おおよそ金貨一枚が小判二枚から三枚程度、金貨五十枚で小判100枚から150枚。

 大凡だが、金貨一枚で町方奉行の年俸に当たるのか?

 いや、細かいところはかなり違うものだと納得しつつ、受け取った金貨を仕舞うために、解体新書を取り出す。


──ボンッ

 そして本を開いて無造作に金貨袋を乗せると、スッと金貨袋が消える。

 その代わりに、開いたページには解体新書に収納されている目録が浮かび上がった。


「この世界で人の命を救った場合。その価値がわからぬから、これは預かりとしておく。その代わり、もしも治療費が高かったと判明したら、差額は返しにいくのでな」

「いや、その場合でも受け取ってください。マチルダの命は金勘定できるものではありません。むしろ、少ないのなら追加で請求しても構いません」

「わ、私からも返します!!」

「ふぅむ……これでは堂々巡りじゃないか」


 顎に手を当ててコリコリと撫でつつ、玄白は考える。


「では、残りは受け取らぬ、差額も支払わぬ!! これで手を打て」

「それでよろしいのなら。助かりました」


 ようやく妥協点を見つけると、今回はそれで手を打つことにした。

 しかし、治療費をどのように設定したらよいのか、玄白はまた頭を悩ませることになる。


「ちなみにじゃが、あちらの馬車も仲間なのか?」


 ふと、マチルダのいた馬車を指差す。

 その向こうにもいくつも馬車が停まっているので、玄白は仲間なのかどうか確認したかっただけである。


「いえ、あれは私たちの雇い主のエスパラード商会の隊商(キャラバン)ですよ。あの向こうにも、別の冒険者クランが待機しているはずです」

「クラン……おお、仲間のことか。そうかそうか」


──グーッ

 納得した玄白だが、その途端に腹の虫が鳴り響く。


「おおう、すまぬが金を払うから、食料を分けてくれぬか?」

「はっはっはっ。構いませんよ。少々お待ちください」


 硬いパンとチーズ、干した肉を受け取ると、それを焚き火で炙りつつ食べる。

 やがて満腹になると、玄白はうつらうつらと意識を睡魔に持ち去られていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ガラガラガラガラ

 翌朝。

 隊商(キャラバン)は街へと向かう。

 玄白はマチルダの容態を確認するために馬車に同乗し、昨日の手術の後を確認している。


「ふぅむ。傷一つ残らないとはまた、面妖な薬じゃなぁ」

「ランガさん、本当に昨日の報酬でかまわなかったのですか?」

「ああ、構わん構わん。しかしまあ、ここまで魔法とやらが重宝するとは思わなんだよ」


 損傷した肝臓の治癒には魔法薬を使ったが、最後の傷の縫合については玄白は手をかざして魔力を注いだだけ。 

 それだけで傷が塞がったのは、魔法としか思えない。


「本当に奇跡です。前衛の方なら衝撃を受けても大丈夫なようにと、鎧の下にも綿入などを着用するのですが。私は後衛で、術式を展開するのにどうしても動きが阻害される鎧はつけられないものでして」

「そこを不意打ちされて……本当にごめんなさい」


 マチルダの言葉に、ミハルも肩を落とす。


「あれは仕方ないわ。それよりも、そろそろ警戒したほうが良いのでは?」

「そうだね、じゃあ行ってきます」


 ガバッと顔を上げて、ミハルが馬車から飛び出して幌の上に飛び乗る。


「そろそろというと、まだここには何が出るのか?」

「ええ。この森の中には魔獣が多く住み着いていまして。昼間なら襲撃されることは滅多にないのですが、夜にここを通り抜けるのは危険でして。だから、どんなに急いでも、あの丘の上でキャンプを取るのが普通なのです」


──ブルッ

 玄白は、その説明に寒気を覚える。

 もしも昨晩、ここで彼らに出会わなかったら。

 最悪はよっぴきで街を目指していたかもしれない。

 もしもそうなったら、玄白など魔物の餌になってしまっていたことだろう。


「そ、それはまた、恐ろしい話じゃなぁ」

「ええ。それでですけれど、ランガさんはこのまま馬車の中で待っていてください」


──ピィィィィィィィィィッ

 マチルダがそう告げた直後、空の上から甲高い笛の音が聞こえる。


「あの音は?」

「魔物が近づいた合図です。ミハルが魔法の笛を使って、私たち人間にしか聞こえない音を出しています。魔物には聞こえない魔力の音なので、敵に見つかることもありません」


──ガラガラガラガラッ!!

 そして馬車の速度が上がり始めると、マチルダも杖を手に御者台まで移動する。


「前後をゴブリンに囲まれたようですけど……我が元に、集いで力、為したまえ。かの焔は、魔を滅する也!!」


──シュシュシュシュンッ

 マチルダの詠唱の直後、彼女の左右に焔の矢が生み出される。

 そして杖を前に振りかざすと、一直線に前方にいたゴブリンたちに向かって飛んでいく!!


「加速します!! 風なるもの、車輪に集いで力を放て。汝らは、大地と訣別するもの也!!」


 さらに幌の上のミハルが詠唱を始めると、馬車がすこしだけ浮かび上がる。


「いまだ!!」


 そして御者が馬に鞭を入れると、とんでもない速度で馬車が走り出した!!

 まるで地面との摩擦などないかのように、馬車自体の重さなど存在しないかのように、軽やかに、そして素早く走り始める。


「こ、これは魔法というやつか?」

「はい。私は焔の魔術を、ミハルは生活魔法を操ることができます」


 その馬車の後方では、ゴブリンたちが必死に放っている矢をサフトが盾で受け流し、スタークが結界を張って左右に壁を作り出している。

 万が一のためにマクスウェルは武器を引き抜いて身構えているが、やがて馬車はゴブリンたちから遠く離れていった。


──ピリリリリリリリリィィィィィ!!

 再び幌の上から笛の根が聞こえると、マチルダもほっと一安心したらしく杖から手を離す。


「どうにか切り抜けられましたね」

「ええ。上位種がいなかったことが勝因ですね。馬車を止めて戦闘になっていたら、無事ではすみませんでしたでしょうから」


 御者とマチルダの会話を聞きながら、玄白も幌の隙間から外を眺める。

 やがて深く生い茂った木々の隙間から草原が見え始めると、その先に巨大な城壁が見えてきた。


「こ、こりゃあまた絶景な。城の城門よりも大きな城壁じゃない

か!」

「ここが、私たちの国『ヴェルディーナ』の交易都市です。名前はオリオーン、隣国『ヘスティア』と国境を挟んだ都市です」


 マチルダの説明を聞きつつも、初めてみる異国の風景に玄白は心を踊らされていた。


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