霊峰を越えて、天翔族の故郷へ
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は、毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
自由貿易国家・パルフェランを出て、すでに一週間。
目的地である天翔族の集落に向かうには、途中の【大空洞】を通り抜けないとならない。
霊峰の麓にある、巨大な自然ダンジョン。
それが【大空洞】と呼ばれている危険地帯。
麓の村を出て半日で、直径にして50mを越える洞窟の内部には、光すら届かない絶望が広がっている。
大勢の冒険者が幾度となく突入し、その命をすり減らしてまで挑む様は、狂気にも似た雰囲気が漂っている。
だが、冒険者たちは大空洞へ挑むことを絶対に忘れない
魔物から取れる上質な素材、空洞内部から発掘される希少鉱石、そして内部に広がる古代文明の遺跡。
それら全てが浪漫であり、この地の麓に人が集まる理由である。
──麓の村・ゲラウェイ
「……凄い人だかりじゃな」
大空洞手前の村であるゲラウェイに到着した玄白と【深淵をからもの】は、活気に溢れている村を見て呆然とする。
ダンジョンが近くに発生すると、その村や街には大勢の冒険者が集まり、活気に満ち溢れている。
かつて、この世界を救った勇者の言葉を借りるならば、【ダンジョン特需】と呼ぶらしい。
それが現在、この村にも起こっている。
「あ〜。この光景、スタークとマチルダにも見せたかったな」
「うんうん。国からの依頼じゃ、身動きが取れないから仕方ないんじゃないかな?」
今回の玄白の同行者はシールダーのマクシミリアンとミハルの二人。
残りの三人は王都での仕事の依頼とかで、一時的にパルフェランを離れているらしい。
「しかし、スタークさんたちはどこに向かったことやら」
「確か、魔王領の向こうだったな。勇者召喚四大王国の一つ、ハーバリオス王国が独断で四人の勇者を召喚したらしくてね。その調査依頼っていうこと」
「まあ、三年前にはヴェルディーナ王国も無理やり勇者召喚したんだけどね。うちの国は勇者じゃなく聖女担当なのに、無理矢理【因果の輪】を捻じ曲げて召喚したらしいから、支払う代償はかなり凄かったらしいよ」
その勇者がタクマ。
無謀にして粗野、我儘やりたい放題の上王都からオリオーンに派遣された挙句、二年半前のドラゴン強襲以降は姿が見えなくなっているらしい。
「ふぅん。なんで勇者とやらが必要なのか、ワシには全く理解できんのじゃが……」
「魔王が世界を支配する。それを抑えるっていう話なんだけど、それはあくまでも名目であってね。豊富な資源を持つ魔族領を人間たちが好き勝手したいから、隣国が手を組んで魔王を悪者に仕立て上げて、討伐したらしいからね」
「その時に、魔王領にあった四つの資源を、勇者召喚した国が保有しているんだよなぁ」
霊峰ヨーロレリ、メメント大森林、魔窟ガンドロア、そして終焉の大地ラビュダル。
このうち終焉の大地は魔王国であるバルバロッサ帝国の土地全て、メメント大森林はその向こう西側に位置する。
魔窟ガンドロアはその地に至るまでの地図を魔王が所有しており、霊峰ヨーロレリはパルフェランの西側にある。
人間の勢力が二つ、魔族が二つ。
これを奪い合い、或いは取り返すために今もなお戦争は続いているらしい。
特にバルバロッサ帝国西部、ハーバリオス王国が保有し、その調査も兼ねてスタークたちは遠回りしてハーバリオスに向かったらしい。
「いやはや。土地や資源の問題は、どこにでもあるということか。二限の欲というのは、どこまで行っても尽きないものじゃのう」
「そういうこと。さて、明日の朝には出発したいから、今日は体を休めるとしますか」
「ここには温泉っていうのがあってね。疲れた体を癒す効果があるんだって!」
「なぬ、温泉!!」
いつになく元気になる玄白。
火事と喧嘩は江戸の花。それよりも玄白は、温泉が好きであった。
「では、早速向かうとしようじゃないか」
「そうだな、善は急げっていうからな」
──ガラガラガラガラ
そう告げて温泉宿へと向かう途中。
玄白の横を、怪我人の乗った荷車が走っていく。
どう見ても瀕死、このままでは数刻も持たないだろう。
その姿を見て、玄白は視線が釘付けになる。
「マクシミリアン殿、ミハル殿」
「あの先は教会か。でも、ありゃ手遅れじゃないか?」
「普通なら、な。すまんが温泉は少し遅れるぞ」
「いつものこと。それじゃあ、人助けに向かいますか」
グイッと腕をまくりつつ、玄白は荷馬車の向かった教会へと歩いて行った。
なお、セッセリは大空洞の入場許可証を受け取るために冒険者ギルドに向かったのだが、途中で玄白たちを見失ってしまったという。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。