孤軍奮闘、されど波高し
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
──自由貿易国家・パルフェラン
バルバロッサ王国から逃れた玄白は、このパルフェランでようやく以前のような落ち着きを取り戻す。
銀色の身分証のおかげか、商業ギルドにも何事もなく再登録することができたので、都市の北側、一般街区と呼ばれる区画に治療院を設立することができた。
今回は隣接する建物を【深淵をかるもの】が丸ごと賃貸契約したので、暇なメンバーはいつものように治療院の警備を行なっている。
「……なあミハルどの。この国の肉屋も、どこぞの肉屋のようにデブばっかりなのか?」
目の前に座っている大太りの亜人。
肉屋に勤務しているオークの氏族である。
外見的にも人間に近いのだが、頭部に生えている豚耳と尻尾が特徴である。
「いえ、オークの氏族は筋骨隆々で精力満点、北東部の地方では、オーク氏族はその……」
説明の途中で真っ赤な顔になるミハル。
そらを察してか、アグゥという肉屋は笑いながら一言。
「俺たちの睾丸は精力剤になるって噂だからな。まあ、確かにそういう効能はあるらしいし、俺たちは多産の種族だからなぁ」
「ふむ。興味深いが、その筋骨隆々の氏族が、なんでこんなにでっぷりとしておるのやら。まずは痩せろ!! 腰と膝にくるぞ」
「腰なら一晩中振りまくっても問題ないぐらい強いんだがなぁ。流石に膝は最近は痛み出したからなぁ」
「や、せ、ろ。流石にダイエットのための薬など調合せんわ。はい、次の患者!!」
でへへと頭を掻きつつ、アグウが診察室から出ていく。
そして入ってきたのは、背中に白い翼を持った人間。
「先生。フギタ先生は亜人も診てくれると聞きましたが」
「フギタではなくスギタじゃな。まずは、この本に手を載せてみよ」
解体新書に手を載せてもらい、ページを開く。
そこには『天翔族』という名前が記されている。
「ミハルどの。天翔族とは?」
「天使族の末裔で、神の眷属に仕えていた氏族です。この辺りですと、近くの霊峰に住んでいるはずですけど」
「そうなのか?」
そう天翔族のセッセリに問いかけると、彼女はウンウンと力強く頷いている。
「はい。私たちを知っているとは驚きです。あ、それで診て欲しいのはですね、翼が最近、ボロボロになりまして……。何もしないのに羽が抜け落ちるのですよ」
「これはまた、難易度が高い……」
解体新書には、『サーコウィルスによる脱羽』と記されている。
このウィルスについては、玄白もまだ理解していない。
それでも治療法はあるはずと、ページを巡ってみるが。
『治療法は存在しない。ただし、霊薬エリクシールならば完治可能』
そう記されていた。
「セッセリさんや、この症状は貴方だけなのか?」
「いえ、私の住む村には、数名ほど同じような症状の方がいます。昔から見かける地元の病気のようなものなのですが、幼い時に掛かると命の危険にも繋がるため……この原因と治療方法がないものかと思いまして」
そう説明するセッセリ。
すると玄白は、解体新書からエリクシールを取り出して、コップに注いで手渡す。
「まずはこの薬をお飲みなさい。恐らくは症状が改善するはずじゃから、話はその後じゃな」
玄白が勧めた薬がエリクシールであることや、ミハルはすぐに見抜いた。その上で、ことの成り行きを静かに見守ってあるのである。
セッセリもまた、最初のうちは匂いをかいだりして警戒していたのだが、覚悟を決めて一気に飲み干した。
──パァァァァァッ
そして全身が淡く輝くと、ボロボロであった翼が元のように艶のある羽根を形成し始めた。
「こ、こんなに簡単に治るとは」
「簡単でもないんじゃが。まあ、わしにしか治せない病気のようじゃし……」
玄白は腕を組んで考える。
幸いなことに、この国の治癒師はそれなりに優秀。
玄白の治療院が数日ほど休んだところで、それほど困るものはない。
まだ玄白にべったりな冒険者や貴族もいないので、身軽な今のうちに天翔族の村に行ってみようかと考えている。
「はぁ。ランガ先生、天翔族の村まで向かうのですよね?」
「なんでわかる?」
「もう、顔から笑みが剥がれていませんよ。その顔は行く気満々じゃないですか」
「うむ。ということなのでセッセリさんや。あんたの村まで往診に行くことにするのためな。すまんが道案内を頼んで良いか?」
まさかの提案に、セッセリも驚く。
人間がわざわざ、診察のために村を訪れるなどという事は決してしない。
むしろ、治療して欲しければお前から来いというのが治癒師であり、治療院であるから。
「は、はい!! よろしくお願いします」
「うむ。ということなので、わしは明日から留守にするのでな」
ミハルにそう告げると、わかったかのように頭を下げている。
もっとも、この後で家に戻ってから、誰が玄白に同行するか相談するのではあるが。
何はともあれ、玄白の忙しさはまだまだ続くようで。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。